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:Day1(4)

 ヴヴ、と震える音がどこかからして、横向きになったおれの視界に、ポケットから取り出したスマホを操作する池田さんの手が見えた。  もしかして、恋人からのメッセージだろうか。  いいなあ、なんて思う。以前はそんなこと気にもとめなかったのに、最近はそうやって想い想われている人を見るとつい、むやみに羨んでしまうようになっている。  スマホの画面の上をすいすいと滑る池田さんの指の向こうで、入口の扉がかすかな金属音をたてて開閉した。慣れた感じで入ってきたのは、真っ青なコートに黒いパンツが嫌味なほどさまになっている長身の青年だった。  ああ、ダメなタイプだ。  瞬時に、おれは警戒する。  細面に切れ長の双眸、すらりとした鼻筋に薄いくちびる。まったくもって、ダメだ。  二次元と三次元だからそう簡単には比較できないけれど、少女マンガに出てきたあの先輩と、そっくりだった。 「悪い、遅れた」  青年はそう言いながら、まっすぐに池田さんのところへやってきた。 「遅すぎ。何してたんだよ」 「課題に手間どってさ。あれ? いっぱい?」  青年はカウンタの手前から奥へとたどるように目線を移した。十二月の週末はどこも混雑している。この店も例外でなく、カウンタ席は満席だ。奥の様子は知れないけれど、漏れ聞こえるざわめきからしてにぎわっているのは間違いなかった。 「おれの席、とってくれてねえの?」  不満げな顔で、青年は池田さんの背中によりかかる。 「遅いから、もうねえよ」  それを聞いて、はっとした。  運よく池田さんの隣が空いてたと思ったけれど、これは彼のための席だったのだ。 「あ、ここ。ごめん、おれもう帰るよ」  スツールから降りようとしたおれを、池田さんが止めた。 「いいんだよ、遅れてきたこいつが悪いんだから」 「そうそう。遅れてきたおれが悪いんだからいいんだよ。で、きみ誰。かわいい顔してるなあ」  調子のいい声音で、青年は初めておれをちゃんと見た。まっすぐに見つめられて、思わず目をそらす。 「おれの後輩だよ。大学の。水谷、こいつは(あお)っつって、おれの、なんつうかなあ、くされ縁ってやつか」 「水谷くんか。よろしく」  青、と紹介された青年は、背をかがめておれを覗きこみ、間近で笑みを浮かべた。 「……どうも」 「あ、そうだ水谷。こいつどうだよ」  傍らに立つ長身の肩に手をかけて、池田さんが突然思わぬことを言い始める。 「さっき言ってた、誰かいないかってやつ。こいつなら身元はおれが保証するし、変な趣味はないはずだ。青、おまえ今フリーだって言ってたよな。水谷もクリスマス用に相手探してんだよ。おまえら、つき合ってみたら」 「え、やだ」  反射的にそんな声が出た。  一瞬、虚をつかれて固まった青は、突如、ぶは、と笑い声をあげた。 「面白いな、おまえ。やだはねえだろ」 「え、だって」 「だって何」 「なんか」 「なんか?」 「……モテそうだし」  なんだよそれ、と青はまた、愉快そうに笑い声をあげた。どうやら笑い上戸らしい。何がおかしいのかさっぱりわからない。 「けっこう合ってそうだな、おまえら」  どこをどう見たらそう見えるのか、これまたおれには見当もつかない感想を述べながらなぜか、池田さんがスツールから降りた。 「悪いけどおれ、用事できたから帰るわ。おまえここ座れよ。柴さん、チェックお願い。あ、こいつの分も一緒に」  そう言って池田さんは、おれのアルコール抜きダイキリの代金も一緒に払ってくれた。さすが先輩、というところである。遠慮なく、おごってもらうことにする。 「なんだよおまえ、友情より愛情をとるのかよ」 「当然だろ。じゃ青、また。水谷を頼むな」 「おう、任せとけ」 「ちょ、池田さん、ちょっと待ってよ」 「こいつちょっと変なやつだけど変なことはしねえと思うから。またな」  ちらちらとスマホを気にしながら出てゆく池田さんを、それ以上引きとめられなかった。友情より愛情。それはいかんともしがたい現実だ。  気がつけば、隣の席はコートを脱いでモスグリーンのセーター姿になった青に占拠されていた。

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