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第57話 特殊訓練② 『穢れた神力』対策③

「しばらく、バディ解消するか」  ぼそりと零した清人の言葉に、保輔が思いっきり顔を上げた。 「何で? 俺と瑞悠のままじゃ、あかんの?」  清人が、ちらりと保輔を窺う。  保輔の顔は、理由に気が付いている。  それでもきっとショックなんだろう。 「理由の説明、されてぇか? 二人で一緒にいたら、揃ってお持ち帰られるかもしれねぇだろ。しばらくは編成を変える。保輔と瑞悠を守る組換えだ」  保輔が、さっきより唇を強く噛んで俯いた。  きっと理解してはいるのだろう。気持ちが追い付いていないのだ。 「やっと、瑞悠と強なれると思ぅたのに」  呟いた保輔の背中を護が優しく撫でた。 「焦ってはいけませんよ。きっと今だけです。事件が解決すれば、元の通り瑞悠さんとまたバディが組めます」  保輔の震える手が護の腕を掴む。  直桜は保輔の背中を軽く押した。保輔の上体が護の胸に倒れ込む。 「こういう時に抱き付くなら、俺だって文句言わないのに」  直桜を振り返った保輔が歪んだ顔を隠すように護の胸に泣き付いた。  そんな保輔を眺めて、清人が直桜を振り返った。 「編成は忍さんや陽人さんにも相談するが、保輔は恐らく直桜に預けると思うから、頼むぞ」 「え? 俺とバディ組むの?」 「いや、直桜と護のバディに挟まれって話だ。瑞悠にも三人態勢の編成を考える。なるべくベテランの術者を付けてぇから、俺んとこか水瀬さんとこかな」  清人と紗月なら、何の心配もないだろう。13課最強のコンビだ。  律は今のことろ、バディがいない。長らく統括の仕事をしていたからバディがなく、今もその状態が続いている。 「律姉さんは今、バディいないよね?」 「律とは今、俺がバディを組んでいるよ。時々、助っ人の霧咲くんが律とバディになっているけど」  修吾が自分を指さした。  後衛の修吾と前衛の律なら相性が良いだろうなと思う。  ベテランの惟神二人でバディを組ませるのは、ちょっと勿体ない気がするが。 「じゃぁ、どっちの組み分けに入っても瑞悠は安全そうだね。むしろ保輔より安全かも」  直桜の言葉に護が苦笑いした。  直桜と護も弱いつもりはないが、清人たちに比べれば若い二人だ。 「俺は直桜さんとこが良い。直桜さんの眷族やもん。瑞悠は律さんが良い思うわ。何となくやけど」 「なんでだよ」  清人が理解できない表情をしている。 「何となくや」 「瑞悠が清人と紗月に挟まれば、13課組対室で一緒に仕事できるよ」  直桜の助言に、保輔がちらりと清人を振り返った。 「……じゃぁ、藤埜室長でええわ」 「だから、なんなんだよ」  清人が心底解せない顔をしている。  息を吐いて、表情を切り替えた。 「何にせよ、組み分けについては後日通達な。今のところ保留だ。穢れた神力の座学、まだ終わってねぇからな」  清人が開を振り返る。  開が手を広げて顔を上げた。 「智颯君に浄化されちゃったから、モノはないけどね。説明だけしちゃおうか」 「すみません、思わず」  智颯がぺこりと頭を下げるのを、開が笑った。 「いいの、いいの。最後に浄化してもらって終わろうと思ってたからね。浄化、簡単だったろ? 呪法自体はそこまで難しいモノじゃないんだよ」 「つまるところ、穢れた神力で最も危険なのは、精神操作できる術式だって一点だ」  清人の説明に併せて、修吾がディスプレイを収めた。   「穢れた神力を作り出した奴に意識を支配される。時間が経過するほど、支配され操作された意識を自我だと誤認する。記憶を消せば人格を変えることすら可能だ」 「記憶を、消す……」  清人の説明に、護が呟いた。 「翡翠が護と俺にしたような術法だ。翡翠は記憶の一部を消しただけだったが、その上から人格を上書きする呪術を使えば、別の人間を作り出せる」 「それが反魂儀呪の一護がやっとる呪人の術や。呪人の術は他にも色々術法があって、色んな方法で九十九の面子を作り出しとった」  保輔の説明は具体的で、清人の説明の裏付けには充分すぎた。   「だからこそ、支配される前に弾くか浄化する。じゃねぇと、自分が仲間を殺す羽目になるからな。最初は苦しくても次第に美味く感じて自分から欲するようになる依存性の強い呪術だ。余計に浄化の速さが肝になる」  全員が息を飲んだ。 「でもね、惟神だったら、特に瀬田君なんかは皮膚に触れた時点で、或いは体内に入り込んだ時点で浄化されるから、そこまで怖がるものじゃないんだ」  開の説明で直桜は思い出した。 「そっか、前の時は俺、流離の毒にやられて神力が全然使えなかったから」  翡翠の穢れた神力は、流離の『惟神を殺す毒』に紛れて流れ込んできた。 「惟神に穢れた神力を使う場合、まずは神力を封じてからでないと効果がない。だが、どんなに精神支配しても、神力が戻れば呪術は浄化される」  惟神を無効化したい場合には効果的だろうが、神力が使えない惟神に使い道は、ほとんどないだろう。直桜以外の惟神は神力を封じられても自身の霊元から出る霊力が使えるが、それだけなら他の術者と変わらない。 「だから実技では、眷族は穢れた神力の浄化の練習になるよ。時間の勝負だからね。相手の精神支配が早いか、浄化が早いか。三人とも、主からより多くの神力を受け取れるように練習しておいて」  護を始め、保輔と円が頷いた。 「惟神の二人は、智颯君は浄化のスピード訓練だね。瀬田君ぐらいの速さで浄化できるのが理想だね」  開がさらりと話した内容に、智颯の顔色が悪くなった。 「直桜様レベルって、息を吸うように浄化するって意味ですか? 無意識の浄化なんて、惟神の中でも直桜様しかできません。直桜様自身が半分神様なんですよ?」 「そんなに違わないって……」  智颯にそこまで言われると、流石に直桜も悲しくなる。 「あくまで目標だからね。瀬田君は、穢れた神力の浄化だけなら秒でできると思うから、特別メニュー。三コマ目の惟神を殺す毒の対策訓練に先に入ってもらいます」  開にPadを手渡された。 「残念ながら、惟神を殺す毒は複製できないから、実技が難しいんだ。そこで、マニュアルを作っておいたから、読んでみてね」  今のところ、直桜が意識を失くすほどにやられているのは『惟神を殺す毒』だけだ。翡翠の穢れた神力も、流離の惟神を殺す毒に犯されていなければ効果はなかっただろう。  マニュアルのアイコンをタップし、スワイプしてページを捲る。 『神殺しの鬼の本能と花笑の折伏の種について』とタイトルが付いていた。 「開さん、これ」  開が口元に人差し指を添える。閉が直桜に向かい、無言で頷いた。 「瀬田くんだけの特別メニュー。瀬田くんが攻略出来たら他の惟神にも降ろすから、今のところは他言無用でお願いしたいな。瀬田君以外の閲覧も禁止ね」  隣に立った清人がPadの画面を消した。 「一人の時に背後に注意して読みなさい」  呟いた清人の目が、何かを訴えている気がした。 「何それ、清人、エロ漫画みたい~」  開がカラカラと笑っているが、とても笑える内容のマニュアルではないと思った。

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