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第60話 特殊訓練② 『穢れた神力』対策④

 梛木の癒しと八瀬童子の温泉は保輔たちにも絶大な効果があったらしい。本人も自覚していない疲れが吹き出して、三人ともすぐには動けなくなった。  梛木の助言もあり、次の日は休暇となった。 「それぞれに霊元を酷使しておったぞ。本当なら数日は休ませてやりたいが、訓練程度なら疲れもせぬじゃろ。むしろ、ただ寝ていろという方が酷やもしれぬからな」  梛木が、「若いのぅ」と笑っていた。  保輔だけでなく、智颯も円も、更には護も、新しい力を身に付けるために無自覚に無理をしていたんだろう。  天磐舟や理研の情報を知った故に気が焦って、ゆっくり休む気にはなれずにいるのかもしれない。 (そういう気持ちは、俺も理解できるけど。他人事だと休んでほしいって思っちゃうよな)  そんなわけで、一日の休暇を挟んで、訓練再開となった。  開と閉が作ってくれた『穢れた神力』を浄化する実技だ。いくつもの箱が運び込まれ、一人一個の箱と向き合う。  智颯は浄化スピードを上げる訓練だから、浄化しては次、浄化しては次、を繰り返している。  護たち眷族は浄化からの練習になるので、直桜が指導にあたる。 「私の解毒術でも穢れた神力の浄化は可能なようです」  箱の中のドロドロした黒い泥のような液体に、護が指を伸ばす。  指先に灯った朱華の火が触れると、黒い泥が霧散して消えた。  保輔と円が感嘆の声をあげる。 「鬼力は神力を含むから、理屈で言えば浄化は可能だよね。問題は神力の量と使い方かな。護は慣れてるけど、保輔と円くんは使い勝手がまだわからないよね」  直桜は意識して保輔に神力を送り込んだ。  保輔が自分の腹に手をあてた。 「いつもより、濃い神力が流れ込んでるの、感じる」 「送った神力を自分の鬼力に混ぜ込んで血魔術を展開してみて」  保輔が胸に手をあてて目を瞑った。  右手を琥珀色の煙が覆った。  煙が生き物のように渦巻いて、保輔の腕に絡まる。 「体得したばかり、なのに、慣れてるね」  円が感心して零した。  直桜も同じように思った。 「部屋でも自主練しとるけど、直桜さんの眷族になってから弥三郎の記憶がちょっとずつ増えてきてな。思い出すと血魔術の使い勝手がええねん。鬼の記憶が俺に沁みこんで教えてくれとるのかもしれんね」  保輔にとっては感覚的な話なんだろうが、納得できた。  血魔術は鬼の妖術だ。初代からの記憶を受け継いでいれば、その中に血魔術の記憶があるだろう。頭に刻まれた記憶が体が覚えた体術と連動しているのかもしれない。 「そっか。俺も、頑張ろ」  円の左腕に小さな弓矢が浮かび上がった。クロスボウや|弩《いしゆみ》のようだ。 「円くん、凄いね。弓を色んな形態に出来るんだ」 「俺は、どうやら、弓の形状にした方が、鬼力が使いやすい、みたいで。用途とか、戦闘形態に、合わせて、使い分けるように、色んな弓を、試し中、です」  照れた顔で、円が自分の弓を眺める。  円も円なりに自主練して、自分の鬼力を高めているようだ。 (つい数か月前の円くんだったら、こんな風に前向きに自分の力と向き合ったりしなかっただろうな)  自分の力に素直に向き合ったり、保輔の実力に嫉妬せずに努力できるのも、円の成長に感じられた。 「頑張ってて、偉いね」 「智颯君がくれる力、だから。大事に使いたい、です」  円の照れた顔が、はにかんだ。  褒めてももう、過換気にはならなそうだなと思った。  円の言葉が聞こえたらしい智颯が振り返って、一人で照れている姿が可愛い。 「じゃ、鬼力で穢れた神力を浄化してみようか」  保輔が煙を黒い泥に伸ばす。  円がクロスボウの弦を引いて矢を放った。  二つの箱の穢れた神力が霧散して消えた。  直桜は箱の中を覗き込んだ。  保輔の箱の中身が綺麗に消えているのに対して、円の箱の方には黒い欠片が残っていた。 「含む神力の量の問題かな。智颯、円くんにもうちょっと神力送れる?」  浄化の手を止めて、智颯が振り返った。 「はい、やってみます」  智颯が円に向かって手を伸ばした。  開いた手が円の神紋に向く。  円が顔を強張らせた瞬間、腕のクロスボウを旋風が捲いた。  強い勢いに、円の腕が舞い上がる。 「クロスボウが格好良くなりましたね」  護が円の腕を嬉しそうに眺めた。 「本当だ……」  呆気に取られて、円が自分の腕を眺めた。  最初に霊現化したクロスボウより、作りが太くて強靭そうだ。 「智颯、もしかして普段は円くんに送る神力、絞ってる?」  直桜の問いかけに、智颯が気まずそうに首を傾げた。 「俺が、慣れなくて、ちょっとずつ、お願いしてるんです」  円の表情を見て取って、直桜は頷いた。 「智颯、円くんにフルで流してみよう。智颯が無意識で常に流せる神力の量を流してみて」  直桜のリクエストに、智颯が不安げな顔をした。 「でも僕、無意識だと駄々洩れというか、きっと円と神力を共有する感じになっちゃうんですけど」 「それでいいんだよ。俺は護といつもそうだし、保輔にも最初からそうしてるよ。分け与えるって考えないで、一緒に使うってイメージしてごらん」  智颯と円の顔を交互に見る。  戸惑いながらも智颯が頷いた。 「わかりました。じゃぁ……」 「え? 智颯君、待って、心の準備が」  円が戸惑っている間に、智颯が全力の神力を円に流したのが気配でわかった。  大きな風が智颯から円に向かって流れた。 「僕も、最初からそうした方が円が慣れやすいと思うから」  智颯の全力の神力を受け取った円の顔が紅潮していた。  神力は慣れないと体が火照った感じがする。  智颯が神力を相当絞っていた証拠だろう。 「こんなに、全身で、常に、智颯君を感じたら、狂い死ぬかも」  円の顔が蕩けて見える。  そっと閉じた足が、股間を隠したように見えた。 (あー、そっか。そういう感じだったか)  どうやら円が智颯に神力を絞ってもらっていたのは、怯えていたわけではないらしい。キスしたり体を繋げると、眷族でなくとも惟神は相手に神力を送り込んでしまうから、その感覚が強いんだろう。神力が多いとシている時の感覚を思い出して体が勝手に感じてしまうのかもしれない。  しかも、その事実に智颯は気が付いていないように見える。 「大丈夫ですよ、すぐに慣れますから」  護が何処からともなく持って来たブランケットを円の腰に巻いた。  さりげなく股間を隠してあげている。  護も気が付いたらしい。 「むしろ、慣れないと円くんも辛いから、慣れるしかないね」  赤い顔のまま、円が頷いた。  唐突に顔を出した開が新しい箱を円の前に置いた。 「じゃぁ、その状態で鬼力を練って浄化してみよう」  ノリノリの開に促されて、円が俯いたままクロスボウを箱に向けると、矢を放った。  一連の動きが早すぎて呆気に取られる。  箱の中身はきれいさっぱり消えていた。 「うわぁ、一瞬だね」  思わず開が零す気持ちはわかる。 「鬼力を練る練習はしてたから、神力は多くても問題ないんです」    円が小さな声で流暢に話した。心の声なのかもしれない。  本当に、感じてしまうだけなんだなと思った。 「智颯は、罪作りな子だね」  ちらりと振り返ると、智颯が訳の分からない顔をして戸惑っていた。 「護は大丈夫なの?」  こっそり耳打ちして聞いてみる。  そういえば、気にしたことがなかった。 「私は神紋を貰ったのが早い時期だったから、大丈夫ですよ」  何となく過去を振り返る。  そういえば、初エッチと神紋を与えた頃は同じ時期だったかもしれない。  常に神紋から直桜の神力が流れている状態なら、繋がっても変わらないのかもしれないと思った。 「今でもシている時は特に直桜の神力を感じますけどね」  手を添えて口元を隠しながら、護が直桜の耳元で囁いた。  思わず、その顔を振り返る。  色香たっぷりの目で微笑まれて、ドキリとする。 (こういう時の護って、本当に雄みが強いというかSというか、いつもより格好良いんだよな)  周りに誰もいなかったら確実にキスしていた。 「はーい、イチャイチャは二人きりの時にね」  開に肩を叩かれて、直桜と護は飛び上がった。 「穢れた神力の浄化は全員が及第点だね。懸念してた眷族の皆の神力の扱いも問題なさそうだ」  開の目が、ちらりと円に向く。  揶揄うように笑んだ開の目を、円がすぃと逸らして流した。 「智颯は大丈夫?」  一人で黙々と練習していた智颯には、途中から閉が付いていた。 「閉さんが飛ばす穢れた神力を神風でシューティングしてました。直桜様のように息を吸うようにはできないけど、コツは掴んだと思います」 「肌に付着したり、体内に入れば、瀬田君でなくとも惟神は無意識に、あるいは神が浄化してくれる。周囲に近付いた穢れた神力を浄化する術は、もう少し考えても良いかもな」 「なるほど、そっか」  閉の提案には思い当たるところがあった。  直桜は体に常に厚く神力を纏っている。意識しているのではなく、神力が多くて溢れているだけだ。それがある意味で結界のようになり、弱い邪魅などは直桜が近付くだけで浄化される。  最近では自分の半径一キロくらいなら意識して神力を展開できるから、穢れた神力は近付くことさえできない。 「智颯も、自分を中心に円状に神力を展開してみたら? 便利だよ」  智颯が神妙な面持ちで首を横に振った。 「そんな、息を吸うような浄化、無理です。自分を覆う結界みたいな神力を常に纏うなんて高等な手法、他の惟神はできません」  きっぱり否定されて、驚いてしまった。 「え? なんで? 清人や智颯は神力の量が多いし、できるよね?」 「量の問題じゃないです」  被せるようにまたもきっぱり言い切られて、直桜は言葉を失った。 「流石の俺も、四六時中、自分を神力の結界で覆ってんのは、無理よ。直桜が特別なの。直桜と同じ術を智颯に使えとは、俺でも言えんわ」    さっきまでいなかった清人がいつの間にか戻ってきて、直桜に呆れた顔を向けた。   「術っていうか、ただ神力纏ってるだけなんだけどな」  清人と智颯が同じ顔で分かり合っている。  その感覚がむしろ、直桜にはわからない。 「自分の外側に神力を留めて維持するのは、結構な集中力が必要なんだ。直桜は生まれた時から自然にやっているから苦にならないだけだね」  清人と一緒に戻ってきたらしい修吾が、フォローしてくれた。  惟神の先輩の説明はわかり易い。 「何にせよ、智颯の浄化は以前より早くなってるし、思ったより皆、問題ねぇな。明日から、次の『惟神を殺す毒』の特訓に入るか」  清人の言葉に、智颯が静かに感動した顔をしている。 「余った時間は、護。眷族に鬼力と神力の使い方、教えてやれ。あと保輔に血魔術の指導な。智颯は円に神力流す練習だ。普段より濃い神力を瞬時に流す練習もしとけ」  全員が、それぞれに頷く。  清人の目が直桜に向いた。 「直桜は、俺に付き合え」  きっとマニュアルの話だろうと思った。  直桜は素直に頷いた。

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