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第46話 故郷のお土産
仕事始めの前の日に、智颯と瑞悠と円がお土産を持って直桜たちの所に遊びに来てくれた。
内緒で保輔を突撃する、と楽しそうにマンションの二階に降りて行った瑞悠を、智颯がずっと心配している。
「智颯が買ってきてくれた《たねや》の最中、やっぱり美味しい。懐かしい」
ふくみ天平は、羽二重餅が入った羊羹のようなあんこを自分で最中の皮に挟んで食べるスタイルだ。パリパリだし、あんこの甘さも素朴で、羽二重餅が柔らかく、総てが最高の最中だ。
美味しいと思わずパクパクいってしまう直桜でも、味わって食べてしまう菓子だった。
「懐かしんでもらえて良かったです。直桜様がいない集落の正月は初めてで、なんだか変な感じでした」
そういえば、13課所属前、大学に通っている時も年末年始は帰省していた。
正月に集落にいなかったのは生まれて初めてかもしれない。
「今年の生神様は、誰が演じたの?」
「律姉様です。久し振りだから忘れちゃったと話しながらも、とても堂々と演じていらっしゃいました」
なるほど納得だった。
直桜が生神様になる前はずっと律が演じていたわけだから、不思議もない。
「律姉さんの神楽は綺麗だっただろ? 俺の神楽は律姉さんに習ったんだよ。俺も見たかったなぁ」
きっともう、直桜が律の神楽を見る機会はないのだろう。とても残念に思う。
「円くんがお土産にくれたコーヒーも美味しいね。俺、酸味が強いコーヒー苦手だから、好きかも」
「直桜様と化野さん、いつも、コーヒーだから。俺の、オススメ、です」
円も割といつもコーヒーを飲んでいるイメージだから、詳しいのかもしれない。
神奈川は観光地だから、お土産も豊富なイメージだ。
「私も好きです、このコーヒー。お取り寄せとか、できますかね」
「できますよ。ここの、サイト」
円がスマホで護にコーヒー店のサイトを教えている。
智颯がソワソワとキッチンの扉の方をチラチラ眺めていた。
「そういえば、智颯は、どう? 神力、全開放してから、辛くない?」
「思ったより平気です。音や気配は今までよりたくさん聞こえるし感じるけど、神力で自分でコントロールできるし、多すぎる神力は円が請け負ってくれるから」
智颯の目が円に向く。
円が照れた目で智颯を見返した。
「円くんは、どうですか? 神力が流れ込んでくる状態には、慣れました?」
「まだ……。最初の、体が火照った感じは、なくなったけど。化野さんみたいに、浄化とかは、できないし。鬼力は、使い勝手が、良くなった、かも」
そう話す円は、直桜の目から見ても充分に神力が馴染んでいると感じる。
前よりも言葉や態度にも自信がついて見えるが、きっと無自覚なのだろう。
「円が使う弓がちょっと大きくなって、矢の飛距離が伸びたんですよ。実家に帰った時も、三匹の人狼をお披露目して、ご両親や兄弟にとっても褒められたって」
同意を求めるように智颯が円を振り返る。
円が顔を真っ赤にして俯いた。
「種が、芽吹いたのが、約百年振り、だから。花笑でも一族上げての、お祭りみたいに、なってて。眷族契約も、して帰った、から、親父と兄貴が、喜んでました」
「いっぱい褒められて、過換気にならなかった?」
心配で聞いてしまった。
智颯がいない場所で過換気になったら、もう救急車を呼ぶしかないんじゃないかと思った。
「神紋から、智颯君の神力、感じたから、大丈夫、でした」
円が腹に手を添える。
嬉しそうに安堵した顔を見付けて、直桜も安堵した気持ちになった。
智颯と円にとって眷族契約が良い方向に向いてくれた事実が嬉しかった。
(智颯は自分の恋人と眷族になるのを戸惑ってたみたいだから、悪い方に向かなくて良かったな)
「智颯も円くんも、眷族契約して良かったね。もっともっと自信をもって良い二人だからさ。これからも高め合っていけるといいね」
智颯と円が顔を見合わせる。
照れた顔が同じで、笑った顔も同じに見えた。
「直桜様、保輔は……」
円が心配そうに切り出した。
人狼の里や集魂会での出来事を気にしているのだろう。
「たいぶ、いつもの保輔に戻ってきてるよ。けど、やっぱりちょっと元気ないかな」
「年末年始、直桜様と護さんがオンコールで残っていてくれて、良かったです。誰かが傍にいた方が気が紛れるだろうから」
直桜の言葉を聞いて出た智颯の言葉に、ちょっと驚いた。
少し前の智颯だったら、保輔を案ずる言葉など、きっと思っていても言わなかっただろう。
「だから、瑞悠さんが保輔君のお部屋に行くの、止めなかったんですか?」
護の問いかけに、智颯がコーヒーを詰まらせてむせ込んだ。
「別に、そういうわけじゃ」
智颯がまたソワソワとキッチンの扉を眺めた。
「そういえば、戻ってくるの、遅すぎる。迎えに行ったほうが良いかな」
別の話で逸れていたのに、思い出してしまったらしい。
直桜の視線に気が付いて、護が申し訳なさそうな顔をした。
「直桜! 護! 大変な感じになった!」
足元をちょろちょろとして、朱華が飛び上がり護の手の上に乗った。
「どうしました? 保輔君に何かありましたか?」
朱華は年末からずっと保輔の傍にいる。
直桜と護に気を遣ってなるべく一人になろうとする保輔に付いてもらっていた。
「瑞悠の神力のお陰で保輔の鬼力が成った!」
直桜と護は感嘆の声を上げた。
「それは良かったです。保輔君には瑞悠さんの神力も必要だったんですね」
「そっか、鬼力って強い想いが必要みたいだし、そういう意味では保輔には瑞悠の神力が不可欠だったのかもね」
言ってしまってから、はっとして智颯を振り返る。
思っていたほど鬼の形相にはなっていない。
「そっか、良かった。これで保輔も、俺たちと同じに、訓練に、入れるね」
「自分だけ後れをとった、なんてへこんだ顔で来られても気を遣うだけだから、ちゃんと体得してくれて良かった」
憎まれ口を叩く智颯が一番、安心した顔をしていると感じたのは、きっと直桜だけではない。
「けどな、そのせいか、わかんねぇんだけどな。保輔の血魔術の酒を瑞悠が舐めて。偶然な! 偶然、舐めただけだぞ! それで、瑞悠が、その……男になった」
俯く朱華を前に、全員、言葉が出なかった。
「え? 男って、男の子って意味?」
直桜の問いかけに朱華が頷く。
「保輔の血魔術って、そういう、作用、なんですか?」
円が恐々問う。その目がチラチラと智颯を窺っている。
「いえ、毒にも薬にもなる酒と、本人は話していましたが」
不安そうに答える護の目も同様に智颯に向いている。
口を引き結んで俯く智颯に、直桜が声を掛けた。
「一時的なものだよ、きっと。紗月だって、時々男になってたし、そんなに珍しくないって」
「紗月さんのは、意味合いが違いますよ。元々が男性だったわけですから。充分、珍しい現象ですよ」
「今は自分の意志で男になったり女になったりできるだろ? だから大丈夫だって」
「直桜? もしかして動揺してますか? 紗月さんのは直日神と枉津日神の神力のお陰ですからね」
直桜と護のやり取りを横に聞いて、智颯が立ち上がった。
「僕が浄化してきます。保輔ごと全部浄化します」
風の速さで部屋を出て行った智颯を円が追いかけた。
「待って、智颯君。保輔は浄化しちゃダメだから!」
「朱華、二人を追ってください! 私も直桜と追いかけますから!」
「合点承知!」
護の言葉に、朱華が走って円を追う。
「直桜、直桜! 私たちも行きますよ!」
「あれ? 瑞悠って元々女の子だよね? なんで男の子になったの? 保輔の酒のせい? 血魔術って、そういう作用あるの?」
「わかりません。血魔術は人を喰う鬼の本能から生じた術です。普通は攻撃系や捕縛系に特化した術の筈です」
「伊吹山の鬼って性転換した人間を食べてたの?」
「伊吹山の鬼は化野の鬼同様に人喰はしません。逃げてきた妖怪を守るための術として本能から変化しているはずです」
直桜の疑問にいちいち答えながら、護が手を引いて歩いている。
少しずつ、自分が動揺していると気が付いた。
同時に、智颯がとても心配になった。
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