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第55話 特殊訓練② 『穢れた神力』対策①
「はいはい、いい加減、始めないと本当に終われないから、始めるよ」
開がポンポンと手を叩く。
陽人の乱入から始まり、何のかんのと今日は何も進んでいない。
修吾が出してくれたディスプレイに、穢れた神力の成分が表示された。
「まずは穢れた神力がどういうものか。そこから覚えよう」
開がずっと抱えていた白い箱を直桜たちの前に降ろした。
箱の中身に、直桜と智颯は思わず口を手で覆った。
「これは、俺と閉が諸々協力してもらって作った疑似的な穢れた神力でーす」
開が変わらぬテンションで説明をくれた。
箱の中には黒い泥のような塊が入っていた。
「作れるんだ、穢れた神力」
円が感心した顔で箱の中を覗き込む。
保輔も興味津々とばかりに箱の中身を覗き込んでいる。
護も同じような顔で眺めていた。
「皆、そんなに近付いて平気なの?」
智颯と直桜は、自然と箱から距離を取って三人の様子を眺めた。
「瘴気が濃いので良い感じはしませんが、覗き込むのは平気ですよ」
「俺も、そこまで嫌やないなぁ。触ろうとは思わんけど」
護と保輔の意見に同意するように円が頷く。
「後で触ってもらうけど、今は先に説明しちゃうね」
「えぇっ⁉」
智颯が心底嫌そうに開を見詰める。
開がいつもの笑顔で流した。
「惟神の二人が近付きたくないと感じるのは、穢れが強すぎるから。穢れた神力が発する瘴気は死や血といった真正の邪だ。それも他殺っていう、怨念が残りやすい方法で集められた|死骸《穢れ》を使う」
開が黒い泥の塊に手を突っ込んだ。
直桜と智颯の顔が引き攣る。
「穢れた神力を構成する要素の九割が瘴気。残りの一割が神力や妖気、霊気だ。天磐舟が使う神力は円の解析から饒速日命と断定できた。翡翠については自前だね。化野くんの話だと、翡翠自身が妖怪でありながら半分は神格化したマレビト神だ」
開の説明に護が頷く。
護は翡翠について、話せる内容は清人に話していたようだった。
開は清人の話を参考にしたのだろう。
「今、開さんが触ってるソレは、誰の神力を使ってるの?」
直桜は、恐々聞いた。
開が握った穢れた神力を、ひょいと持ち上げた。
「清人と修吾さんだよ。清人は枉津日神の惟神だから、そもそもが穢れた神力だろ。修吾さんが扱う神力『闇の砂』は根の国底の国に堕ちた穢れの残骸が混じってる。ある意味で穢れた神力と言えなくもない」
なるほど納得だった。
枉津日神は「黄泉の穢れより生まれし災禍の神」だ。元々の神力が穢れている。だから久我山あやめの『惟神を殺す毒』の効果もない。
修吾の神力自体には穢れが混じっている訳ではないから、『惟神を殺す毒』が効いてしまう。だが、扱う神力には穢れが多少混じる。少し不思議な感覚だなと思った。
「つまり、藤埜室長と修吾さんの神力は穢れた神力とは相性がええのやんな」
「唯一、対抗できる、神力でも、あるんだ」
保輔と円の補足に、閉が頷いた。
「二人の指摘は間違っていないが、穢れた神力の攻撃を受けないわけではない。何せ、九割が瘴気だ。枉津日神も速佐須良姫神も、穢れを纏う神には違いないが、邪と呼べるほどの穢れを纏っている訳ではないからな」
怨念を纏う死や血という真正の穢れ。
出雲で直日神も真正の穢れを「邪」と呼んだ。
「その瘴気は、どこから持って来たんですか。作ったんですか?」
さっきから智颯が、ずっと怯えている。
きっとここまでの穢れには慣れていないのだろう。
それは直桜も同じだが。
「ウチの蔵にあった呪具を使ったんだ。あと解析室の垣井にも手伝ってもらってね」
「鳥居家は古来の呪禁師だ。呪術を祓う者はつまり、呪術を操る者だ。とりわけ呪禁道はその傾向が強い。古い呪禁師の家系である花笑家も同じだな」
開と閉の説明に、円が微妙な顔をした。
「同じ、ですけど、ウチは基本、草なので」
閉の説明を聞いて、楓を思い浮かべた。
呪禁師の古い家柄である久我山の呪術を引き継いでいる楓は呪禁師だ。反転術という強い術を使う。
久我山家が呪術の研究をしているのを表立って呪禁師協連が責められないのは、呪禁術のためと言い返されれば何も言えなからなのだろう。
「開さんは、なんで触っても平気なの?」
さっきから開がずっと穢れた神力に触れ続けているのが、直桜的には何気に一番気になる。
「呪禁術を使っているからだよ。自分の霊力で術を弾いているんだ。呪禁術って本来、そういうものだからね」
「つまり、穢れた神力は俺たちレベルでも自力で弾ける《《呪術》》。わかってさえいれば、惟神やその眷族なら容易に浄化可能、清人や修吾さんでなくてもな」
閉の言葉に、呆気に取られた。
「神力を使っているから、ややこしいけどな。含まれている神力なんか、一割以下だ。俺や修吾さんの神力に比べたら、濃さが全然違う。閉が言う通り、結局はただの呪術なんだよ」
清人が呆れ顔で付けたした。
「だったら、誰がこんなモノ作ろうと思ったんだろ」
直桜の素朴な疑問に清人が答えてくれた。
「綾瀬だろ。スローガンこそ同じだが、三十年前の天磐舟は穢れた神力を実際に使っていたわけじゃない。だが、無かったワケでもない、だろ?」
清人が開を見上げる。
「清人に頼まれて調べてみたんだけどね。昔の天磐舟って呪詛師が主で、実情は陰陽連や呪禁師協連の一部の人間が、違法な呪術実験の隠れ蓑にしてた集団だったみたいなんだよね」
修吾が開の説明に併せてディスプレイを展開した。
呪禁師協連の会合誌が表示された。前にも見た天磐舟壊滅の記事だ。
「反魂儀呪が現れる前にいた巨大反社ではあったんだけどね。妖怪狩りが前面に出てたのと大層なスローガンのせいで、そういうイメージが強かっただけみたいなんだ」
「スローガンて、穢れた神力?」
直桜の問いに開が頷いた。
「そうそう。饒速日の意志を継ぐ者。穢れた神力で世界を壊す、神の国に鉄槌を! ってやつ」
確かに大層なスローガンだなと思う。
「狩った妖怪は幽世に売ってもいたようだが、実際は呪具の作成や禁術の練習に使われていたのが主だったようだ」
物凄い内部事情を開と閉が、さっくりと暴露してくれた。
これはきっと呪禁師協連の内側にいないと知れない内容なんだろうと思った。
とりわけ、鳥居家のように協連でも上部にいないと得られない情報に思う。
「父親が残した資料にも、似たような記述があったよ。禁術に関しては呪禁師協連や陰陽連が揉み消していた痕跡があるってね」
修吾の父親は随分と内側まで入り込んでいたようだ。
直桜の中にずっと燻ぶる小さな不安が、膨らんだ。
「それでも禁術の痕跡は残っていたから、それも含めて13課の取締対象にはなった。天磐舟の壊滅事態はあっけなかったが、全員逮捕できたわけではない。呪禁師協連や陰陽連に逃れてそのままになっている、未だに手出しできん輩がいるのも事実だ」
忍が苦虫を嚙み潰したような顔で語る。
開も、当時の関係者がまだ在籍していると以前、話していた。
「修吾さんの父親が綾瀬とバディを組んでいたのって、いつくらいなの?」
直桜はずっと疑問に思っていた不安を思い切って聞いてみた。
「綾瀬の入職から消える直前までバディだったようだよ。真面目な職員だった綾瀬が急に変わってしまった理由がわからずに放っておけなくて、消息を絶った後も追いかけていたみたいなんだ」
修吾の答えに、直桜は俯いた。
そんな直桜の頭を修吾が優しく撫でた。
「俺は惟神になったのが遅くてね。十四歳の時、殉死した父親の後を継ぐために速佐須良姫神を引き継いだ。速佐須良姫神は言葉を話さない神様だから、何も聞けなくてね。だから父親の死も流離の件も、真実がわからない」
速佐須良姫神は四神の中でも一風変わった神様だ。
普段から根の国底の国に籠って、滅多に現世には出てこない。
(言葉を交わさなくても、感じる何かがあるんじゃないかって思ってたけど、違うのかな)
直桜は直日神と会話もするが、その心を感じもする。勿論、常ではないが、存在や感情を感じ取っている。
実際に修吾と速佐須良姫神の関係がどうなのかは、本人でなければ、わからない。修吾がわからないと話すのだから、少なくとも今は聞けないと思った。
顔を上げた直桜を、修吾が優しく見下ろす。
「じゃぁ、もしかすると、修吾さんの父親は……」
「殺されたんだろうね、綾瀬に。親父の捜査資料は個人的な記述が多かったし、不自然に途切れている。だから今、綾瀬を追える状況は、俺にとって有難いよ」
直桜の推測は当たっていた。
修吾は直桜にとって惟神の大先輩で、集落では先生のような存在だった。
直桜が物心ついた時には13課に所属していた修吾だが、律や直桜のために、一年の半分は集落に戻って指導をしてくれていた。
智颯や瑞悠が神降ろしする前までは、集落の惟神は直桜と律、修吾だけだった。
(何となく、そんな気はしてたけど。修吾おじさんとこんな話、したことなかった)
惟神に興味がなかったからというのも大きいが、聞くのが怖かった。
修吾の父親が良くない死に方をして、惟神になる予定ではなかった修吾が速佐須良姫神を無理に引き継いだのは、集落の噂で何となく感じ取ってはいたから。
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