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:Day2(3)

「オーダー入りまーす」  カウンタごしに厨房の中へ声をかけると、マッテオの歌うようなイタリア語が返ってきた。  おれのバイト先のレストランは、正真正銘のイタリア人がオーナーシェフだ。  会話の半分以上がイタリア語で、バイトを初めて二か月ほどになるけれど、おれはまだその九割近くを理解できていない。ただ、マッテオは話すことは苦手でもヒアリングはそこそこ優秀で、おれの日本語オーダーをちゃんと聞き取ってくれる。  おれがこの店をバイト先に選んだのは、まかないつきだったからだ。一度元カレに連れてきてもらったときにその味にはまり、バイト募集の貼紙を見て即日応募した。  ことに、店の一番人気のボロネーゼは絶品だった。それを求めて平日だというのに、今日もさほど広くない店内は混雑している。カップルや家族連れでテーブル席はほぼ埋まり、カウンタには会社帰りらしい一人客がぽつぽつと並んでいた。  一緒にホールに入るはずだったバイトの一人が病欠で、おれは目まぐるしく立ち働いていた。九時を過ぎて客足も一段落し、店内のにぎわいも落ち着いたころ、カウベルが新たな客の来店を告げた。テーブルを片づけていたおれのところへ、やわらかな髪をゆるくアップにしたもう一人のホールスタッフが小走りにやってくる。 「ちょっとちょっと水谷くん、今入ってきたお客さん、すっごくかっこいいわよ。モデルさんみたい」 「かなえさん、声が大きいです」 「あたしがもう十歳若かったらなー、逆ナンしちゃうんだけどな」 「マッテオが泣きますよ」 「やだー。マッテオ今行くわー。あ、水谷くんオーダーお願いね。カウンタの六番さん」  年がら年中真夏のような陽気さのかなえさんは、正真正銘の日本人でホールスタッフでありマッテオの通訳兼、妻である。  厨房の中からマッテオの声がして、それはどうやら何か料理ができ上がったことを報せる言葉で、かなえさんはそれを運ぶために行ってしまった。しかたなくおれは片付けの手を止め、メニューとレモン水を注いだグラスを持ってカウンタへ向かう。  六番、と席番号を確認しなくても、新規の客の位置はすぐにわかった。  真っ青なコート。かたちのよい背中。  おれに気づいて、ひらひらと片手を振ってくる。 「……何してるんだよ」  メニューとグラスを置きながら、小声で非難する。 「なんでここがわかったの」 「池田に聞いた」 「池田さん、なんでそんな簡単になんでも教えるかなあ」 「あいつとおれの仲だから」 「どんな仲だよ」 「運命共同体ってのかなあ」 「オーダー決まりましたらお呼びください」 「あ、ちょっと待てよ。赤ワイン、グラスで。なんかおすすめのやつ。それと、つまめるもの、なんでもいいからおまえ選んで」 「自分で決めなよ」  そう言いながら、おれはメニューを持って戻り、かなえさんに赤ワインとアンティパストの盛り合わせをオーダーする。  店内に、青がいる。それだけでなんだか落ち着かなかった。そわそわして仕事に集中できない。あわただしい時間帯でないのが幸いだった。 「ねえ水谷くん、あのかっこいい男の子とお友だちなんですって?」  青のところに赤ワインを持っていったかなえさんが戻ってきて、耳打ちしてきた。 「お友だち?」 「さっき、あの子となんか話してたでしょ? それでつい声かけちゃった。お友だちならさ、もうお客さんも少ないし、水谷くんあがっちゃっていいわよ。一緒に飲んじゃいなさいよ」 「いや、でも」 「うちに来たの、水谷くんがいるからでしょ。目の保養になったわー。だから水谷くんのぶんはあたしのおごり。今日忙しかったし。おつかれだったわね。まかない出すから座ってて」  ぽん、と肩をたたかれ、そこまで言われて固辞するのも気がひけて、おれはスタッフルームでユニフォームから私服に着替えてきた。
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