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第56話 特殊訓練② 『穢れた神力』対策②
「やったら、修吾さんの親父さんは確信に迫っとったのやろね。捜査資料は信憑性が高い。三十年前に呪術の実験場やった天磐舟が、穢れた神力を作ろうとしとった可能性はないん?」
修吾がディスプレイの画面を変えた。
ノートに手書きで記述された内容は、穢れた神力の成分表示と同じだった。
「保輔君の指摘通り。精神操作できる呪術の実験が天磐舟では行われていた。この国では禁術とされる呪術だ。術法の一つとして、穢れた神力の実験が行われていた形跡があった」
閉の説明に併せて、ディスプレイが二画面になった。
手紙メモと、先に表示された穢れた神力の成分表示だ。
「その頃から穢れた神力には神力が含まれていたのかな?」
直桜の疑問に閉が頷いた。
「すでに饒速日命の神力が使われていたようだ。それは俺たちの調べと、修吾さんの親父さんのメモでも一致する」
閉の説明に修吾が頷く。
「神力そのものを確認したわけではないが、走り書きなどの記述が多く見つかったと、資料には書かれていたよ。瘴気と神力が混じっているから強い精神操作が可能になるとも書かれていた」
その点は、納得できた。
強い瘴気を含んだ妖術や神力は、人の意識を奪うだけの力がある。
「問題はどうやって饒速日を捕えて、今でも幽閉しているか、なんだよね」
綾瀬が穢れた神力を今でも作り続けているのなら、神を縛った状態をも続けていることになる。
並の術者ができる技ではない。
「だから、妖怪連なんでしょうか? 蓮華のように神格化した妖怪の力を借りれば、可能かもしれません」
「なるほど、そうか」
護の言葉には納得しかなかった。
今、掴んでいる可能性の中で考えるなら、一番妥当だ。
「それだけや、ないかもしれんよ」
呟いた保輔を振り返る。
考え込むような顔で、じっと一点を見詰めていた。
「なんや、思い出せそうなのやけど、まだはっきりせん。けど、伊吹山の弥三郎が、なんや知っとるのかもしれん」
保輔の中の伊吹山の鬼の記憶は、保輔に溶けたばかりで安定しないようだ。
「弥三郎が知ってるなら、伊吹山の討伐にも関わりがあるのかもしれないね。早くに見つけ出さないと、饒速日が消滅する事態にもなりかねない」
直桜の言葉を受けて、清人も難しい顔になった。
「天磐舟壊滅は、饒速日命の保護最優先だな。同じ神力には違いないんだろ?」
清人の目が開に向く。
「恐らく同じだね。今回作った穢れた神力は、三十年前の資料を基に作ったんだ。翡翠が使っていた穢れた神力とも、成分分布がほぼ同じだったよ」
開が箱の中に手を入れて穢れた神力を持ち上げる。
ドロリと粘った液体が、箱の中に落ちた。
「槐が俺たちに教えた穢れた神力は、三十年前に天磐舟の実験で作られていたものと同じ。今の天磐舟が使っている穢れた神力とも同じもので、それを作っているのが綾瀬である可能性が高い、ってことだね」
「そういうことになるね」
直桜の解釈を、開がさらりと肯定した。
「槐は理研を通して天磐舟の情報を得た可能性が高いよね。ある意味で反魂儀呪とも繋がっているのかも」
「恐らく繋がってんだろ。けど、槐は天磐舟に手を貸さねぇよ」
直桜の独り言に応えて、清人が当然のように言い切った。
「お前が流離の毒でやられた直後に理研のmasterpiece二人が行方不明になっている情報を俺に流したのは槐だ。その後の毒の解析結果と併せて考えても、後押ししてんのは、むしろ13課だろ」
清人の言う通りだと思った。
「13課に、理研と天磐舟を潰させたいって、槐は思っているのかな」
「そうなんじゃねーの? 気持ち悪いくらい協力的すぎんだろ。自分たちで潰すのが怠ぃのか、潰せねぇ理由があるのか」
槐のこれまでのやり方を振り返ると、今回の情報提供はあくまで結果論であり、表向きは13課への《《攻撃》》だった。
流離の『惟神を殺す毒』も翡翠の『穢れた神力』も、直日神の惟神を瀕死に追い込み、その鬼神を篭絡しかけた。表向きはきっと、そう映る。
(攻撃に見せかけた情報提供、そうしなければならない理由があるとしたら。槐が気を遣う相手がいる。天磐舟や理研そのものとも考えられるけど)
「大いなる闇……」
直桜の呟きに清人が目を上げた。
清人が潜入した時に感じた大きなバックボーン。
英里が残した言葉。
反魂儀呪や理研は横で繋がっている。その後ろに、それらを束ねる何かがいる。
もっと強大な、槐すらも気を遣う闇が、存在する。
(槐は自分の目的のために理研や天磐舟を潰したくて、その為に13課を利用しているだけなのかもしれない。だけどもし、別の意図があったとしたら)
「だとしたら、綾瀬の目的が気になるね。神殺しの鬼を使って惟神を操り、折伏の種で妖怪を集めて神力を穢す。保輔という強い術者を手に入れる。本当に、それだけかな」
大いなる闇の期待に貢献するような目的があるのではないか。
ここまで時間をかけて周到な準備をしてまで欲する何かが。
(槐も同じなのかもしれないけど、アイツの言葉や行動を思い返しても、わからないことばっかりだ。いままで翻弄されてばっかりだし)
目的を掴んだと思えば、更にその先に別の目的が存在する。そうかと思えば、目的は経過でしかなかった、なんて常だ。
護の腹の中の魂魄から始まり、枉津日神の荒魂も、清人の惟神の件も、紗月への襲撃も、重田の爆破事件も、直桜の気枯れも。
やっと守れた稜巳と保輔でさえ、槐の計画の範疇だと思うと、腹が立つ。
「理研におる綾瀬が天磐舟を使って千晴とやりたい願望。強い術者を作る。穢れた神力で得たいもんは何や。頼や百合を使ってまで。そないしてまで、俺が欲しいんか」
直桜の言葉を受けて、保輔が独り言のようにブツブツと唱えている。
「瑞悠ちゃんじゃないの?」
円が、ポソリと言った。
保輔が、ゆっくりと顔を上げた。
「惟神の精子を狙ってたような奴らが、保輔を取り戻して次に欲しがるのは惟神の卵子じゃないの? 水瀬室長は桜谷さんの婚約者だし、迂闊に手が出せない。仮に、こっちの内情をある程度把握されていたら、保輔が想いを寄せる瑞悠ちゃんが狙われるの、妥当じゃないの?」
円が話しながら顔を蒼くしている。
推理しながら話していた感じだ。
保輔の顔色が見る間に蒼くなった。
「俺……、俺のせいで、瑞悠が狙われるんか」
口元を手で覆って絶句する保輔の肩に智颯が手を置いた。
「保輔のせいじゃないし、みぃは大丈夫だ。保輔より強い。それに、みぃは僕が守るから。保輔とみぃに手出しなんかさせない」
智颯が白い箱に手を向ける。
旋風が箱を舞って、開の手にある黒い泥ごと浄化した。
真っ黒な穢れた神力が跡形もなく消えた。
「ほら、簡単だろ。だから心配ない、全然心配ない」
「え? 待って、智颯君、正気? ごめん、話さなきゃよかった、ごめん」
智颯の顔を覗き込んだ円が相当に慌てている。
「いや、円は話して良かったぞ。その可能性には気が付かなかったが、有り得るな。てか、保輔と瑞悠って、いつの間にそんな仲良くなってたの? 付き合ってんの?」
清人に振られて、保輔が顔を赤くして言葉に瀕している。
その顔を眺めて、清人が呆けた。
「保輔君、わかり易いねぇ。顔、真っ赤だよ。瑞悠ちゃん、大好きなんだねぇ」
開があっけらかんと皆が考えていたであろう思いを口にした。
保輔の顔が更に真っ赤に染まる。
「保輔とみぃは年明け早々に恋人になったばかりだけど、bugsの隠れ家でみぃは保輔に人命救助のキスをしているし、反魂儀呪を通して理研に洩れている可能性は高いよな。そうでなくても惟神は律姉様と瑞悠しか女性がいないから二分の一で狙われる。さっき円が話した通りだったら百パーセント狙われる」
「智颯君、しっかりして。瑞悠ちゃんは、大丈夫だよ。本当にごめん、ごめんね」
呆然と語る智颯の肩を抱いて、円が懸命に慰めている。
「そういえば、結婚の約束したとか直桜が陽人さんに言ってたか。養子縁組の報告しか受けてなかったけど、そういう事情もあんのね」
清人が独り言ちている。
保輔の顔がどんどん下がっていく。
清人がその頭を軽く叩いた。
「何でもかんでも自分のせいだと思う癖、いい加減に直せよ。護に傲慢だって注意されただろうが。瑞悠が狙われたとして、お前のせいじゃねぇし、その為の訓練を瑞悠も受けてんだ。何より一番危険なのは自分だって自覚しろよ」
保輔が泣きそうな顔をして唇を噛んだ。
普段は冷静で気丈に振舞い、頭の回転も速い保輔の弱点は、どう見ても瑞悠だ。
理研の仲間に比べて、動揺の振り幅が明らかに大きい。
それはきっと清人も気が付いただろう。
智颯も円も保輔も、年の割にしっかりしているし強い術者だが、弱点を突かれるとすぐに崩れる。そういうところは、まだ若いなと直桜は思う。
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