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:Day1(3)

「広内のせいだろ」  口角を緩めながら、池田さんが横目におれを見た。こういう聡いところが、池田さんの油断ならないところであり、おれが好ましく思っているところでもある。多くを語らなくても難なく話が通じる。 「……そうだよ。広内のせいだよ」  ストローでまた、細かな氷を吸い上げる。ほの甘い、イチゴの風味が鼻に抜けてゆく。  広内は、大学の友人だ。大人しくて引っ込み思案だからあまり気づかれないけれど、よくよく見るとけっこうキレイな顔をしている。その気になればいつでもモテる準備はできているように思えるのだけど、本人はいたって無頓着だ。  池田さんも同じ大学で、おれと広内の先輩にあたる。おれたちは小さいながらも大学内のゲイコミュニティで交流を持っていた。  そう、おれがいつになくふられる側になったのは、間違いなく広内のせいなのだった。  最近、広内に彼氏ができたのだ。  ずっと片思いしていた相手だ。その、相談というほどでもない話を、段階を踏みながらおれは毎回聞いていた。そして毎回、やめなよ、と言っていた。  そんな相手、やめたほうがいい。  絶対不幸になる。  あきらめるべきだ、と幾度もくりかえし言った。なぜならその彼は大学の先輩で、とびきりのイケメンで、男女問わず人気があって、なによりノンケで女遊びがひどかったからだ。  でも広内はあきらめなかった。途中、あきらめようとはしたようだったけど、結局想いを捨てきれなかった。そして、おれが知らない間にいつのまにか結ばれていたのだった。 「まさかあの二人がうまくいくなんて思わなかったよね」  おれのぼやきに池田さんが、そうか? と返す。 「おれはきっかけさえあればすぐにくっつくと思ってたけどな。やたらすれ違ってばっかだったから」 「ずるいよね」 「なにが」 「だって、広内ばっか。ずるい」  ストローでかきまぜてばかりいると、シャーベットはすぐに液体になった。頬をふくらませて見せながら、ストローの先でくるくると水面に円を描く。  広内の相手の先輩は、実のところおれが思っていたような人物ではなかった。広内をもてあそんでいたと思っていたのは勘違いで、女性とのつき合いも一切なく、意外と硬派で、面倒見がよく、人間的にすごくかっこいい人だったことがのちに判明した。  イケメンで、ノンケで、そんなすごい人とゲイがうまくいく可能性なんてどれだけあるっていうんだろう。  ずるい。  ずるいずるいずるい。  羨ましくてしょうがなかった。自分だってそういう彼氏が欲しかった。  でも、そうやって広内をやっかみながらもおれは、わかりすぎるくらいわかっていた。  広内がうまくいったのは、広内だからだ。  彼のその一途な想いが届いたのだ。  おれには、ないもの。  その実、おれが羨んでいるのはイケメンの彼氏ではなくきっと、誰かを一途に想える広内の恋心なのだった。 「なんかさ、本気の恋、みたいなの、してみたくなっちゃったのかな」  ため息をつくと、頭に手のひらの感触がした。撫でるのではなく、ぽんぽんと優しく触れてくる。 「いい傾向じゃないか」  別れてはつき合って、別れてまたつき合って。それでも全然かまわないと思ってた。本気で好きになれる人なんてそうそう現れない。特にこの、恋愛対象の限られる世界においては。 「おまえもそろそろさ、ちゃんと人を好きになってみろよ」  池田さんの言いようは優しい。 「そうはいってもさ。そんな相手に都合よく出会えないよ。そうだ、そんなことよりクリスマスなんだよ。さすがにクリスマスに一人は寂しいじゃん。ね、誰かいないかなあ」 「おまえな、言ったそばから何言ってんだよ。本気の恋するんじゃねえのかよ」 「それはまあ、おいおいでいいよ。ねえ、誰かいい人いない? この奥で見つけてもいいんだけど、また今までとおんなじようなタイプつかまえちゃいそうな気がするしなあ。あ、なんならおれ、池田さんでもいいよ」  あながち、冗談でもなかった。今からどこの誰と知れない相手を探すより、池田さんなら信用できるし見た目も悪くない。今までそんな雰囲気になったことはなかったけれど、池田さんなら肌を重ねることにも抵抗はなかった。  あきれた顔で、池田さんはグラスのウイスキーを飲み干した。 「ダメに決まってんだろ。浮気はしない主義なんだよ」 「え、池田さんって恋人いるの」 「なんでいないと思うんだよ」 「だって、そんな気配全然なかったじゃん」 「そんな気配ダダ漏れにするか」  あーあ、つまんない。と、またカウンタに突っ伏した。  彼氏と別れたら、いくつかあるなじみのゲイバーに行って相手を探す。だいたい、そう間を置かずに見つかる。それで、彼氏がきれたことはほとんどない。でも、今回はきれっぱなしだ。  それもそのはずで、だっておれは、相手を探していない。  なんだかいつものように、手あたり次第にエサをつけて針を落とし、獲物がかかるのを待つ、というようなことをする気に、いっこうになれないのだ。

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