52 / 83
第50話 訓練前の座学③
思考を整理しながら、不意に直桜は顔を上げた。
「もしかして、三十年前に天磐舟のリーダーだった綾瀬が現在、理研に匿われながら天磐舟を再結成してるの?」
忍も清人も頷かないが、肯定の表情をしていた。
「確証はない。だが、可能性は高い。理由の一つは、直桜たちが人狼の里で出会った天磐舟メンバーの穂積連だ。行基と黒介が推察をくれた」
集魂会は13課組対室の下部組織になっているが、あくまで非公開だ。
表向きは非営利団体として理研と繋がりを持ち、孤児という扱いの被験体を受け入れ育てている。
その窓口になっているのが、行基と黒介だ。
「連の、推察……」
保輔が、ぽつりと呟く。
「集魂会にもbugsにも行かなかった連が何故、天磐舟に居たのか。偶然と考えるには、あまりに不自然だ。穢れた神力の実験体として理研から天磐舟に売られたんだとしたら。天磐舟が理研の新たな取引先になっている可能性は高い」
「仮に今でも綾瀬が天磐舟のリーダーなら、横流しするだけだ。被験体も好きな奴を選べる」
忍に続いてた清人の説明に、保輔の顔が俯いていく。
「けど連は、自分から望んで入ったような口振りやった。力も戸籍も貰えたって、嬉しそうに……」
そこまで言って、保輔が言葉を止めた。
綾瀬が甘言で連の心を掴んだ状況は容易に想像できる。
「……そうかも、しれんな。須能班長と藤埜室長の説明通りかもしれん。連には霊元がなかった。霊元がない人間でも穢れた神力が使えんのか、そういう実験やったのかもしれん」
実際、その実験は成功した。連は穢れた神力を使えていたのだから。
保輔が、ぎりっと歯軋りした。
「けど、穢れた神力がたとえ使えても、連は使い捨ての駒やったんや。せやから鬼に食われても誰も助けんと、そのままにされて」
「保輔。連の傍には、保輔が、ちゃんといただろ。連れて帰られたら、傍にはいられなかった。もっと酷い扱いを、受けていたかもしれないんだぞ」
隣に座っている智颯が保輔の腕を引いた。
見詰める智颯の顔を眺めて、保輔の強張った表情が、少しだけ緩んだ。
「そうか、そうやな」
保輔が智颯の腕をぎゅっと掴んだ。
「天磐舟の現リーダーが綾瀬とは限らないが、天磐舟と理研には少なからず繋がりがあると考えている。今後も理研の被験体が天磐舟に流れる可能性はある」
忍の説明に、円が手を挙げた。
「保輔に頼まれてた、穂積連の骨の解析もできてます。残っていた穢れた神力は少なかったけど、抽出できました。今の話と照らし合わせてわかった事実は、二つ。骨に沁み込むくらい、穢れた神力を浴びせられていたこと。それくらいすれば霊元がなくてもある程度、穢れた神力を使えること」
円の話すスピードが増していく。
直桜を始め、その場にいる全員が呆気に取られて押し黙った。
「連の穢れた神力には確かに饒速日の神力が含まれていました。けど、化野さんや直桜様が翡翠に流し込まれた神力の成分は抽出できなかった。連が使っていた穢れた神力と翡翠の穢れた神力は似て非なるモノであり、更に言うなら、直桜様と化野さんが犯された翡翠の穢れた神力の方が遥かに濃くて危険、だって、こ……と……」
皆の顔が呆気に取られているのに気が付いて、円の言葉が間延びした。
我に返ったのか、ワナワナと唇が震えている。
「すげぇな、円。お前、長い話も出来んだな」
清人が心底感心した顔をしている。
円の顔が真っ赤になった。
「凄いよ、円! 全然、噛まずに一気にこんなに長く話したのを聞いたのは、僕も初めてだ!」
智颯が円本人以上に興奮している。
円が火を噴きそうな顔のまま、俯いた。
俯いたまま、円の手が保輔に伸びた。巾着をその手に載せる。
「保輔が、俺に託してくれた、大事な友達の骨、だから。絶対、無駄にしたく、なかった」
保輔が巾着を受け取る。
「おおきに、円。やっぱり円に託して、良かったわ」
俯いたまま、円がちらりと保輔を覗く。
智颯を真ん中にして、円と保輔が拳を合わせた。
「そうなるとやはり、理研のmasterpiece二人が天磐舟にいる可能性は大きいか」
円の説明を聞いて、忍が考え込むように呟いた。
首を傾げる直桜に、清人が補足してくれた。
「これが理研と天磐舟が繋がってるかもしれねぇと考える理由の二つ目なんだが。行基からの情報だと、所長の安倍千晴はmasterpiece二名の消息を然程心配していないように見えたらしい。あくまで行基の心象だがな」
「千晴所長って、俺が理研にいた頃から、つまりまだ所長じゃなかった頃からヒステリックでさ。感情的な人なんだよね。保輔も覚えてる?」
優士の問いかけに、保輔がうんざり気味に頷いた。
「自分の思い通りにならんと他人やモノにあたるタイプの女や。特にbugの子供らに暴力振るうから厄介やってん。大嫌いやったわ」
そういう暴力からも、保輔は連のような子らを守っていたのだろうなと思った。
「そんな女が一番大事な宝物を奪われて平気でいるはずがねぇ。もしかしたら、わざと天磐舟に引き渡したのかもな」
嫌悪を隠さない顔で清人が言い放つ。
忍の目が、保輔と優士に向いた。
「masterpiece二名も少子化対策の被験体には違いないだろうが、霊元もあるのだろう? どんな力を持っているか、わかるか?」
優士がお手上げとばかりに手を上げた。
「申し訳ないけど、俺は知らない。その二人が産まれたのは、俺が理研も集魂会も出た後の話だからね。行基や黒介は知らないの?」
そう問い返す優士の目は保輔に向いている。
「何となく探り入れてもらってんだけど、口を割らないらしいんすよね。間に入ってる奴が、なかなかの切れ者らしくて」
答えた清人の目も保輔に向いた。
保輔は俯いたまま、口を開いた。
「渡辺|嘉綱《かづな》やろ。俺と同じmasterpiece候補の保育園におった奴や。被験体の中で唯一何のレッテルも張られんかった。理研に残って、今は霊能開発室の室長しとる」
清人と優士の顔色が変わった。
逼迫した表情で、二人が顔を見合わせる。
「その渡辺って奴は、霊元持ってんのか? 他の奴らみてぇにフェロモン出したりもできんのか? それとも、理研に残すために産み出された被験体か?」
清人の質問に、保輔が首を振った。
「嘉綱は……」
保輔が一瞬、言い淀んだ。
「嘉綱は機転が利いて、所長に取り入るんが巧かっただけや。被験体としては俺らと大差ない。masterpieceの皆元頼昌も草薙百合も、一応は全員の能力把握しとる。ただそれは、俺が理研におった頃の情報や。いじられてたら、わからん」
保輔が目を上げて清人に向いた。
「理研がより完璧なmasterpieceを作るために天磐舟に身柄を預けた可能性が高いって、お前は考えるわけだな」
「それくらい、千晴はやりそうや。嘉綱は千晴の機嫌とるためなら何でもする。仲間二人売るくらい、何でもない。masterpieceの二人も、千晴と嘉綱の言いなりや」
保輔の切羽詰まった言葉に、清人は唇を噛んだ。
「自分から望んで行ったとしたら、厄介だな」
「望んでるかどうか、本心はわからん。特に百合は気が小さいさけ、千晴にも嘉綱にも逆らえん。頼昌は百合を守るために言いなりんなってるとこ、あったし」
清人の顔が段々険しくなった。
その理由は優士が代弁してくれた。
「行基と黒介がね、一番心配してたのは、実は保輔なんだよ」
「? 俺? なんで、今更」
直桜もそう思った。
保輔の身柄は13課に在る。ある意味で一番安全な場所だ。
「恐らく今の保輔は、二人のmasterpieceより強くて優秀な霊能を持っているんじゃないのかな。千晴所長の意識は保輔を取り戻す方に向いているように感じるって、黒介が話していたんだ」
直桜の中に強い不安が過った。
そういえば年末に蜜白も「保輔が一番のmasterpieceだった」と話していた。
「だとしたら、masterpieceの霊元強化よりむしろ、幼馴染を使って理研に保輔を連れ戻すために天磐舟にmasterpiece二人を行かせた可能性の方が高いんじゃないの?」
胸中の不安が、思わず直桜の口を突いて出た。
美鈴の死も連の死も蜜白の死も、これだけダメージを受ける保輔だ。
仲間を救うために自分を犠牲にして生きてきた保輔が、家族のように育った二人を見捨てられるはずがない。
「だから保輔、お前もターゲットなんだ。お前は理研のターゲットだが、仮に天磐舟と理研が繋がっていた場合、両方から狙われる。理研が天磐舟を使う事態も考え得るからな」
清人の説明に、保輔の顔が色を落としていく。
「都合のええ話やな。blunderにして捨てた人間を、外で大きく育ったから回収しようやって。たとえどれだけ理想通りに育っても、理研にとって俺は人間やなくモノなのやわ」
保輔が自嘲するように吐き捨てる。
その頭を清人が、がっつりと掴んだ。
「|13課《ウチ》が守るのは人間の伊吹保輔だ。たとえお前が明日、霊能を使えなくなっても人としての価値は変わらねぇ。間違うなよ」
保輔がぼんやりと清人を眺めた。
「優しいのやね、藤埜室長、おおきに」
「なんか、乾いてんな。どうした?」
保輔のあっさりした返答が気になったらしい。
清人が、じっと保輔を覗き込んだ。
「いや、な。俺のせいで、仲間が使われんのやなって。本当なら頼と百合は、仲間ン中でも幸せになれる筈の二人やのに。俺のせいで、酷い目に遭うんかなって」
ぽつりぽつりと零した保輔の言葉には感情がなくて、余計に心配になった。
隣に座っていた護が保輔を振り返ると、その両頬を摘まんだ。
保輔が驚いた顔で護を見返している。
「そういう考え方は禁止だと、直桜に叱られたはずです。どんな状況でも行動と判断の最終決定は自分です。保輔君のせいではない。その考えは、かえって傲慢ですよ」
説教しながら護が保輔の頬を引っ張る。
結構伸びるなぁと感心して、直桜は眺めた。
「酷い目に遭わせないために、一緒に助けに行くんですよ。そうでしょう?」
保輔が必死に頷いている。
頬を引っ張られているから、上手く話せないらしい。
「やはりしっかり教育しなければいけませんね。眷族と鬼の先輩として、間違ったら何回でも叱りますよ」
弾くように護が手を離す。
保輔が涙目で頬を摩った。
「何回も、これされんの? 嫌やわ」
護に頭を撫でられながら目と頬を擦る保輔は、ようやく熱が戻って見えた。
直桜と清人は同時に安堵の息を漏らした。
「そういうわけだから、13課組対室は理研と天磐舟を併行して追っかける。当面は情報収集が主になるが、襲撃はいつ来るかわからねぇから、臨戦態勢忘れんなよ」
清人や優士たちはきっと、修吾の父親の捜査記録をきっかけに、当時を知る忍の意見を参考にしながら集魂会と協力して、動いてくれていたのだろう。
直桜たちが栃木出張に向かっていた昨年十二月は、清人たちにとって情報収集と捜査の時間だった。たったの一カ月でこれだけの成果を出せる清人はやっぱり凄い人だと思う。
だからこそ清人が示した方針は尤もだと思うし、それが妥当だ、しかし。
「天磐舟は妖怪連とも繋がりがあったね」
「鬼ノ城の鬼たちも敵に回す流れになりますね」
「その中で保輔を守りながら、惟神の僕たちも自衛しながら戦う訳ですね」
「俺も、もちろん自衛するし惟神の皆も守るよ。その為の訓練やん。けどなぁ」
「戦力、足りなく、ないですか?」
直桜と護と智颯と保輔の言葉に続いた、最後の円の言葉が、全員の声だと思った。
律や瑞悠といった怪異対策室の面子を含めても戦闘力が足りない気がする。
「そのために、水瀬と紗月が京都に行ってるよ」
優士のにこやかな返事に、直桜は首を傾げた。
「もしかして、京都支部ですか?」
護が蒼い顔で呟く。
優士が変わらない笑みで頷いた。
「こういう時は助け合わないとね」
直桜を始めとして、智颯と保輔が護を不思議そうに眺めた。
「怪異対策室の、京都支部は、ちょっと、曲者揃い、ですからね」
そう呟いた円は護と同じ顔をしていた。
ともだちにシェアしよう!

