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第3話
次ぐ日朝10時から3人は件の地元警察署へ出頭依頼を訊いており、時臣も同行した。
昨日見ていた依頼の調査をちゃっかりしようと目論んでいる。
最初3人の調書取りに同席していたが、タバコ吸ってくると部屋を出る。
結構しつこい質問責めに、3人は昨日の萎縮とは違ううんざりした態度で臨み、時臣もそれを見てーいい薬だ、2度とやらねえだろーと部屋を出てきたのだ。見ているのもしんどいほどだ。
部屋を出た理由はタバコはもちろんそうなのだが、昨日の金井に会うため。
少年課の警官がどこまで知らされるかはわからないが、金井から聞けることを聞こうと言う魂胆だ。
通りがかりの婦警さんに少年課の場所を聞き、教わった通りに向かうと開いたドアの向こう、窓際でこちらに向かってデスクを構えている金井を見つけた。
時臣にいち早く気づいた近くの警官が近寄ってきたので、金井を呼んでもらい金井と目が合ったときにニコニコと手を振った時臣を金井は嫌な顔で、それでいて笑ったような顔でこっちにきてくれた。
タバコの用もあったから、喫煙室に連れて行ってもらいそこで話をすることにする。
「何の用だ?俺にはお前に言えることはないぞ」
時臣の魂胆を見越して牽制をされてしまった。
「やだなそんなんじゃないですよ。旧交を温めようと思ってるだけですって」
味気ないベンチに座り、タバコを取り出して一本進めてみるが、50になったときにやめたと聞きじゃあ、と1人で火をつける。
「で?旧交てのはどうやってあっためるんだ?」
そんな問いに、組んだ足の上に肘をついて煙を吐き出している時臣は、見透かされた以上どう攻めるかなぁと宙空を見つめていた。
「いやぁ…まあ最近どう?ってのもおかしいしねえ…」
相変わらず変な奴だなと隣に座りこみ、
「解剖は明日らしいけどな、取り敢えず採血をして簡単な死因検査はやったらしい」
と話し出す。時臣は目だけで金井をみて
「いいんですか?そんな話俺にして。俺何も聞いてないですよ?」
と言ってみるが、
「最近どうって言うから、最近あった署内のことを少しだけな」
ポケットからガムを取り出して一粒口に入れて、ガムを仕舞い込んだ。後でガムもらおう。
「それで、その簡易検査は何がわかるんです?」
「取り敢えず薬物等の使用だな。でも今回意外な結果が出たんだ」
縦長の、ベンチに合わせた高さの灰皿というにはでかい筒状のものの上に肺を落とす。そこは非常に綺麗にされていてー所轄なのにまめな奴がいるんだなーと感心した。
「意外な事?」
「死因がな、特定された」
「おや、よかったですね簡単で」
「まあ、俺にはあまり関係ないがな」
そうは言っているが、少年課の金井が簡易検査にしろその結果を知る道理はない。
「不思議なんだろ?なんで俺が知ってるかって。元部下が教えてくれたんだ」
へっと笑って、くちゃくちゃとわざとガムを噛む。ー見透かすんだよな、このおっさんはー
「血液からニコチンが検出されたんだと」
時臣は自分のタバコを一瞬眺め、俺にも流れてそうだなとタバコを消した。
「静注らしい」
「おー…」
静脈注射は、薬ならば時間をかけてゆっくりと注入していく方法で、この場合毒性のあるものを使用するときには、業界的には徐々に苦しめる意図も考えられそこから恨みが深い事も想定されてくる。
「で、薬物は出たんですかね」
あくまで聞き出すという感じは避けて、話しかける。
「それはなかったみたいだな」
時臣が知りたがっているのは、調査の過程で上がってきた探し人の近藤が副業で薬の売人をやっていたと言う噂の確認だ。売人がイコールヤク中であるということもないのだけれど。
依頼によると、半月ほど前から音信不通になり、会社も急に無断欠勤になったらしい。
あまり無い行きつけの飲み屋も、恋人の家にも顔を出さなくなり、恋人自体も心配をしている。
ギャンブルの線は、競馬競輪競艇なんでも手を出しており、パチンコやスロットはあまり好んではいなかったようだ。
借金もなく、消えた理由が全くわからないところで詰まっていて、今回の遺体が突破口にはならないかと思っている今は、どうしてもそのご遺体の身元が知りたかった。
「しかしな、意外なことはもう一つあってな…」
「はあ」
「あの遺体は、亡くなった直後だったってこったな…」
今度は金井が宙空を見上げ、暗にあの3人も危なかったな…も込めて話してくれた。
「え、それは…」
「ああ、犯人 があの場にまだいたかもしれないってことだ」
時臣はまたしても危険な目に遭いそうになった甥っ子に舌打ちをする。
「直後とは言っても、解剖もまだだしはっきりはわからんが、採取した血液が新鮮だったらしいな。だからその場にホシが居たかどうかはまあ、はっきりと言い切れるわけではないんだが」
一瞬の『叔父』の顔を見て、そんなことも言ってくれた。が、犯人が引き上げたとしても遭遇したかもしれないと思うと穏やかではない。
去年の夏休みから急に親交が深まった甥っ子だが、それ以来時臣がどんだけ自分が叔父馬鹿なのかを思い知らされることばかりで、預かる責任も確かにあるが、実際は甥っ子溺愛である。
「随分可愛がってるんだな」
昨夜調書を取ったのは金井で、苗字と顔立ちで本人に聞いてみたら叔父だというので、そこで判ったという。
だから昨夜は迎えにくるのを待ち構えていたらしい。
「いやいや。甥っ子1人しかいないものでね。去年何年かぶりにあったら叔父馬鹿に火がついちまいました」
苦笑しながら立ち上がり、近くの自販機でコーヒーを2本買って戻ってきた。
「甘いのと無糖はどっちすか?」
「甘いのに決まってる」
笑いながらありがとうと言って金井は受け取り、缶を開ける。
「まあ仮に居たとして、顔を見られた可能性もあの夜中ならないだろうし、大方大丈夫だろう。ホシも逃げるのに精一杯だろうしな」
組織的なものだったら拉致されかねないがな…とは思ってみるが、警察…長年の捜一叩き上げの勘は、そう言うものではないと思っているようだった。
「身元は?」
「おいおい、知っててもそこは言えないぞ。だけどそれはまだみたいだな。昨日と言っても夜中の発見で、今はまだ午前中だ。捜一が血眼になってる頃だろ」
缶コーヒーを啜って、何度目かの宙空。
「戻りたいですか?」
失礼を承知で聞いてみるが
「役人は上の命令が絶対だからなぁ。本庁 の課長も善意で言ってくれたわけだし、ゆったりと警官人生終わらせるよ」
そう言いながら時臣を見てコーヒーを空けた。
「ごちそうさま。そろそろ戻るわ。一応少年課の課長という栄転だったんでな、これでも色々忙しいんだわ」
よっこいしょ、と立ち上がって、缶をゴミ箱へと投げる。
「お前も無茶するなよ。甥っ子にもちゃんと言っておけ。似てるとこあるから心配だ」
いい笑顔を向けて、金井はいつでも薄暗い所轄の廊下を歩いて行ってしまった。
「勿体無いねえ、いい刑事だったのに」
少年課 が不遇な訳ではないにしろ、もしも殉職したところで本望だったろうに…とも思えるが、確かまだ20代前半の娘が1人いたはずだ。
「嫁入りまでは生きたいか」
そう呟いて時臣も缶コーヒーを飲み干し、同じようにゴミ箱へ投げ入れ
「さて、うちの甥っ子たちはそろそろ終わるかな」
と、少し伸びをして廊下へと出ていった。
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