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:Day2(2)

「……え?」 「また会おうぜ」  低く甘い青の声は、おれの決心を鈍らせる。  ダメだ。ダメといったらダメなのだ。  同じ失敗は繰り返さない。 「会わない」 「え?」 「おれ、帰る」 「おい、待てよ」  体を起こしたおれの腕を、青がつかんで引き戻そうとする。それを振り払って、ベッドを降りた。 「今日はありがと。楽しかったよ」  素早く衣服を身に着けると、じゃあねと背を向けた。  顔を見てしまうと足が止まってしまう気がして、一度も振り返らなかった。青も、呼び止めることはなかった。  後悔していない、と言えば嘘になる。だから、これで良かったのだと何度も自分に言い聞かせる。それでも、なんだかもやもやとする今の感情を誰かに打ち明けたくて、こうして広内につき合ってもらっているのだった。 「なんかもったいない気がするけどな」  両手で湯呑みを持つ広内の仕草は、年寄りじみていて笑える。別に広内に何か言ってもらいたいわけではなかったのだけど、そうやってあおられると気持ちが緩みそうになる。 「いいよね、広内はさ。竹島さんとラブラブなんだろ。クリスマスだって、一緒に過ごすんだよね。エッチとかしちゃうに決まってるよね」 「ちょ、水谷ッ」 「いいないいな。おれも彼氏欲しい」 「だから、つき合えばいいだろ、その人と」 「竹島さんみたいな彼氏が欲しいよ。ねえ竹島さんおれにちょうだい」 「あげるわけないだろッ」  おれの冗談を真に受けて、広内は声をひそめるのも忘れてしまっている。幸い周囲はそれぞれの会話でざわめきに満ちていて、おれたちの秘められるべき話題は誰の耳にも届いていない。 「だから、冗談だって」 「冗談でも竹島さんのことは」  広内がなおも言い募ろうとしたとき、おれの上着のポケットでスマホが震えた。 「あ、ごめんちょっと待って」  席を立ち、店の外へと出ながら画面を確認する。表示されている電話番号に覚えはない。 「もしもし?」 『あ、晃一?』 「え?」  鼓膜に届いたその低い声に、一瞬息をのんだ。  この声は。 『おれだよ、おれ』 「……オレオレ詐欺」 『違うだろ。もうおれの声忘れちゃった?』 「なんでこの番号知ってんの」 『池田に聞いた』  あの夜、耳元で何度も聞いた声だ。  荒い息づかいとともに。 「……何の用」 『今晩何してる? 飲みに行こうぜ』 「行かない」 『いいじゃん、行こうよ』 「行かない。バイトあるから」 『バイト? 何してんの』 「イタリアンレストラン」 『へえ。どこの?』 「……なんで」 『バイト終わるの待ってっから』  こんなすぐ耳元で、そんなことを言わないでほしい。頭の中に青の声が、直接入ってくる。少しでも気をぬくと、とろけそうになる。 「教えない」 『おい』 「来なくていい」 『晃一、なんで怒ってんの?』 「怒ってない。じゃあね」 『おい、晃』  スマホを操作する指が、かすかに震える。  定まらない。自分が。どうしていいのかわからない。どうしたいか、わからない。  広内が待っているから、戻らなくちゃいけない。それでもしばらく、着信履歴の一番上に残った電話番号を、消去できずに眺めていた。

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