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第58話 リラックスタイム

 座学を終えると、保輔を始め智颯と円は梛木に地下五階の回復治療室に連れていかれた。結局、座学の終了後は、全員が休みになった。 「護も行ってきたら? 栃木出張で鬼力を使ったりして、疲れているだろうし」  新しい力を得て霊元も疲弊しているだろうし、阿久良王と対峙した時はかなりの鬼力を消耗したはずだ。  直桜の声掛けに、護が戸惑った表情をした。   「私はそこまで疲れていませんが、行くなら直桜も一緒にどうですか?」  大変御尤もな返しをされてしまった。 「神倉さんの神力じゃなくても、回復室の温泉を堪能するのは、悪くないと思うよ。八瀬童子自慢のサウナも使ってみてほしいなぁ」  開が護と直桜の背中を押す。 「え? 俺も? 俺が一番疲れてないよ」  驚く直桜に開が笑顔で頷いた。 「瀬田君が行かないと化野くんはきっと来ないから、行こうよ」 「はい、行きません」  護が普通に返事をしている。 「ね? 行こうよ。Padのマニュアルは後で読む時間を作るよ」  開がこっそりと耳打ちする。直桜の本音はすっかり見抜かれていた。  護を回復室に行かせた隙に一人でこっそり読もうと思っていたのだが、そうもいかないらしい。 「焦る必要はない。たまには休むのも大事だ。瀬田君だって、鬼とやり合ったんだろ。君は戦闘に慣れていないから、無意識に霊元も消耗しているはずだ」    閉の言葉はいつでも説得力がある。  直桜は素直に頷いて、開と閉の案内の元、護と共に回復室に向かった。  部署改変後、各階のフロアも変更があったから、ちょっとわかりずらい。  地下五階のフロアは以前、呪法解析室があった場所だ。キャリーバックに封印された枉津日神の件で朽木要と垣井穂香に初めて会った場所だった。  今はすっかり回復治療室になっている。直桜が流離の毒に犯された時には既に五階にあったらしい。あの時は朦朧としていて、よくわからなかった。 「温泉やサウナまであるなら、移動が大変だったんじゃないの?」  素朴な疑問をぶつけると、開が首を傾げた。 「移動という移動を、俺たちはしてないんだよねぇ。この地下って神倉さんの空間術だからさ」    今度は直桜が首を傾げた。 「こう、棚の引き出しの上と下を入れ替えるような感覚らしい。空間をそのまま移動させるそうだ」  閉の手が引き出しを出し入れする仕草をしている。  直桜はジェンガを思い浮かべた。 「そうなんだね。なんか、梛木っぽい」 「だから俺たちも、まだエレベーターのボタン、押し間違えるんだよ。間違えると時々、要に会っちゃうからさ。気を付けないとって感じだよね」  開に振られて、閉が気まずそうな顔をしている。  元々回復室があった地下六階は今、解析・回復担当の本部になっている。そこには統括の朽木要や解析室室長に就任した垣井穂香が詰めている。  地下五階と六階がそのまま入れ替わっていた。 「要に会いたくないの?」  直桜は、また素朴な疑問を投げた。 「要は閉推しの俺好きだから、絡まれると逃げられないんだよねぇ。特に閉が」 「閉さん推しで開さんが好き、なの? 要が?」  思わず眉間に皺が寄ってしまった。  護が直桜の肩に、そっと手を置いた。 「直桜、それ以上の詮索はしない方が……」 「別に構わないよぉ。化野くんは勘が良いねぇ。俺と閉は兄弟だけど恋人同士で、最終的に鳥居家の跡継ぎを要が産んでくれる約束なんだけど、どっちの子供を産むかは検討中、なんだって」  爆弾発言の内容が濃すぎて、直桜は返事に窮した。 「やっぱり恋人だったのですね。胸の痞えが取れました」  護が、さっぱりした顔をしている。 「気付いてた? こういうのって伝える機会がないと永遠に言えないからさぁ。きっかけがあって良かったよ。ね、閉?」  開が、また閉に返事を振っている。  閉はちょっとだけ耳の先を赤くして、小さく頷いた。そういう仕草は可愛いなと思う。二人を見ていると、きっと閉が受けなんだろうなと思うが、そこは黙っておいた。   「じゃぁ、いずれ二人のどっちかが要と結婚するの?」  開が、また首を傾げた。 「んー、要はどっちでもいいって言ってるけど、そうなるかなぁ。俺たちの関係を知りつつ認めつつ受け入れて子供まで産んでくれる人って、きっと要しかいないし」 「要、凄いね」  包容力とかそういうレベルじゃない気がした。 「要自身、結婚には興味がないらしいが出産には興味があるらしい。子育てには然程、興味がないから育ててくれる人がいると助かるそうだ」 「仕事人間だからねぇ。俺たちも要のそういう性格は把握してるつもりだから、利害の一致ってやつかな。生まれた子を俺と閉で育てるの、楽しみでさぁ」  閉と開が語る事実が直桜には、とても新鮮に響いた。 「あのさ、変なこと、聞いていい? 開さんと閉さんは、女の人とも、そういうこと、できるの?」  これもまた、直桜としては素朴な疑問だった。  したことがないからわからないが、直桜はきっと女性と性行為には至れない。興奮しないし勃起しないと思う。 「俺はできるよ。バイだからね。けど閉は難しいかなぁ。ゴリゴリのゲイだから」 「兄さんだって、ゲイだろ。無理しているだけで」  小さな声で呟いた閉の頭を、開が小突いた。 「俺は要なら勃つの。今、兄さんて呼んだ? 今日の夜はお仕置きかなぁ」  開が嬉しそうに閉を虐めている。  何となく、開が閉をお仕置きする姿が目に浮かぶ。 「そっか、そういうのって人それぞれだよね。俺は多分、ゴリゴリのゲイだ」 「私も、ゴリゴリです」  直桜の言葉に続いた護が、どことなく照れている。  思えば清人や優士はバイだ。バイと一言に括っても、二人の嗜好は異なる。セクシャリティは人の数だけあるのかもなと思った。 「二人は、そんな感じするよね。瀬田君と化野くんはゲイとかっていうより、セクシャリティが瀬田くんと化野くんて感じだよね」  開の指摘に、はっとする。 「俺のセクシャリティって、護……」 「ゲイというか、直桜……」  呟いて、しっくりきた。 「うん、そうだね」 「そうですね、間違いないです」  同じような返事を同時に返していた。   思わず、笑ってしまった。 「こういう話、誰かとしたことないから、楽しい。開さんと閉さんの関係、知れて良かった」  13課組対室は直桜と護の関係を知っていて受け入れてくれている人たちばかりだから、環境として充分恵まれている。  きっと普通なら、色んな事実を隠しながら生きていかなければならないんだろう。  前に陽人が直桜に注意した通り、日本において同性カップルはまだまだ受け入れられているとは言い難い。 「俺たちも、普段なら話さないよ。一応、秘密にするスタンスなんだけどね。瀬田君と化野くんになら話してもいいかなって思ってね」  開の言葉に閉が頷いている。  思えば純粋なゲイカップルは直桜と護以外では智颯と円くらいだろうか。年齢など考慮に入れると、話すのは自然、直桜と護になるのかもしれない。 「13課は多分、他の職場よりLGBTQに対して敷居が低いというか、理解があると思う。それでも、ある程度は気を遣う。今までの癖というのも、あるけどな。だから、気兼ねなく話せる相手がいるのは、俺も嬉しいよ」  閉が控えめに笑った。  早い時期に自分のセクシャリティに気が付いていた人たちはきっと、学生の頃から気を遣って生きてきたんだろうと思う。  周りに気を遣わせないための気遣いは、きっととても窮屈に違いない。閉は特に、そういう気遣いで気疲れしそうなタイプに見えた。 「俺、護を好きになって初めて自分のセクシャリティを知ったんだ。相談みたいな話は清人が聞いてくれてたし、陽人も理解がある人だったから、凄く恵まれていたと思う」  意識もしてこなかったし、気が付かなかったが、こうして改めて話してみると、自分がどれだけ恵まれた環境で護と寄り添ってこられたのか、実感する。 「それでも開さんや閉さんには、他の人にはできない話ができるから、嬉しい。また色々話そうよ」  開と閉が笑顔で頷いてくれた。 「回復室に、いつでも遊びにおいで。温泉に浸かりながら、長話ししよう」  開が直桜の手を引いて走り出す。 「俺たちも入るのか? まだ仕事中だぞ」 「良いじゃない、ちょっとくらい。閉は真面目だなぁ。そういうトコが好きだけど」  振り返った開の言葉に閉が照れている。 「今日は私たちが回復室の温泉を利用するの、初めてなので、教えていただけると助かります」 「入浴法を教えるくらいなら、まぁ……」  護に促されて、閉が渋々納得した。 「護も初めてなんだね、温泉。昔からあった訳じゃないの?」  直桜は開に問い掛けた。 「昔からあるよ。化野くんはきっと、今までは霊元が疲弊するほどの状況にならなかったんじゃないかな」  開が、ちらりと後ろの護を眺める。  護が苦笑した。 「直桜に出会わなければ、私は一生、鬼の霊元を持て余して働いていましたよ」  霊・怨霊担当部署の仕事は基本が浄化だ。  強い怨霊や妖怪との戦闘は怪異対策室に回る仕事だ。   「護はどうして、霊・怨霊担当にいたの? 怪異対策室に助っ人に入っていたって聞いたけど、どうして、そのまま残らなかったの?」  ずっと疑問に思っていた。けど、聞けなかった。  だから今、思い切って聞いてみた。 「深い意味はないんですよ。私を拾い上げてくれた清人さんが霊・怨霊担当にいたから。未玖の件があった時、一度は移動も考えましたが、何となく惰性で。惰性、というか、動いてはいけない気がして」  それはきっと、導きなのだと思った。  護が霊・怨霊担当から移動していたら、きっと新しいバディがいたはずだ。 「護が霊・怨霊担当にいてくれたから、俺たち、出会えたんだね」  直日神の導きなのか、他の力が働いているのかは、わからない。  けれど、只、良かったと思った。 「そうですね。移動せず残って、出会えて、良かったです」  改めて、出会えた奇跡に感謝したくなった。  護と出会ってまだ半年程度しか経っていないが、もう何年も連れ添った相棒に感じる。 「やっぱり温泉だね、行こう、行こう!」  開が嬉しそうに直桜と護の手を引っ張った。 「兄さ……、開! 俺たちまで入浴は……。仕事が残ってる!」 「いいってば、後で。瀬田君と化野くんの馴れ初めとか、聞きたいじゃない」 「それはまぁ、聞いてみたいけど」  開に手を掴まれて小走りに温泉に向かう。  護と顔を見合わせて、小さく笑った。  こんな日があっても良いと思った。

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