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第37話 お土産は命脈の欠片
出張から戻った直桜たちは、次の日には五人揃って怪異の書庫に向かった。
「マヤさんに、お土産だよ。皆で食べて」
直桜が食べて美味しかった御用邸チーズケーキを黛に手渡す。
「お心遣い、ありがとうございます。後程、美味しく頂きます」
仰々しく頭を下げて黛が受け取る。
マヤが前に出た。
「お土産、たくさん持ってきてくれたのね」
手を翳すと、本が開いた。
円の胸から秘色の鬼力が丸い形で浮いて出た。
同じように護の胸から朱華の鬼力が弾け出る。
二つの鬼力が開いた本のページに吸い込まれた。
「花の種、人狼、鬼力、天狗。更に、悪鬼、猫鬼」
保輔の胸から黒い玉が浮いた。
正確には胸ポケットに仕舞っていた巾着、連の骨からだ。
黒い玉もまた、本のページに吸い込まれた。
マヤが智颯に歩み寄った。胸に指をあて、すぃと降ろす。
その指を智颯がびくびくしながら見詰めている。
「強くなったわね。今なら眷族を迎えられるかしら」
智颯が力強く頷く。
それを満足そうに眺めて、マヤが円に目を向けた。
「可愛らしい子たちを連れて帰ってきたのね。人見知りなのに、お友達が三人も増えたわね」
「わかるん、ですか?」
円は子人狼たちを種の中に収めたままだ。
「感じるもの。貴方のお友達も、種の鼓動も、鬼力の拍動も。顔が、変わったわ」
マヤが円の顎に指を添えると、持ち挙げた。
「前に会った時より、凛々しくて男前よ。好みだわ」
「ありがとう、ございます」
顎を上げられたまま、円が何とか礼を言った。
マヤの目が、今度は保輔に向いた。
保輔の顔を両手で摑まえると、真っ直ぐに見詰める。
怯えて後ろに下がろうとした保輔を、マヤが顔ごと引っ張った。
「次は、貴方よ」
マヤに見詰められて、保輔が目を逸らした。
「けど、俺は……」
「教えた筈よ。貴方が伊吹山の鬼足り得なければ、大事な人が沢山死んでしまうって。貴方は転機。結び目であり、要。貴方の選択で、未来の行道が変わる」
保輔が息を飲んで、マヤを見つめ返した。
「頑張らんとあかんのは、わかる。けど、頑張り方が、わからん」
凡そ保輔らしくない、自信のない声が小さく零れた。
その頭を智颯と円が後ろから殴った。
良いタイミングでマヤが手を離したので、前にのめった保輔の体がマヤに向かって倒れ込んだ。
「何すんのや、お前ら! 危うくマヤさん、押し倒すとこやろが!」
「そうは、ならないわ。ちゃんと避けるもの」
マヤがしれっと言ってのける。確かにちゃんと避けている。
「大丈夫です。これから始まる訓練で、僕と円が援護します」
智颯がきっぱりと言い切った。
「俺たちは保輔に、勇気とか、やる気、貰ったから、今度は返さないと、悔しいから」
円もまた、いつもよりはっきりと話している。
保輔が二人を呆然と眺めた。
「仲良くなったのね。良かったわ。貴方たち三人は、離れられないもの。一生、お友達でいなさい」
ダメ押しのようなマヤの言葉に、保輔が振り返る。
「鬼の先輩は何もかも気が付いているわよ。貴方が逃げようとしても、誰も逃がしてくれないわ。諦めるのね」
保輔に向かい、護がちょっと困ったような顔で笑った。
「保輔君の鬼力は、どうにかなりますよ。保輔君次第です」
「出張に行く前は保輔が一番、開花に近い所にいたんだから、大丈夫だよ」
護と直桜の言葉に、保輔が深く俯いた。
「けど、俺だけ、どうにもならんかった。円も智颯君も護さんも強なって帰ってきたのに。俺だけ足手纏いやった」
「それを言ったら、俺も特に変わってないよ」
「直桜さんは、そもそもが最強やん! これ以上、強なたら、おかしいわ!」
強く否定されて驚く。
「俺だってもっと強くなりたいけど……」
呟いた直桜の肩に護が手を置いた。
マヤが保輔に歩み寄る。その頭を抱き寄せた。
「命の長さは決まっているの。悲しいのは残された者だけ。お友達は悲しんで逝ったのかしら」
宙を彷徨う保輔の指が、ビクリと震えた。
「辛かったのは、貴方よね。同じ思をしたくないのなら、努力なさい。貴方の命はまだ長い。先には逝けないわ。努力の仕方は、貴方の大事な人が教えてくれるわ」
抱き寄せた顔を離して、マヤが保輔に唇を寄せた。
赤く薄い唇が保輔と重なる。
完全にフリーズして、保輔がされるがままになっている。
保輔の眼球が不自然に揺れた。
かなり慌てた様子の智颯が保輔の腕を引いてマヤから離した。
「マヤさん、申し訳ありませんが! 保輔は僕の妹の、こい、こい、恋人、候補、なので! そういう行為はちょっと、あの、控えてほしいというか」
保輔の唇をハンカチで拭きながら智颯が懸命に抗議している。
「智颯君、頑張ったな」
円が感慨深そうにポソリと零した。
直桜も同じように思う。
「そういうつもりで、してないわ」
真顔でマヤに否定されて、智颯がぼんやりした。
「未来が、変わった……」
保輔が呟いて、顔を上げた。
「直桜さんが視た未来が、変わった。直桜さんと智颯君は、誰も殺さへん」
そう話す保輔の顔は緊張で強張っている。
「殺すんは、俺や。こんままじゃ、俺が皆の、敵になるのや」
震える指を保輔が持ち挙げる。
その手を智颯が握った。
「だったら今、これから、努力するんだ。頑張れば未来は変わるって、僕と円は証明した。次は、保輔の番だ」
握ってくれる智颯の手を、保輔がもう片方の手で握る。
「もう、嫌や。これ以上、仲間が死ぬんは、嫌や。殺すんは、もっと嫌や」
「絶対に大丈夫だ。今の保輔は、一人じゃない。僕も円も、直桜様も護さんも、組対室や怪異対策室の皆もいる。だから、大丈夫だ」
たくさんの死を目の前で経験してきた保輔だからこそ、仲間の死に目にあう度に塞がり切らない古い傷が開いてしまうんだろう。
傷付いた心を絆創膏で補強して懸命に生きてきた。そんな印象を受けた。
「力の解放を、穢れた神力にさせてはいけない。解放した力を、奪われてもいけない。鬼と猫鬼の命脈が繋がった。本当に怖い者が誰か、見極めないといけない」
マヤの目が直桜に向いた。
「つまり俺たちは、自分でレベルアップして自衛しないとダメなんだね」
「鬼の本能は穢れた神力でも覚醒が出来そうです。翡翠の時がそうでした。阿久良王の瘴気でも危うく開きかけました。穢れた力で解放されれば、私も保輔君も悪鬼になるのかもしれませんね」
護の見解は正解だろうと思った。
穢れた神力も瘴気を使う妖術も人心を惑わす精神操作や攪乱が可能だ。鬼や人を狂わせるくらい難なくできるだろう。
「穢れた神力を使う天磐舟と妖怪連が繋がってるのは間違いなさそうだよね。本当に怖いのは、妖怪連なの?」
マヤの動きが止まった。
「わからない。まだ、欠片が足りない。けれど、穢れた神力よりも、妖怪連よりも、もっと深くに、何か、いる。そんな気がしているわ」
マヤの予感は予言だ。
直桜は、ぐっと息を飲んだ。
「円、連の骨、解析してくれるか? アイツは穢れた神力を使っとった。護さんが一護から流された神力とどう違うのか、わかるかもしれん」
保輔が胸ポケットから取り出した巾着を円に手渡した。
「わかった。大事に預かるよ。解析が終わったら、ちゃんと返すから」
「うん、頼むで」
顔を上げた保輔が薄く笑んだ。
疲れたような顔は、きっと無理をしているんだろうと思った。
マヤが保輔の手を、そっと握った。
「貴方が生きる道は今までもこれからも、きっと平坦ではないけれど。環境は変わったはずよ。今すぐ立ち直る必要はないけれど、心は整えておいたほうが良いわ」
マヤにしては少しだけ具体的なアドバイスだと思った。
それに優しいとも思った。
その理由は、すぐにわかってしまった。
集魂会から、碓氷蜜白が重体との連絡が入ったのは、二日後だった。
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