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:Day2(1)
「それで、つき合うの?」
思わず、という雰囲気で広内が身を乗り出してきた。テーブルの上にはまだ何も乗ってなかったから良かったものの、すでに料理が運ばれていたら味噌汁の椀でもひっくり返したに違いない。
「つき合わないよ。言ったじゃん、おれ、そういうやつは嫌だって」
「じゃ、つまり、いわゆるその、ワンナイトってやつ?」
「まあ、……そういうことだけど」
大学近くの喫茶店の奥まった席で、おれは広内と向き合っていた。
昼食はいつもたいてい学食でとるのだけど、学生ばかりで混みあうそんな場所でゲイの恋愛話なんか軽々しくできようはずもない。屋外のベンチや木陰で話してもいいけれど、あいにく木枯らしが吹いて凍えるような寒さだった。それで、構外へ出た。
この喫茶店なら席と席の間にパーティションがあって、大きな声を出さないかぎり聞きとめられることはなさそうなのだ。
「日替わり定食Aセットのお客さまー」
はい、と広内が手を上げる。続けて、日替わりBセットをおれが受け取る。大学の近くにあるだけあって、ランチメニューは学生向けに安価でボリュームがある。周囲は近隣の会社員と学生でいっぱいだった。
「あ、でもおれ、そんなことしょっちゅうしてるわけじゃないんだよ。ワンナイとか、基本しないんだから。誤解しないでよね」
店員が去ってから、あわてて言い添える。味噌汁の椀をそっと持ち上げながら、広内がうなずく。
「うん。誤解はしないけどさ」
そう、基本的におれは、初対面の人と会ったばかりの夜にベッドインなんてしたことがない。ゲイバーでの知り合いにはそういうことに慣れた人もいたけれど、おれはやっぱり、どんな人かわからないうちは体をゆだねるのが怖かった。一晩だけの相手だとしても、せめて顔見知りとか人となりを知っている人に限った。
だから、青のことはとても特異なケースだ。でもそれは、池田さんの友人だったからだ。池田さんのことはよく知っていたし、信用していたし、その池田さんが紹介してもいいと言うのなら、怖いことにはなるまいと思ったからで。
「でも水谷、その人のこと好きなんだろ?」
白身魚フライにかじりつきながら、広内が確信を持ったように訊く。ぺらりとしたハンバーグを箸で切り分けようと苦戦していたおれは、思わず眉根を寄せる。
「……なんでだよ」
「え、なんかずっと、そんな感じに聞こえる」
春に会ってからそれほど月日を共にしたわけでもないのに、広内は鋭くおれの心境を言い当てる。切り分けるのが面倒になって、箸でぶっ刺したハンバーグにかじりつく。
ホテルの部屋で後ろから抱きしめられたとき、心臓がこれ以上ないくらいに跳ね上がったのは確かなことだ。
首筋に青の鼻先がもぐりこんで、その呼吸がおれの耳朶をくすぐった。ドキドキしているのをさとられないよう、ゆっくりと唾を飲みこむ。
耳元であの甘い声がささやいてくる。
「キスしていい?」
「……なんでそ、そんなこと訊くの」
うっかり声が上ずった。気づかれていないといいけれど。
「そういうの、嫌がる人いるじゃん。キスは嫌、って」
嫌、じゃない。でも、訊かれて、いいよと答えるのはちょっと癪に障る。まるでおれが求めてるみたいだ。
「別に、好きに、すればいいじゃん」
「じゃ、好きにする」
おれの肩を抱いていた手が顎へ伸びてきて、上向きにされたかと思うとくちびるが重なった。けして強引ではなく、紳士的なキスだった。
深く合わさって、その熱が溶け合ったころにゆっくりと舌が入ってくる。一瞬戸惑ったけれど、誘われるように舌が絡みあううちに、甘い熱が全身に伝わってきた。くちびるを離したころには、危うく体がくずおれそうになっていた。
ふ、と青が笑ったのが聞こえて、ムカついて突き飛ばしてやろうとしたけれど、大きな腕に抱きよせられてそのままベッドまで運ばれてしまった。
覆いかぶさってくる青の顔は影になって、表情はよくわからなかった。それでも、頬や首筋に落ちてくるくちびるは優しかった。
やっぱり夢かも。酔いのせいかベッドのスプリングのせいか、頭はずっとふわふわしていた。シャツの中に入ってきた青の手が肌の上を滑る感触がして、おれは目を閉じると、まだ脱いでいなかった青のコートをそっとつかんだ。
それでさ、と広内の声がして、おれは意識を目の前のBセットへと戻した。いけないいけない。気を抜くとすぐ、あの夜のことばかり頭の中で反芻してしまう。だってまだ、たった四日前のことなのだ。
「なんて答えたんだよ」
「何が?」
「また会おうよって、言われたんだろ?」
白ごはんが半分ほどに減った茶碗を顔の前にして、広内が前かがみに訊いてくる。おれはずず、と味噌汁をすする。
「……会わないって答えたよ」
「どうして」
「だからあ、つき合わないんだって。ああいうタイプとは」
茶碗に残ったごはんを一度に口の中にかきこみ、広内の視線を遮った。頬がリスのようにぱんぱんになるけどかまわない。
「連絡先教えてよ」
と、あの夜、青は言った。
まだおれが青の腕の中で気怠い身体をもてあましていたときだ。
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