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第51話 特殊訓練① 『封じの鎖』対策

 座学が終わり、実践訓練が開始になった。  直桜と眷族の護に保輔、智颯と眷族の円に分かれて、それぞれに行う。  最初に行うのは枉津楓の『封じの鎖』対策だ。  神力を抑え込まれても呪術を弾く訓練をする。  神力を抑えるために、四季が協力してくれた。  四季の触手は掴まれると神が顕現できず神力が抑え込まれて使えなくなる。それは淫鬼邑で実際に経験済みだ。 「六黒に腕を握られた時を思い出します。あの時も、神力が体から消えていくみたいに感じました」  ぞっとしない声で、智颯が小さな声で話した。  どうやら智颯も別の場所で経験済みだったらしい。 「俺は自分の霊元からも神力が流れるけど、いきなり直日を感じられなくなるから力がどっと消えるみたいで怖くなる」  多分、今の直桜と智颯は同じ顔をしているんだろう。 「お前ら惟神が神力を抑え込まれたら、眷族にも神力を送れなくなるからなぁ。鬼力が弱くなると思えよー」  清人の態度や言葉が、学校の体育教師のようで、なんだか嫌だ。 「えっと、呪術を、妖力を? 弾く? 弾くって、どうすれば」  智颯が軽くパニクっている。 「bugsの隠れ家で、智颯君、自分で、封じの鎖、壊してたよね。内側から、神力を膨れ上がらせて」 「僕が? 自分で? 覚えてない」 「そっか、無意識か。あの後が、風の輪だったもんね」  蒼い顔をする智颯に、円が納得の表情になる。 「あ、そっか。封じの鎖って、神力を消すわけじゃなくて、内側に抑え込むんだもんね。それ以上の強い力で弾けばいいのか」  以前に集魂会で武流に鎖を掛けられた時も、直桜は難なく弾き壊している。  内側に溜まった神力を、四季の触手に集中して弾けさせた。直桜の腕を掴んでいた触手が粉々に弾きとんだ。 「えぇ⁉ 直桜さん、やり過ぎやわ」  驚く保輔と同じくらい、直桜も驚いた。 「四季、ごめん……」  恐る恐る見上げると、四季がなんてことない顔をしていた。 「構わない。触手は然程、痛みもない。弱い抑制なら、今の要領で弾くといい。次は、強い抑制にどう対処するかの訓練だ」  四季の触手が首にするりと回った。  確かに首だと、さっきのやり方は使えない。自分の頭まで吹っ飛びそうだ。  それに抑え込む力がさっきより強くて、体内の神力を巧くコントロールできない。 「これはつまり、繋がれたまま鎖を無効化するってことだよね」  神力が動かせないと、今の直桜はどうしようもない。  神結びする前なら、霊元から流れる自分の霊力を使えたが。今の直桜の霊元からは神力しか流れない。尤も神力も霊力も抑え込まれてしまったら同じなのだが。 「全然、外せない」  隣で智颯が、腕に巻かれた触手を、まだ外せずに悩んでいる。 「俺が、斬っちゃえば、早いけどね」  円が苦笑いする。   「そうですね、円くんが斬っちゃえばいいのかもしれません」  護が、ぽつりと呟いた。  自分の腹に力を籠めると、護が自分の中に溜まった神力を直桜に逆流した。  首に回った四季の触手が朱華の炎に焼かれて塵になった。 「護さんもやり過ぎやわ。四季が痛そうや」  保輔が気の毒そうな顔をする。  護が申し訳なさそうに四季に頭を下げた。 「問題ない。その手法も、一つの方法としてアリだ。覚えておくといい。だが、本質的な解決にならない。直桜が自分で外れない鎖をどうにかしないと意味がない」  そう言われてしまうと何も言えないが、その通りだ。  隣で護と同じように、円が智颯に神力を逆流して触手を斬っていた。 「ちょっと、わかったかも。四季さん、もう一度腕に触手を巻いてくれますか?」  智颯に頼まれて、四季が腕に触手を巻き付ける。  ぐっと腹に力を籠めて、智颯が神力を外側に弾き出す気配がした。  小さな風の輪が、四季の触手を切り刻んだ。 「なんや、六黒を思い出すな」  保輔の呟きが痛そうだ。 「では智颯も、強めの封じを首に巻く。今度は神力を内側で扱うのは難しいぞ」  説明しながら、刻まれたり燃やされたりした四季の触手がうねりながら長さを増した。うにょうにょと盛り上がり再生する触手を、保輔が驚愕の表情で眺めていた。  首に触手を巻かれて、直桜と智颯は同じように呻った。 「直桜さんの神力の流れが、滞り始めたな」  保輔が腹の神紋に手をあてる。  同じように護も腹に手をあてた。 「私の方はまだそうでもありませんが、減っているのは感じますね」 「やっぱり、俺と護さんやと違うのやね」 「俺は何ともないぜ! 俺の場合、護の血も混じってるからな。護の血が直桜の神力を維持してくれんだ。常に流れてこなくても平気だぜ」  えっへんと胸を張る朱華に、保輔が感心している。 「人形やとまた違うのやねぇ。こういうんは、訓練せんと知らんかったなぁ」  苦戦する智颯と直桜の前に、忍が座り込んだ。 「二人には、この状況の回避は難しそうだな」 「他の惟神はできたの?」  今の忍の言い回しだと、直桜と智颯だけが苦戦しているように聞こえる。 「水瀬と瑞悠はコツさえ掴めば、割とあっさりできていたぞ。修吾も似たようなやり方ですぐに抜け出した。藤埜は裏技があるからな。それでどうにかなった」  忍が、ちらりと智颯に目を向ける。 「智颯は、どうにかなるはずなんだがな」  智颯が、ちょっとショックを受けた顔をしている。 「他の惟神はどうにかなるのに、俺だけどうにもならないのか」  それはそれでショックというか、直桜としては自信を失う。 「基本的に枉津楓の封じの鎖は神を縛る鎖だ。神に近い存在程、強い縛りを受ける。特に直桜は他の惟神のように神力を他の現象に転嫁できない。神力を神力として使う直桜には、難しいかもしれんな」  そういわれると確かに、直桜はむき出しの神力を使っているかもしれない。  律や瑞悠は神力を水に変えて使うし、修吾は闇だ。智颯なら風だろう。四神はそれぞれに自然現象などに神力を変化させて使用している。だからこそ、武力が高い。  清人は直桜と同じで神力を神力のまま使うはずだが、元祖「穢れた神力」の枉津日神の惟神だ。呪力で作った封じの鎖の効果は薄い。呪力が強ければ効果はあるが、真空術などの他の術でいくらでも回避可能だろう。 「あ、できた」  智颯の声が聞こえて、振り返る。  首に巻かれた四季の触手が粉々に千切れていた。 「え! 智颯、どうやったの?」  思わず問いただしてしまった。 「普段から体に纏っている風を首に集めて風の輪を作ってみたら、切れました」 「普段から……」  直桜は絶句した。  忍が智颯の頭を撫でた。 「そういうことだ。よくできました」  笑いもせずに淡々と褒められて、智颯がぎこちなく照れている。 「惟神は普段から無意識に神力で自身の体をガードしている。その形が個々に異なる。四神は水や風、闇と攻撃に転用しやすい神力でガードしているから、気付いた時点で壊せば支障は軽い。それに比べ直桜の場合、むき出しの神力が体を覆っている状態だ」  忍の説明に、護が顔を蒼くして頷いた。 「だから封じの鎖は直桜の神力を内側も外側も抑え込むんですね」 「まるで直桜さん特化の呪法やね、封じの鎖。楓の奴、直桜さん好きすぎやんな」  保輔の呟きに、護の顔が引き攣った。 「直桜特化というよりは神特化だな。枉津日神が逃げられなかったのも、そのせいだ。直桜の存在が神に近すぎるんだ」 「直桜様、流石です」  忍の説明に、何故か智颯が目をキラキラさせて直桜に尊敬の眼差しを向けている。  長らく迷子だった枉津日神がキャリーバックに封印されていた時の、何重にも張り巡らされていた封じの鎖を思い出す。あの時の枉津日神は弱っていたから仕方がないのもあるが、むき出しの神が抑え込まれるとは、あの時の枉津日神の状態なのだろう。 「清人は? 清人はどうやって抜け出したの? 条件は俺と変わらないよね?」  確かに使える術の種類は直桜より多いが、神力も霊力も封じられてしまったら、流石の清人でも抜け出せないはずだ。  神力を神力のまま纏っているのは、清人も同じだ。 「ん? 俺か? 俺はホラ、真空術が使えるからな」  清人が最も得意とする真空術は空気を扱う術だ。  空気を圧縮して砲弾にしたり、特定の個体の周囲の空気を圧縮してものを潰したりできる。人が纏う空気に触れることで、数時間前の行動まで辿れるらしい。他にも色々あるらしいが、それ以上は教えてくれない。  智颯や忍が風を使うのとは、また違うんだなと思った。 「真空術を神力で使ってるの?」  直桜の質問に、清人が首を傾げた。 「んー、そう聞かれると、あんまり考えたことねぇな。浄化は神力でしてるけど。他の術は癖で霊力使ってる気がする。あんま、分けてねぇな」  清人は最近、惟神になったばかりだし、直桜たちのように惟神になるための御稚児修行もしていない。その割に、とてもうまく神力を使っているように思う。 「藤埜は神子だ。元々の霊力が神力のようなものだから、直桜と条件は変わらんぞ」  忍の説明は尤もすぎて、最早何も聞けない。 「直桜さんの神力、ほとんどカスカスや。今の状態やと、俺の鬼力は弱すぎて役に立たんね」 「私の方も減ってきましたね」  保輔と護が腹の神紋に手をあてている。  直桜の気持ちが焦り始めた。  「俺もちょっと腹減ったかもしれない。直桜、早く神力取り戻してくれ」  朱華が床にうつ伏せになって落ちている。 「えぇ⁉ 俺の神力がなくなると、朱華ってお腹すくの? そんなに元気がなくなるの?」  さっきまでのテンションと違い過ぎて心配になる。 「例えば俺の強化術を神紋から逆流させるんはダメなん? さっきの護さんみたいに」 「そうですね。神力だけじゃなくて、私や保輔君の鬼力で、鎖を斬るのはできそうですね」  忍が肯定的に頷いた。 「勿論アリだし、容易にできるだろう。いざとなったらその技も使え。特に伊吹の強化術は直桜の霊元に強く作用するはずだ。神力増強になる」 「エナジードリンクだ」  智颯が小さな声で呟いた。 「でも、今は、自力で脱出しないと、ダメ、なんですね」  円の気の毒そうな呟きに、忍が先ほどと同じ肯定の頷きをした。 「直桜にもありますよ、清人さんみたいな術が。出雲で武御雷神様と罔象様に頂いた力です」  護の言葉に、はっとした。  言われるまで気が付かなった。武御雷神と罔象には霊元に埋め込むレベルの加護を貰っていた。 「でも俺、二人に貰った力を普段は意識してないし、使う時は使うぞって思って出してるし」  自分の両手を眺める。  罔象の水と、武御雷神の雷を確かに感じる。いつの間にか自然と纏っていたのだと、今、気が付いた。 「そっか、霊元に埋め込むって、こういう意味だったんだ」  武御雷神も罔象も、以前より更に強い力を与えると話した。二人とも、水の玉と稲玉を霊元に落とし込んでくれた。 『自分を守るために与えた力だ。使わないに越したことはないが、直桜は今、そういう場所にいるんだろう』  あの時の罔象の言葉を思い出した。 (守るって、こういうことだね、罔象。俺が自分を守るのは、俺だけのためじゃない。護と保輔と朱華を守るって意味でも、あるんだね) 『慢心してはいけない、過小評価してもいけない』  あの時の罔象の言葉が、今になって強く直桜の中に響いた。    腹に力を籠めて、全身に薄く流れる気を首へと集める。  水が薄い膜になって四季の触手に絡む。その上から小さな雷が触手を縛り上げ、焼き切った。  直桜の姿を保輔が感心して眺める。その隣で護が満足そうに笑んでいた。 「あ、直桜さんの神力、戻ってきた」 「ええ、そうですね。直桜に出来ないはずがありません」 「はぁ、餓死するところだったぜぇ」  朱華が仰向けになって親指をびしっと立てた。 「はい、よくできました」  忍が智颯の時と同じように直桜の頭を撫でた。 「時間が経てば経つほど、封じの鎖は破りづらくなる。掛けられた瞬間に砕け。体の外側を覆う神気すらも奪われれば、自力で弾く術がない。そうなったら眷属頼みだ」  直桜は、神妙な面持ちで頷いた。 「私たち眷属も主に力を流す練習をしておいた方が良いですね」  護の呼びかけに保輔と円が頷いていた。

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