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第49話 訓練前の座学②
清人が空間に幻影術を展開する。大きなディスプレイのような画面が表示された。
「最初は座学だからなー。寝るなよー」
清人の呼びかけに呼応してディスプレイに表示されたのは、訓練の工程表だ。
二週間のスケジュールがびっしり組まれていた。
「今回の訓練は『穢れた神力』を行使してくる天磐舟を最も警戒して行う工程だ。惟神に『穢れた神力』を使う場合、封じの鎖やそれに準じる呪詛は必須だ。更に流離が使う『惟神を殺す毒』も脅威だ。それらに対抗するための訓練だ」
清人の説明に優士が続ける。
「その前に、天磐舟について、かなり多くの事実が分かったから、この場で共有しておきたいんだ。特に訓練後半組は全員が天磐舟のターゲットと判断して過言でない。最新の情報は常に共有できる状態にしておきたい」
優士の説明に、全員が息を飲んだ。
天磐舟のターゲットは惟神だから、直桜と智颯は言うまでもない。
神殺しの鬼である護も、折伏の種が開花した円も、ターゲットと考えて間違いないだろう。
「全員が怪異対策・組対担当所属だから問題ねぇが、13課の掲示板は毎日チェックな。惟神全員と護、円、紗月、保輔で登録されているから、ちゃんと確認しろよ」
清人がスマホの画面を向けた。
連絡事項などが時々流れてくるグループメッセージの掲示板だ。新しいグループができたらしい。
自分のスマホを確認すると、グループ名が『ターゲット』になっていた。ちょっと微妙な気分だ。
「俺もなん?」
保輔が不思議そうに清人を見上げた。
「保輔については、これから説明するが、お前もだ」
はっきり言い切られて、保輔が顔を蒼くしている。
忍が別のディスプレイを展開して、ある記事を表示した。『天磐舟壊滅』と書かれた新聞記事だ。陰陽師連合の会合誌のようだ。
「天磐舟は三十年前に13課が壊滅し、一度完全に消えている。そのきっかけになったのが、陰陽師連合からのタレコミだった。当時の陰陽連の伊吹山襲撃に対して、13課は懐疑的だった。伊吹山をそれほどの脅威と捉えていなかったからな。詰問に対する返答が、結果、タレコミとなった」
清人がディスプレイの画面を切り替えた。
知らない男の顔写真が出てきた。
「伊吹山の脅威を呼びかけたのは陰陽連にいた綾瀬という男で、天磐舟のリーダーらしい。陰陽連に徒党を組む妖怪を討たせるため嘘のタレコミを流されたから、天磐舟と綾瀬を捕えてほしいと、逆に依頼された」
忍の説明に直桜は顔を顰めた。
「逃げ口上というか、どっちもどっちだね」
忍がいつもの無表情で頷いた。
「当時の天磐舟は違法な妖怪狩りを繰り返し幽世に不当な売買をしている反社だった。加えて伊吹山は難攻不落の城だった。天磐舟だけでは落とせずに陰陽連を動かした経緯も納得できた。13課としてもよいきっかけではあった」
忍の説明に、保輔が歯軋りした。
「そないな理由で、伊吹山は、攻められたのやな。行き場もなくて、肩寄せ合って生きてただけの、悪さもせん妖怪たちが」
保輔の呟きは、弥三郎の記憶なのだろう。
神紋を与えてから保輔の中には少しずつ弥三郎の記憶が増えてきているようだ。
「天磐舟は壊滅して、綾瀬って人は、捕縛できたの?」
直桜の問いに、忍が首を横に振った。
「逃げられた。恐らく陰陽連は天磐舟の解体と綾瀬の逮捕を13課にさせるために情報を流してきたんだろうが。内部に綾瀬の協力者がいたようだ」
忍の目が修吾に向いた。
修吾が新たにディスプレイを展開する。
手書きの文字がびっしり書かれたノートの画像だ。
「綾瀬を逃がし匿ったのは、陰陽連の安倍忠行、今では重鎮に座している大御所だ。理研の所長・安倍千晴の父親だよ」
修吾の説明に、直桜は息を飲んだ。
意外なところで意外な名前が出てきた。
「結局、13課が最後まで綾瀬を追えなかったのには二つ、理由がある。一つは、依頼してきた陰陽連からストップがかかった。恐らくは安倍家が裏から働きかけたんだろう。もう一つは13課の上層部からのストップだ」
忍の話に、直桜は顔を顰めた。
「三十年前に、忍より上の人間なんか13課にいたの?」
今でこそ陽人が警察庁副長官という地位にいるが、それ以前は13課から警察庁内で出世した人物はいないはずだ。
「正確には警察庁のお偉方だ。怪異など興味すらない、事件だとも考えていないような連中だった。恐らくそこにも、安倍家が関与している。安倍家はいまだに政治方面に顔が利くからな」
土御門家の人間が法曹界や警察、政治家に太いパイプを持っている話は時々、耳にするが。安倍家もその恩恵を受けているのだろうか。それにしてもえげつない話だ。
「陽人が出世したがった理由が、益々理解できるね」
13課の術者を守るため、誰も死なせないために異例の出世を遂げた陽人の気持ちを改めて理解した。
「当時は安倍家の人間が匿った事実すら、判明していなった。13課は身動きが取れないでいたからな。だが一人だけ、個人的な調査を続けてくれていた人間がいた」
「それが、先代の速佐須良姫神の惟神だった俺の父親だ。この手記は、父親が残した捜査メモでね。集落に保管されていた総てを、持ってきた」
思わず、ディスプレイのメモと修吾を見比べた。
清人が更にディスプレイを展開する。手帳の見開きが数冊分、映っていた。
「今回の捜査が大きく進展したのは、修吾さんが開示してくれた親父さんの手帳の記録のお陰だ」
「仕事関係の親父の手記が残っているのは知っていたんだ。まさかと思って、戻って調べてみたら、大当たりでね。俺も驚いたよ」
恐らくは集落に保管されていたから無事だったんだろう。
桜谷集落は、ある意味で外部から隔離された閉鎖空間といえる。当時の13課においてあったら、誰かに処分されていたかもしれない。
「なんで、修吾おじ……。修吾さんの御父上が、捜査を続けていたんですか?」
智颯の疑問に、修吾が忍と目を合わせた。
「綾瀬は一時、13課に所属していた術者だった。俺の父親は綾瀬とバディを組んでいたんだ。だからきっと、放っておけなかったんだろうね」
また驚きの事実が出てきた。
「綾瀬は13課を辞めて反社に、天磐舟に下ったの?」
直桜の疑問に、忍が頷いた。
「そう考えるのが妥当だ。綾瀬が13課に所属していたのは二十歳前後の若い頃だったからな。更に、当時の人類最強を引き抜いて消えた」
「人類最強……。紗月さんのような術者ですか?」
護に問いに、忍は少しだけ首を傾げた。
「紗月ほど強くはなかった。しかし当時としては、薫に勝る術者はいなかったろうな」
清人がディスプレイの画面を変えた。
若い女性の写真が浮かび上がった。
その顔を見て、保輔が目を見開いた。
「この女や、伊吹山の鬼の腕と目を抉って持っていったんは、コイツや」
「やっぱり、そうか」
忍の呟きに合わせて、清人が説明を続けた。
「|暁《あかつき》|薫《かおる》は十歳の時に綾瀬が連れてきた術者らしい。昔は13課も年齢制限がなかったんで、その頃から所属してた。伊吹山討伐の頃は二十歳くらいだ」
続いて画像がまた綾瀬に切り替わった。
清人が引き続き説明する。
「|綾瀬《あやせ》|明和《めいわ》は伊吹山討伐当時三十歳。13課に所属していたのは十八歳から二十二歳まで。その後、暁を連れて13課から姿を消した」
「暁の写真は四季にも確認してもらっている。淫鬼邑を襲ったのは暁で間違いない。綾瀬の指示だろう」
忍が溜息交じりに話した。
元13課職員が自分の使役する妖怪の邑を襲う事態は、忍にとっても辛いだろう。
「暁に関しては現在も消息不明で、戸籍上は死亡が確定している。幽世に堕ちた可能性が高いらしい」
幽世に堕ちたのでは、恐らく生きてはいないだろうし助ける方法もない。
この世にはいくつもの幽世が存在し、どこに堕ちたか探す術すらないのだ。
清人が修吾を振り返った。
「綾瀬の方は、恐らくまだ生きている。安倍忠行の関係から、現在は理研に匿われている可能性が高い。重田君と保輔君は、綾瀬の姿を確認しているかい?」
修吾の問いかけに、優士が首を捻った。
「当時が三十歳なら現在は六十過ぎにはなっていますよね。この写真からは何ともいえませんが、見たことないかな」
「それ以前に、理研には若いスタッフしかおらんかった。行ってて精々四十代や。俺が関わった中には六十過ぎの爺さんはおらんかったよ」
保輔の言葉に、今度は直桜が首を捻った。
「順当に年をとっているとは限らないよね。自分をいじって別人になっている可能性もある。戸籍上は、生きてるの?」
直桜の問いかけに、忍が頷いた。
「綾瀬明和として、一応は生きている。だが、直桜の指摘通り、姿形を変えている可能性は高いだろうな。理研には綾瀬が持ち込んだ妖怪が使われている痕跡が多くある。実験に加担していると考えて間違いないだろう」
淫鬼が少子化対策の被験体に転用されているのは、ほぼ間違いない。
伊吹山の遺伝子を保輔が引き継げたのも、恐らくは綾瀬が持ち込んだからだ。
「その上で重田さんと保輔が知らないなら、姿も名前も別人に変わっていそうだね」
直桜の言葉に保輔が思いつめたような顔で俯いた。
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