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第61話 内緒の話
部屋の隅で、直桜は運よく清人と開と閉を掴まえられた。
「清人! 開さんも、閉さんも、マニュアル、ありがとう」
清人が開や閉と目を合わせて照れた顔をした。
「無事に読めたみたいで良かったよ。なかなか凝ったマニュアルだったでしょ?」
「うん、内容は色々あったけど、嬉しかった」
直桜の顔を眺めて、三人が満足そうに笑ってくれた。
「ま、これからも、よろしくな」
清人が直桜の頭を撫でると、直桜に小さな包みを手渡した。
「例の写真。写真立てに入れて部屋で眺めんのも、悪くねぇだろ」
「わざわざ、準備してくれたの?」
清人が首の後ろを掻きながら、目を逸らした。
「わざわざって程でもねぇけど。紗月が写真立て準備してくれたから、入れただけだよ」
「スマホの写真と違って、レトロな感じが可愛いよ。使い捨てカメラ、最近紗月さんがハマってるんだってさ」
「その写真も紗月さんが撮ったそうだぞ。化野くんにも見せてやるといい」
三人にそれぞれ言葉をもらって、胸の中が温かくなる。
「うん、今日の夜、護と一緒に見るよ。本当にありがとう」
嬉しくて、写真立ての箱を持つ手に力が入った。
直桜の顔を見て嬉しそうにしてくれた三人が、また嬉しかった。
「じゃ、直桜は俺と忍さんとこだ。この場は任せていいか?」
清人が開と閉に目を向けた。
「修吾さんもいてくれるし、問題ないよ。ゆっくり行ってきて」
修吾は既に護たちに混ざって、訓練を見てやっている。
直桜は清人と共にこっそり訓練場を抜け出した。
忍の部屋に向かいながら、直桜は清人を振り返った。
「忍も思い切った計画立てたよね。捕まえに行く感じ?」
「だなー。反魂儀呪からの攻撃や修吾さんの情報、理研や天磐舟の置かれている状況とか考えても、足踏みしてる理由がねぇ。待っていても向こうの準備が整うだけだ」
確かに清人の言う通りだ。
これだけ13課側の準備が整えば、待っている理由がない。
「綾瀬の目的って、何だろうね」
直桜の呟きに、清人が目だけを向けた。
「長い間、理研で匿われて静かにしてた綾瀬が、今になって天磐舟を再結成してまでやりたいことって、何なのかなって思って」
惟神の神力は、穢れた神力を作るために必要な材料なのだろう。ならば、穢れた神力を使って、綾瀬は何がしたいのだろう。
清人の顔が、考えるように上向く。
「理研の後押しって考えるなら、強い術者を作ること、か。三十年前の天磐舟と同じなら、世界をぶっ壊してぇんだろうなぁ」
「厨二が過ぎない? てか、そのスローガンは禁術実験を隠すための建前でしょ?」
思わず突っ込んでしまった。
「案外、建前じゃねぇかもよ。世界をぶっ壊すために、禁術実験して穢れた神力作ったのかもしれねぇじゃん」
精神操作や攪乱には、それくらいの力がある。だから禁術なのだ。
「理を壊そうなんて考える輩は、ほとんどが厨二なんだよ。純粋な理想論を通したかったり、この世界そのものを無しにしたかったり。理不尽な現実を受け入れらんねぇんだろうなぁ」
語る清人の口振りはどこか具体的で、誰かを想定しているような気がした。
「だとしたら綾瀬だけじゃなくて、呪禁師協連や陰陽連で偉くなってる人たちも、厨二になるよね」
当時の天磐舟で禁術の実験をしていた術者は綾瀬だけじゃない。
実験に参加していた全員が同じような気持ちだったかは、わからないが。
「厨二病って病気だからさ、いつか治るんだよ。けど時々、治らねぇまま歳重ねちゃう奴もいんだよね。ずっと醒めない夢の中にいるみてぇである意味、幸せかもしれねぇけど」
「綾瀬は治らなかったから、今も夢の中にいる感じなのかな」
「治らなかったのが綾瀬なのか、他の奴らなのかは、わからねぇけどな」
清人の言葉がさす意味が解らなくて、直桜は黙り込んだ。
そんな会話をしているうちに、忍の部屋に着いていた。
中に入ると、忍と梛木しかいなかった。
「今日は陽人と重田さん、いないんだね」
てっきり一緒に話すものだと思っていた。
「ああ、まずは清人と直桜と俺たちで話を詰めたいと思ってな」
忍にしては珍しい判断だと思った。
だが、よく考えると、これが妥当な形なのかもしれない。
陽人や優士は、あくまで副長官とその秘書官だ。正確には、13課の職員ではない。
「今回の提案を実行するなら、直桜にはまた囮役になってもらう。いけるか?」
禍津日神の儀式の時も、直桜は梛木の提案で贄になった。
あの時と同じだと言いたいんだろう。
「構わないよ。他の惟神より俺の方が相手を釣れるだろうし、耐性もあると思うから」
だからこそ、忍も直桜を選んだのだろう。
「その上で、一緒に囮役をするなら、誰がいい?」
忍が、ストレートな質問をしてきた。
「律姉さんか、円くん」
直桜も、ストレートに応えた。
忍の片眉に皺が寄った。
「円か……」
マニュアルの中で清人たちも円に演技は無理だと話していた。
だが、直桜はそうは思わなかった。
「円くんは草だ。出会ってからこれまでの経過で成長も感じてる。今回のキーマンが円くんなら隠さず出すべきだと思う」
難しい顔をする忍の隣で、梛木は肯定的な表情をしていた。
「直桜に同意じゃ。直霊も大きく成長しておる。智颯の神力にも臆さぬ強さは供えた。円を使うのは悪くない選択じゃろうな」
「俺も悪くねぇかもなって思い始めたよ。訓練中の様子とか見てもな。ちょっと前の円とは別人だ。温存して変な動きさせるよか、いいかもしれねぇよ」
難しい顔ながら、忍が頷いている。
「直接に関わりが多いお前たちの心象は大事だ。温存ばかりが良いとも言えんか」
「それよか、俺は直桜の水瀬さんチョイスがわからねぇけど」
疑問符を浮かべる清人を、忍と梛木が振り返る。
その顔は直桜と同じだった。
二人の顔を眺めて、清人が驚いた顔をする。
「え? わかってねぇの、俺だけ?」
「任務としては適任じゃろうて。ただ、今回のターゲットからは外れるから、それを良しとするか無しとするか、じゃろうな」
梛木の見解は凡そ直桜と同じだ。
「一概に外れているとも言えん。天磐舟がスローガン通り世界を壊す気なら、権力を狙って陽人に触手を伸ばす危険性もある。そうなれば、水瀬もターゲットの範疇だ」
その可能性は確かになくもないのかもしれないが。
きっと、惟神を入手してより強い『穢れた神力』を得てから、次の段階だろう。
「いや、そういう話じゃなくってさ。性格的に、囮とか欺く系の仕事は向かねぇんじゃねぇかなって」
忍と梛木が、ぱちくり、と目を瞬かせた。
「清人って、律姉さんの素の性格、知らないんだね」
「意外じゃな。ああ見えて律は二重人格と言えるほど、あざといぞ」
「付き合いは長くても、同じ部署で仕事していないから、接する機会もそう無いか。水瀬も、そうそう本性を見せる訳でもなかろうからな」
続々飛び出した発言に、清人が顔を蒼くした。
「え? 水瀬さんて、そういう人なの? 俺が見てきた水瀬さんて、作り物なの?」
清人が不安そうな声を出す。
「作り物では、ないけど。なんていうか、律姉さんて、一見すると大人しい淑女だけど、武器持たせたら別人レベルで強いし、張り切るし」
「それは知ってる。そのくらいは知ってるけど、術者にはよくある傾向だろ。武器降ろせば戻んだろ」
忍が腕を組んで首を傾げた。
「水瀬なら穢れた神力も自力で弾きそうな腹黒さがあるな。むしろ飲み込んで利用して綾瀬の寝首を掻っ切ってきそうな」
恐らく信頼の証なんだろうが、忍の評価が容赦なさ過ぎて、直桜の方が心が痛い。
「ダメだ、俺、全然わかんねぇわ。直桜は知ってんのか? 集落でも、そんな感じだったの?」
清人に問われて、直桜も忍と同じように考え込んだ。
「そうだね。梛木と忍の評価は意外でもないよ。なんていえば伝わるかな。んー……、あ、ちょっとだけ、槐に似てるとこあるかな」
直桜の言葉に忍と梛木が顔を顰めた。
「直桜、もう少し律に気を使え」
「流石に気の毒に思うぞ」
梛木と忍に揃って叱られて、混乱する。
二人の律への評価も直桜と変わらないと思う。
「益々わかんねぇけど、直桜の言葉を聞いたらイケるって思ったよ。むしろ適任か」
槐というキーワードが清人の理解を深めたらしい。
「だったら、どっちかじゃなくて、円と水瀬さんと直桜の三人で囮役、やって貰ったらいいんじゃねぇの?」
清人の言葉を受けて、忍が頷いた。
「それも良いかもな。直桜と円に天磐舟側を、水瀬に理研側をマークしてもらうのもアリだ」
「そうなると、瑞悠は律姉さんと修吾さんに挟まる形になるね」
理研が保輔と瑞悠をターゲットにしている可能性がある以上、妥当だ。
「そうだなぁ。保輔が直桜たちのとこにいるし、ちょうどいいか。今んとこ、紗月が怪異対策室に助っ人で入って水瀬さんや修吾さんのサポートしてるから、ガードも手厚いしな」
だとしたら、余計にちょうどいい。
13課に戻ってきてからの紗月は機動力が高い。さすが人類最強だなと思う。
「バディ編成は、それでいこう。囮役も直桜と円、水瀬の方面で動くとする。具体的な役割と行動開始の時期は追って話し合おう」
忍の目が直桜に向いた。
「それで、直桜。化野の鬼の本能についてだが」
忍にしては切り出しずらそうに話し始めた。
「目覚めないのが、最もよい。直桜にとっても、化野の人生においてもだ。しかし、他者にこじ開けられるくらいなら、覚醒させてしまったほうが良いとも、考えるが、どうだ?」
忍の言わんとする意味は、直桜にも理解できた。
翡翠と阿久良王、護はもう二回も鬼の本能を覚醒されそうになっている。
マヤも「穢れた力で目覚めさせてはいけない」と話していた。
ならばいっそ、直日神の神力で目覚めさせてしまえ、そう言いたいのだろう。
「俺が、決めていい話じゃないよ。護が自分で選んで決めないと。護が望むなら、俺は、異論は唱えない。不安では、あるけど」
護が護でない者になってしまうのが、怖い。
戻って来な場所に行ってしまいそうで、怖い。
「そうか。化野には打診してみるが、二人でもよく話し合ってくれ」
「わかった」
今までなら、嫌だとはっきり言えた。
本当は鬼の本能なんて、眠ったままでいてほしい。
けど今は、このままの状態が良いとも言い切れない。
何よりそれが、最悪の未来に繋がってしまったら。
直桜の判断が皆を危険に晒す可能性もある。
そう思ったら、恋人としての本音など、言えるはずもなかった。
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