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:Day3(3)

「ひろうぢ」  電話口に広内が出たとたん、盛大に涙と鼻水が出始めてしまったので、さぞかし驚かれたに違いなかった。 「水谷? どうしたんだよ。なんかあった?」 「……あお、あおが」 「青? 青ってこないだ言ってた人のこと? 何、なんかされた?」 「さ、されでらい、だにも。おでが」 「ちょっと水谷、今どこにいるの」 「ゔー」  結局、広内は深夜だというのに心配して、おれのいる大学近くの駅まで出てきてくれた。  外は寒いので、カラオケボックスに入る。ぐずぐずと泣き続けているおれを店員が唖然として見つめていたけれど、今はそれどころではなかった。  頼んだ飲み物が運ばれてきたところでようやく、おれの涙と鼻水が一段落した。 「落ち着いた?」  広内は本当に優しい。さっきだって本当は彼氏の家にいたのに、こうしてわざわざ出てきてくれた。広内ならきっとそうしてくれるだろうと思って、近隣の駅まで来てから広内に電話をしたのだった。 「ごめんね、竹島さんと、いちゃいちゃしてたのジャマしちゃって」 「いっ、いちゃい、ちゃは……」  嘘の苦手な広内は、否定もできずに耳を真っ赤にさせている。広内ってかわいいよなあ、とおれは鼻をすすりながら思う。こういうところに、竹島さんはほだされたんだろうな。おれには絶対まねできない。  こほん、とわざとらしく咳払いをして、広内は居ずまいを正すとおれに向き合った。 「それで、何があったんだよ」  うん、とおれは、今現在の自分でもわけのわからない感情を、あらいざらい広内にぶちまけた。筋が通っていなくて、支離滅裂で、矛盾だらけの話を広内は、一度も否定することなく聞いてくれた。それだけで、ずいぶん心が軽くなったように感じた。 「つまり、やっぱり水谷は、その青さんのことが好きなんだろ?」 「うん」 「青さんとつき合いたいんだろ?」 「うん」 「じゃあつき合えばいいじゃないか」 「……だって、怖い」 「何が」 「遊ばれて、捨てられちゃうかも」  ふー、と広内は大きく息をつき、テーブルの上からオレンジジュースのグラスを取ると咽を鳴らしてぐいぐい飲んだ。急いで来たから、咽が渇いてたのかもしれない。 「それは、水谷の元カレの話だろ? 水谷はまだ青さんと何回かしか会ってないって言うけど、その何回かで飲んだり話とかして、その、え、エッチもしてて、それで元カレと青さんが似てるって思うわけ?」 「……似ては、ない。かっこいいってとこくらいしか。あれ? でもあいつ、そんなかっこよかったっけ……?」  頭の中で、件の元カレを思い出してみる。当時はすごくイケメンだと思ってた。でもよくよく考えてみると、青に比べたら全然イケていないし、何より全然おれのタイプじゃない。あの少女マンガの先輩とは、似ても似つかない。 「……いや、青のが全然かっこいいかも」 「どっちがかっこいいかはともかくとして。かっこいい人がみんながみんな、中身同じなわけないだろ。たまたま水谷の元カレがクズだっただけで。竹島さん、だって、クズなんかじゃないし……」 「こんなときにノロケないでほしいよね」  確かに、広内の彼氏の竹島さんは、顔も性格もいい。さっきだって電話の向こう側で、いいから行ってこいよ、という声が聞こえていた。  じゃあ、青ならどうだろう。電話の向こうにいたのがおれと青だったとして、広内のもとへと行きたいおれに、青ならなんて言うだろう。  だからさ、と広内が、また咳払いをした。 「そもそも、青さんは池田さんの友だちなんだし、池田さんが水谷に、クズみたいなやつをすすめるわけないよ。そう思わない?」 「……思う」 「青さんは水谷を遊んで捨てるようなやつだと思う?」 「……思わない」 「水谷はさ、もっと素直にならないと」 「でもおれ、青に、一度も好きだって言われてないんだよね。青って本当におれのこと好きなのかな。ただのセフレだと思われてないかな。青ってセフレとかいるんじゃないかな。浮気とかしたりしないかな」 「そんなの、おれが知るわけないだろ。自分で聞きなよ」 「誰に」 「本人に」 「ムリ」  おれは壁に沿ってL字になったソファの上で膝を抱えた。 「訊けない」 「だいたいさ」  そう言って広内も、ソファの上にあぐらをかいた。 「そういう水谷は、青さんに好きって言ったことあるの?」  う、とおれは息をつめる。 「どうせないんだろ? 自分が言ってないのに相手に言ってほしいっていうのはずるいよ。ちゃんと、好きって言いなよ。それで、不安なこと全部、青さんに言ってみなよ。絶対、伝わるから。クリスマス、一緒にいたいって言わなきゃ。特別な日だろ、クリスマスイブは、水谷の」  真剣なまなざしを向けてくる広内を、おれはまじまじと見返した。  深夜のカラオケボックスで、傍らにオレンジジュースを置いて、一心におれのことを考えてくれる。必死に意見をしてくれる。  広内から竹島さんのことを相談されたとき、おれは絶対だまされてるからあきらめろとしか言わなかった。それなのに、広内はあきらめずに竹島さんに向かっていった。 「広内、ありがと」 「……え?」 「話、聞いてくれて」 「あ、うん」  おれの突然の言葉に、広内はなんだか落ち着かなげにうなずき返す。 「広内がいてくれて良かった」  広内のおかげで、覚悟が決まった。 「おれもあきらめないでみる。広内が竹島さんをゲットしたみたいにさ」 「げ、ゲットとか、そういうんじゃ……」 「もういいからさ、早く帰ってあげなよ。ごめんね、ほんと。エッチのジャマしちゃって。帰って続きしなよね」  今度はついに、広内は両頬を真っ赤に染めた。そういう顔するとその通りですって言ってるみたいなもんなんだから。そう言ってやりたいところだったけど、嘘をつくのが苦手な広内に言ってもしょうがないか、とおれはからかうように笑った。

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