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第35話 お世話になりました。

 帰りは宿の前で、茶々が見送りをしてくれた。 「お世話になりました。次は遊行で、ゆっくりと伺いますね」  護が丁寧に頭を下げる。  茶々がニンマリと笑んだ。 「旅行できても間《はざま》に案内するにゃ。次は温泉全部、楽しんでほしいにゃ」  今回は天狗の湯と露天にしか入れなかった。  温水プールのような大きな湯やもう一つの古い温泉も楽しみたい。  館内探索もしたかったから、是非また来たい。 「薬湯を作っておいてくださると助かりまするな」  円に肩を借りて立っている那智が、ぐったりと訴えた。  昨日は、一晩中喜多野坊に酒を付き合わされたようだ。  気の毒としか言いようがない。 「岐多温泉の湯は全部が薬湯みたいなものにゃ。天狗の爺は叱っておくから、心配いらないにゃ」  茶々の目が暗く光った。 「おぉーい、智颯! 保輔!」  空の上から大きな爺さんが降りてきた。  喜多野坊が抱えているのは、南月だ。 「主様の御見送りに参りました」  南月が円の手を取って口付ける。 「どうか御達者で、人狼の里に来られる日をお待ちいたしております。私の子供たちも、よろしくお願いいたします」  預かった三匹の子人狼は、円の種の中に納まっているらしい。  円が胸の辺りに手をあてて目を伏した。 「きっとまた会いに来るよ。ね、保輔」  円が振り返った保輔は、真っ赤に目を腫らしている。  直桜と温泉を出た後に瞼を冷やしたのだが、あまり効果はなかったようだ。 「墓参りせなならんよって、俺も来るよ」  南月が前に立ち、保輔に小さな巾着を手渡した。 「御友人の骨にございます。余計なお世話かとも思いましたが、お渡ししようと参じました」  南月が保輔の手に巾着を手渡す。 「余計なお世話なんかやない。おおきに」  受け取った巾着を、保輔が強く握りしめた。   「道中気を付けてな。智颯、また遊びに来るのじゃぞ。酒が飲める年になったら、共に楽しもうぞ」  喜多野坊が智颯の頭をわしゃわしゃと撫でる。  ぐったりと果てている那智を横目にしながら、智颯がぎこちない顔をした。 「お手柔らかにお願いします」 「なにか事件があったら、今度は遠慮なく13課に相談してね。必ず駆けつけるから」  南月と喜多野坊が顔を合わせて眉を下げた。  後ろの茶々も申し訳なさそうな顔をしている。 「直日神の惟神にそう言われては、返す言葉もないの。しかし次は我等が恩を返す番よ。力が入用ならいつでも頼れ」  喜多野坊が直桜の頭を智颯と同じように、わしゃわしゃと撫でた。  皆に手を振って、直桜たちは岐多温泉を後にした。  車に荷物を詰め込み、乗り込む。  帰りの運転は、護だ。助手席に乗った那智は既に瀕死の顔をしている。 「申し訳もござりませぬ」  声を出すのも辛いのか、口元を抑えながら弱々しく那智が謝った。 「気にしないで休みなよ。とりあえず、コレ。茶々さんが持たせてくれた滝湯の御神水だって」  帰り際に宿内の温泉神社にお参りした際、茶々が人数分の弁当と共に渡してくれた。  宿内の温泉神社は、温泉が湧く御山そのものを御神体としているらしい。大小様々な神の神力を感じた。 「行きは那智さんにずっと運転していただきましたので、帰りは私が運転しますよ。遠慮なく休んでくださいね」  御神水を受け取って、那智が護に頭を下げた。 「お願いいたしまする。気分さえ戻れば、代わります故に」 「代わらなくていいですよ。雪もだいぶ解けてきていますし、心配しないで寝ていてください。運転は元々好きですから」  護が運転する車が岩槻に向けて出発した。 「ねぇねぇ、一回くらいはサービスエリア寄るよね? とちひめジェラート食べたい。なるべく大きなサービスエリア寄りたい」 「この寒いんに、ジェラート食べるん? 直桜さん、行きもなんや食ぅてなかった?」  驚くというより引き気味に保輔が問う。 「行きはチーズケーキだったから寒くても大丈夫だったし、室内も車内も温かいからジェラートでも平気だよ」  頬を膨らませる直桜をバックミラー越しに眺めて、護が笑った。 「清人さんたちにお土産も買いたいですし、どこかには寄りましょうか」 「チーズケーキ美味しかったから、ホールで買って帰る?」 「いや、栃木やったら餃子がええんちゃうの?」 「ここからだと、佐野のサービスエリアが寄り易いから、ラーメンも良いかも」  円がスマホをスクロールしながら調べてくれている。 「佐野の前にもう一か所くらい寄らないと護さんが疲れるし、那智さんも休めないから……、矢板北とか、どうですか?」  同じように智颯も調べ始めた。 「直桜様、リンゴソフトがありますよ」  智颯が見せてくれたスマホの画像に直桜の目がキラキラした。  リンゴのコンポートとリンゴエキスを練り込んだというソフトクリームが、めちゃめちゃ美味しそうだ。 「いいね! これ食べたい。矢板北寄ろう」  座席から顔を出して、護に訴える。 「わかりました、矢板北ですね。走り出してしまってナビ操作ができないので、皆さん、看板見逃さないでくださいね」 「はーい」  元気よく返事する。  リンゴソフトにワクワクが止まらない。 「スマホのマップ、でもいいけど、高速だから、必要ない、かな」 「念のため、目的地アラート付けとこう」  円と智颯が入念に準備してくれている。  呪法解析部の二人は頼もしい。

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