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第59話 直桜専用マニュアル
八瀬童子自慢の温泉とサウナは、とても良かった。
直桜自身、疲れていないつもりだったが、体が軽くなって内側からすっきりした気がする。心なしか神力の巡りも良い。
さすが大海人皇子を癒した蒸し風呂だと思った。
栃木出張で天狗の湯に浸って、近場にもあったら良いのにと思っていたから、タイムリーだ。また開と閉に頼んで入らせてもらおうと思った。
「さて、と。開いてみるか」
直桜はベッドの上に胡坐を掻いて、開から預かったPadを手に取った。
温泉に浸かった後、護は見るからにうつらうつらしていたので、部屋のベッドまで付き添って休ませた。
『化野くんは相当疲れてたみたいだねぇ。温泉入ってスッキリ癒されてるし、今夜は寝たら起きないと思うよ。マニュアル、時間があったら読んでみてね』
開が執拗に直桜と護を温泉に誘った理由は、コレだったんじゃないかと思った。
護は「疲れていない」と話していたが、自覚がないのか我慢していたのか。あんなに効果抜群だと心配になる。
「これからは、疲れを溜めないようにって言っとかなきゃ」
翡翠の穢れた神力の時も、護の中には相当に穢れが溜まっていた。無自覚か意識して我慢しているのか、ちゃんと聞いておこうと思った。
とりあえず開の思惑通り護も寝てくれたのでマニュアルのアイコンをタップする。
『神殺しの鬼の本能と花笑の折伏の種について』とタイトルがある。
直桜は次のページを開いた。
『前後左右に誰もいないのを確認してから開きましょう』
清人が座学の最後に伝えてきたセリフが書いてある。
「そんなに見られたら困るのかな」
護の鬼の本能も円の種も、今更な気がする。
天磐舟がターゲットにしているのは13課では共通認識だし、能力についても今更、隠し事もない。
「隠し事は、あるのか。護の鬼の本能について、俺は詳細を知らないもんな」
惟神とその神を自在に操れるし、殺せる。
神殺しの鬼の本能について、翡翠が放ったあの言葉しか、直桜は知らない。
護と直日神は知っている様子だったが、話してくれなかった。
『桜谷集落が神殺しの鬼について、惟神本人に秘した最たる理由が、きっとすぐにわかる』
栃木出張の帰りの車の中で、直日神は確かにそういった。
スワイプする指が迷う。
色んな事を考えすぎて、マニュアルを開くのが怖くなる。
(けど、ここで迷ってても意味がない。このマニュアルはきっと清人と開さんと閉さんが俺宛に作ったんだから)
直桜は思い切って次のページをスワイプした。
Padの画面全体から光が溢れ出た。
驚いて、思わずベッドの上にPadを投げ捨てた。
光が少しずつ小さくなると、平面のPadの画面から小さな人形のようなものが三体、にょきりと顔を出した。
「え? 人形、じゃなくて、只の立体映像?」
ちびキャラ化した清人と開と閉の三人が直桜に向いていた。
『マニュアルを開いてくれて、ありがとう。これは閉の幻影術を使った3Dマニュアルで~す』
ちびキャラの開がいつものテンションで説明を始めた。
『これから俺たちが色々説明していくが、基本は録音と変わらないから会話などはできない』
チビキャラになっても変わらない表情で閉が話す。
『なんでこんな仕様なのかは最後まで観れば分かるから、途中でやめないように』
小さい清人が、びしっと指をさした。
「そういえば、三人は幼馴染なんだっけ。これ絶対、楽しんでやってるよな」
緊張して損したと思った。
昔から、こんな感じで三人で遊んでいたんだろうなと考えると、ちょっと羨ましい。
『まず初めにちょっとシビアな話から~。瀬田君は円の折伏の種と化野くんの神殺しの鬼の本能について、もう知っているよね』
『きっと俺たちより詳しいと思うが、化野くんの鬼の本能は惟神を始めとした神を狩り、従わせ、喰う力、と考えられる』
開と閉が可愛い姿で怖い話を始めた。
『加えて、円の折伏の種は妖怪を使役する力だ。つまり、鬼の使役も可能なわけだね』
開の言葉に、直桜は絶句した。
「え……。それって、つまり」
直桜の反応を見越したように、清人が口を開いた。
『つまり、円が護を使役できる可能がある。俺たちはむしろ、天磐舟の狙いはそこだと考えている』
『円を穢れた神力で精神操作し、化野くんを使役させて、惟神を鬼の本能で操る。これなら惟神の神力を損なわずに入手可能だ。天磐舟は自由に穢れた神力を作り出せる』
閉のわかり易すぎる説明に驚き過ぎて、言葉が出なかった。
直桜はてっきり、円の折伏術が狙われている理由は妖怪狩りのためだとばかり考えていた。
『キーマンは円だ。円を奪われれば、済崩し的に総てが天磐舟の思惑通りに流れる』
今の話なら、確かにキーマンは間違いなく円だ。
ダイレクトに護を狙ってくる危険性ももちろんあるだろう。だが、護は円より眷族として浄化能力が高い。術者としての経験など考慮に入れても、円を操る方が易い。
『天磐舟は恐らく、理研だけじゃなく、反魂儀呪とも繋がっている。だが、今回は恐らく傍観者だ。反魂儀呪のバックに潜む大きな闇からの指示とも考えられる』
清人の言葉が、訓練の座学の時より具体的で息を飲んだ。
「大きな闇からの、指示……」
関係者の全員が指摘する、反魂儀呪や理研の後ろに潜む大きな闇。
その正体は、いまだに何一つ掴めていない。
『大きな闇の支配下に反魂儀呪や理研、天磐舟が横並びになっているんだろう。俺たちが知らないだけで、他にもいるのかもしれない。その中で、理研や天磐舟、特に理研が邪魔になったのだと考える』
『天磐舟は理研の一部とも考えられるからねぇ。それに呪禁師協連や陰陽連の偉い人にとって今更、天磐舟を蒸し返されても困る人も沢山いるはずなんだよねぇ』
閉と開の説明に、直桜は息を飲んだ。
『天磐舟と理研には多方面から圧が掛かっていると思われる。だから、こっちも一芝居打とうと考えてる』
「一芝居……」
清人の提案に嫌な予感がした。
『天磐舟を誘き出して、取っ摑まえる芝居だ。相手を出し抜ける惟神は直桜しかいないだろ。その為の相談を今度、忍さんの部屋でやる。連絡を待て』
清人がびしっと、直桜を指さした。
『ちなみに円や化野くんには絶対に話しちゃダメだよ。あの二人はお芝居できる器用さがないからね。もう一人くらい抱き込みたいから、候補者、考えておいてね』
開が、ぴしっと手を上げた。
「だから、俺一人で見ろって、あんなに注意していたのか」
確かに円や護は演技には向かなそうだ。
円は草だからある程度なら出来そうだが、仮に途中で心が折れた場合が不安だ。
訓練後半組のメンバーの中で考えるなら保輔だが、理研が絡んでいる今回は不向きだ。
「瑞悠や律姉さんでも、いけそうな気がするな」
むしろ律が一番適任な気がするが、理研や天磐舟のターゲットを考えると、少しズレる。
「そうなると、瑞悠か。あとは……」
考え込んだ直桜に、小さい閉が手を振っている。
『では、瀬田君、次のページを開いてくれ』
小さい閉がページを捲る仕草をする。
画面に手を伸ばして、スワイプする。
突然、目の前に大きな花束が現れて、クラッカーが四方から鳴った。
「え? 何?」
驚いて呆然とする直桜の手元で、小さな清人と開と閉が拍手していた。
『瀬田君、13課勤務半年記念、おめでと~』
「え? 半年……?」
あまりの唐突さに理解が追い付かない。
『正直、こんなに続けてくれると思ってなかったが、直桜にとっても居心地が良い職場になったんなら良かったって思ってるよ』
清人が腕を組んで感慨深そうに話す。
『俺たちはまだ知り合ったばかりだけど、瀬田君の噂は聞いてたからねぇ。まさか、一緒に仕事できる関係になるとは思ってなかったよ』
噂、という単語に、乾いた笑いが出る。
開や閉と、昼間もそんな話をしたばかりだなと思った。
『これからも一緒に難局を乗り越えていける仲間になれるといいと思っているよ』
小さくても閉が照れながら話しているのがわかる。
「仲間か。そうだね、俺もそれが良い。もしかして、この花束とクラッカーのために、立体にしてくれたのかな」
直桜の顔より大きな花束は圧巻だし、クラッカーも本物みたいだった。
『色々話したが、とりあえず、おめでとうって話だ。これからも、よろしく頼むぜ。俺は直桜を頼りにしているからな』
小さい清人が頭を掻いている。
その言葉が、お祝いよりも嬉しかった。 ちょっとだけ、目が潤む。
『清人がサプライズしたいっていうからさ~。幻影術、得意じゃないから手伝えって閉を連れて行くんだもん。俺も仲間に入れてほしいよ』
『いや、兄さ……、開を蔑ろにしたわけじゃない』
『だって、幻影術は開より閉のが得意だろうがよ』
『俺の方がアイディアあるよ~。花束とクラッカーの演出は俺の提案でしょ』
ぽん、と目の前に一枚の写真が出てきた。
「これ、俺と護の写真。いつの間に」
恐らくbugsの件で指揮官をやっていた時の事務所の写真だ。
コーヒーを手に、直桜と護が向かい合って笑っている。
『直桜が13課に入ったばっかりの頃の写真はなくてな。けど、この写真、二人とも良い顔してるだろ。直桜も笑うようになったよな。話し方も柔らかくなった』
清人の言葉の一つ一つが沁みた。
13課に来た直桜を最初から知っているのは護と清人だけだ。そんな清人の言葉だからこそ、響く。
『直桜と護がいれば13課は大丈夫だ。だからこそ、二人にだけ被せるような戦い方はしない。俺たちはチームプレイだからな。この先も護と仲良くしてろよ』
『それは心配ないだろう。あの瀬田君と化野くんだ』
『そうだねぇ。むしろ清人と紗月さんの方が心配だねぇ』
『何が? 今更、何がだよ』
三人のやり取りが可笑しくて、笑ってしまう。
『このマニュアルは一度再生すると消滅するから、写真が欲しかったら清人に声掛けてね』
開が、さらりと大事な話を流した。
「え? 二回、観れないの?」
直桜が呟いている間にも、画像が薄くなっていく。
『それじゃ、最後まで観てくれて、ありがと~』
三人の声が聞こえて、画像が消えた。
Padの画面を確認すると、アイコンから消えていた。
「凄いお祝い、貰っちゃったな」
ごしっと目を拭って、Padの画面を撫でる。感慨深く眺めて、机の上に戻した。
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