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第73話 伊吹山の鬼の本能

 結局この日は解析の結果を纏めたりと時間が掛かり、訓練は再開されなかった。  忍に呼び出された梛木が面白そうな顔をして稜巳を連れて行った。  二人を見送る優士は安堵したような寂しそうな顔をしていた。 「俺は人の霊力を喰らうねんな。人の傍におって大丈夫やろか?」  夕食を食べながら、保輔が不安そうに直桜と護に問うた。  伊吹山討伐の記憶の中で、弥三郎はそんな話をしていたし、実際に使っていた。 「弥三郎は自在に操ってる感じだったね。大丈夫なんじゃないの?」 「けど時々には、ついうっかりするっぽいのや。せやから弥三郎は人と距離を取った。俺もついうっかり霊元食ろたりしたら、ヤバい」  そう言って、鮭のフライを頬張る。  そんな感じで霊元をもぐもぐされたら辛いなとは思う。 「本能ですからね。お腹が空くのと眠くなるのと同じですからね。いつの間にかって事態はあるかもしれませんよね」  保輔と同じような顔で、護が鮭フライをパクリとした。  護は既に、いつの間にか智颯をもぐもぐしているので、フライが智颯に見えてくる。 「本能って衝動的で感覚的なものだもんね。抑えるのも、難しいのか」  直桜だって、食うな寝るなと言われたら辛いし、体調を崩す。護や保輔も神力や霊力を食わないと体調を崩したりするんだろうか。だとしたら、問題だ。 「護は日頃から俺の神力食べてるようなもんだし、いつでも食べさせてあげられるけど、保輔の霊力は、困ったね」  言いながら、直桜も鮭フライを頬張る。  護が飯を喉に詰まらせた。 「いや、私は鬼神だから、惟神にそういう危機が迫ると衝動的に出るもので、普段から食べていればどうにかなるという訳ではないと思いますよ」  護がどこか照れた顔をしている。 「護さんは、せやろな。俺の方がむしろ、日頃から食べてたら衝動的に人を襲ったりせぇへんのやろけど」 「俺の霊元からは神力しか出ないから、保輔に食べさせてあげられないね」 「直桜、自分を食べさせる発想はやめませんか」  護が苦い顔をしている。解せない。 「じゃぁ、清人とか紗月かな。あの二人なら霊力多いし、保輔の食事分くらいなら分けても大丈夫そうじゃない?」  13課きっての霊力量を誇るカップルだ。  特に紗月辺り、献血感覚で貢献してくれそうな気がする。 「食事……、まぁ、食事ですけど」  護が微妙な顔をしている。  保輔もまた同じような顔をしていた。 「んー、そう、やなぁ。伊吹山の鬼が人間を嫁にしとったんはきっと、その《《食事》》の関係もあると思うねん。なるべく霊力の強い、な」  ちらりと保輔に目線を向けられて、直桜は首を傾げた。 「保輔君。こういう時の直桜はビックリするくらい鈍いです。はっきり言わないと気付きませんよ」  護が本気の目で保輔を諭している。余計に解せない。 「だからな、喰うのや、言葉通り。霊力も体も。さすがにそれは、マズいやろ」 「体も、食う……。え? 人肉を食べるの? それじゃ、お嫁さん何人いても足りないよね?」  まるで昔話に出てくる鬼のようだ。  頭からガブリとくらいつくような人喰を保輔にさせるわけにはいかない。  蒼くなる直桜を眺めて、護と保輔が呆れかえった。 「つまり、犯すんです。鬼は人喰する時、人間と性交しながら喰う場合が多いんですよ」  護のはっきりした物言いに、直桜は目が点になった。 「え? え? でも、弥三郎は何もしてなかったよ」  弥三郎の記憶の中で、暁薫らしい女性から霊力を吸っていた弥三郎は欲情しているようでも、まして犯している訳でもなかった。 「あれは只、吸うただけやから。腹減ってなくてもオヤツ食べたりするやろ。そんな感じや。あれが餓死寸前やったら、きっと犯してたで」 「おやつ……」  思わず呟いてしまった。 「鬼の捕食は人間に何らかの快楽や快感を与えて、攪乱した状態で行う場合が多いんです。最も確実なのが欲情で操る方法です。血魔術は本来なら捕食の本能を補う術なので、捕縛のための攻撃と、餌となる人間の精神を操る術の併せ技です」  護の説明を聞いて、阿久良王に襲われた時の連を思い出した。連も確かに喰われる自分に快感を覚えていた。  あれは相手が阿久良王の性交対象ではなかったから、欲情以外の快楽で攪乱した状態だったのかもしれない。 「だから智颯は、あんなに気持ち悦さそうだったんだ」  護に神力を食われている時の智颯は、自分から嬉しそうに神力や神を差し出して護の煽りで相当に気持ち悦くされていた。  直桜の呟きに、護が気まずそうな顔になった。 「でも、保輔君はまだ捕食の衝動がないでしょう? 人の血が混じった鬼は本能が目覚めない者も多いですよ。化野の鬼のほとんどは神力を食う衝動を持ちません」    翡翠に最初に鬼の本能を指摘された時の護は「既に廃れた本能」だと言い切っていた。翡翠や阿久良王に無理やりにこじ開けられたりしなければ、もしかしたら護の鬼神の本能も覚醒しなかったかもしれない。 「ない、ないけど。歴代の弥三郎は先代まで全員が鬼の本能を自覚しとるよ。俺は、どうなのやろか」  保輔が不安そうな顔をする。  護が考え込んだ。 「難しいですね。こればかりは、その時が来ないとわかりませんからね。下手に先手を打っても、逆に刺激になってしまう可能性もあるし、現状維持が妥当かと」 「そうやんな」  護と保輔が消沈しながらフライにぱくりと食いついた。  最近の二人の仲の良さは、まるで兄弟のようだ。

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