「しっばさーん、モヒートちょうだい」 「あ、ごめん今、ミント切らしてるんだ。何か別なのにして」 　えー、と青は、子どもみたいに口元をゆがめる。 「じゃ、おまかせでいいよ。なんか作って」 「了解」 　柴さんがシェイカーを用意し始めると、カウンタに肘をついた青がおもむろにこっちに顔を寄せてきた。 「で、水谷くん。名前教えてよ」 「え」 　別に、めずらしいことじゃない。 　こういう場所で初対面で、名前を訊くことなんていたって普通のことだ。 　でも、なんだか。 「……教えない」 「なんでだよ」 「別に、いいじゃん。名前なんか」 「えー、知りたいなー。柴さん知ってる？」 　ちら、とおれが目を向けると、横目に見た柴さんと目が合った。 「さあ。ぼくはなんとも」 「あ、嘘だ。知ってるだろ。なんだよ二人してさー、おれをのけ者にしてさー」 　ぶつぶつ言いながらも青は、おれのグラスが空になっているのに気づいて、おごってやるからなんか飲みなよと勧めてくれた。普段なら、やったーありがとう、なんて無邪気に笑ってみせるところだけれど、青にはなんだかそんなことをしたくなかった。でも、断るのもちょっと、感じ悪いし。 「じゃ、柴さん、おれも、おすすめで」 「了解」 　気の利くバーテンダーはきっとまた、おれの気に入りそうなノンアルカクテルを作ってくれるだろう。その作業を見るともなしに見つめるふりをして、そっと隣を盗み見る。青は、同じようにぼんやりと、カシャカシャ音をたててシェイカーを振る柴さんの腕の動きを眺めている。つい、その横顔から目が離せなくなる。 　額から、鼻筋、くちびるを通って、顎から首へ、とても端正なラインに縁どられている。 ダメだ。 　息をとめていたことに気づいて、気づかれないようにそっと吐く。 　やっぱりダメだ。つき合うなんて、とてもできない。カウンタの木目へと視線を落とす。 「おまたせしました」 　落としていた視界の中に、すっと白い何かが入ってきた。ぽってりとしたワイングラスだった。ガラスの中はざらりとしたオフホワイトで、表面がかすかに泡だっている。なめらかなミックスジュースのようだった。 「じゃ」 　と、隣から声がした。 　見ると、いつのまにか青の前にもショートカクテルがあって、赤い光を反射させている。まだ口をつけていないようで、どうやらおれの飲み物が来るのを待っていたらしかった。 「乾杯」 　差しだされたのを、無視する道理はない。 「かん、ぱい」 　ワイングラスは持ち上げると重かった。カチン、とあてて、ひと口飲む。甘くてとてもおいしい。チョコバナナの味だ。まだ子どもの口のおれにはちょうどよかった。隣で同じようにグラスに口をつけるのが目に入る。 「それ、なに？」 　青の持つグラスのルビー色があまりに鮮やかで、つい訊ねてしまった。 「ん？　なんだろこれ。すっげー濃い」 「おいしい？」 「飲んでみる？」 　おれの口元まで、グラスのふちがやってきた。口うるさいバーテンダーは他の客に呼ばれてどこかへ行っている。好奇心に負けて、おれはそのふちに口をつけた。とたん、咽の奥が焼けるように熱くなった。 「……ッ、なに、これ」 「な？　なんの味かわかんねーだろ？　つーか、味とかねーんじゃねえのかな、コレ」 　小学生みたいな顔と口調でそんなことを言うので、おれは思わず笑みをもらした。 「あ、笑った」 　青の顔が、ぐっと近寄ってくる。 「普通にしててもかわいいけど、笑うともっとかわいいな」 　ダメだ。おれはわずかに身をひく。 　すごく、好きな顔。 　そんな顔でそんなこと言われたら、絶対ダメだと思う。