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第4話
「ああ〜あのお巡りしつっこかった!」
時臣が取調室へ戻った数分後に、悠馬と夏と貴一がドアから解放されてきた。
「お疲れ」
廊下のベンチで仕事のメールをしていた時臣は、文句を言いながら出てきた3人に苦笑する。
「遺体発見なんてしなければこんな目に遭わずに済んだんだぞ。もう危ないとこ行くなよ?お前たちもだ」
悠馬だけではなく、並んで文句を言っていた2人にもクンロクを入れた。
「ねえおじさん、俺ら疑われたってこと?」
悠馬が歩き出した時臣に続きながらそう聞いてくる。
「第一発見者は取り敢えず疑われるものなんだよ」
「そんなの変じゃないですかー。亡くなってすぐだったわけでもないし、見つけただけでそんなのさ」
あの洋館でかなり尻込みをしていた貴一は、今は元気に文句をぶつけてきた。
あの遺体が新鮮だったという事は言っていいんだっけかな…と時臣は考えてしまったが、年齢等を考えそこは言わないでおくことにする。
「警察には警察の事情があるんだろ。さっきも言ったけど、こうなる可能性のあるようなことしなきゃいいんだ」
一度振り向いて3人の頭を痛くない程度にこずいた。
「さて、そろそろ昼飯の時間だが何か食うか。何がいい?ってまさかカツ丼とか食ってないよな」
冗談のつもりで言ってみたが
「カツ丼自腹だっていうから断った」
悠馬が不貞腐れてそう言うのに
「まさか本当に食う気だったとは思わなかったわ…」
半分呆れかけて、
「じゃあカツ丼食いに行くか」
と言うと
「「「食う!」」」
こんな時は声がハモる。
「よし、じゃあ帰り道どっかに寄ろうな」
まだ18歳。好奇心も食欲も旺盛だ。
眩しいなあ…とまでは思わなかったが、自分がカツ丼を食える気はちょっとしなかった時臣だった。
夏と貴一をそれぞれの部屋まで送り、事務所兼家へと戻ってきた時臣と悠馬は…特に悠馬は、リビングに入った瞬間に唯希 の爆笑で迎えられる。
「悠馬〜!遺体の第一発見者だって〜?やるねえ〜〜」
「人の顔見た途端に笑うのやめてよ」
今日の唯希は、白のビスチェタイプのインナーに膝上10cmの上着を羽織り、その上着の長さと合うくらいの半パンを履いていた。
一瞬胸の辺りの目のやり場に困るが、次の瞬間にーああ、男だったなーと毎回騙されるのもそろそろめんどくさい。
一年前長かった髪もショートカットにされ、それでも女に見えるのは大したものだ。
「心スポ行ったんだって?霊見つけないで死体見つけるのは才能ですね」
もう面白くて仕方ないのだろう、唯希は無い胸を擦り寄せながら悠馬いじりを楽しんでいた。
「ちょっとやめて唯希さん!自分でもめげてるんすよ、これでも」
「悠馬がめげてるのは調書取りだろ」
ダイニングテーブルの椅子に横向きに座って、時臣はもうビールを開けている。
「ボス〜何飲んでるんですかぁ。今日出かける予定ありますよ?」
缶を開けた瞬間に、悠馬を揶揄いながらもスマホを開き時臣の予定を調べる唯希は、やはり使える男(?)だ。
「悠馬も唯希 もいるだろ〜」
連れて行け、と悪びれずに乾杯と缶を掲げてグビグビ空けて行く時臣には、今日に限り悠馬は頭が上がらない。
「俺でよければ」
悔しいがそう言わざるを得ないのだ。なにせ、真夜中から引っ張り回してしまっているものだから。
「ボス、その遺体発見現場って国上市でしょ?それって…」
「ああ、だから俺も悠馬たち連れて行きがてら地元警察署に首突っ込んできた」
抜け目ないわ、流石だわ、と笑ってご褒美、と唯希はもう一本缶をさしだした。
「金井さんいたぞ」
「え?本庁の捜一の?」
「そそ、定年間近で無謀なことしないように、国上市の少年課に送られたんだと」
「あら、可哀想に。あんなに楽しそうに犯人追い込んでたのに」
検事時代にもこの仕事についてからも何かと面識のある人だったから、唯希もよく知っていた。
「ま、よその事情は色々あるだろうさ。で、これ」
簡単に入力された仕事用のスマホを唯希へ手渡して、
「まだ解剖もこれからだし身元その辺は今国上市の一課が総出でやってるみたいだ。後で追い調査頼む。近藤だったらいいけどな」
「はあい」
スマホを受け取って、とりあえずそれに目を通す。
「じゃあ俺少し寝るから、なんかあったら起こしてくれな」
「違う依頼の面談4時半ですからね。有楽町のホテルのラウンジです。それに間に合うようには起こします」
「2時間くらいしか寝れねえのか…了解」
そう言って、時臣はキッチンの向こうのドアへと消えていった。
昨夜2時頃叩き起こして国上市まで来させた上に、今日10時からの調書とりでまた国上市まで行かせてしまった悠馬は
「本当に申し訳ないな」
と、冷蔵庫から事務所の備品として用意されているプリンを出して、ダイニングへ着く。
「心霊スポットはどうだったの?」
唯希が一緒にプリンを食べようと隣に座って、興味深そうに聞いてきた。
「まあ、おっかなそうな場所でしたよ。雰囲気バッチリだったし…貴一なんかもう尻込みしちゃって、それがちょっと面白かった」
少し笑ってプリンにスプーンを入れる。
「国上市の洋館でしょ?あそこって、外国人の旦那さんと日本人の奥さん家族だって言う噂よね。あの家誰も亡くなってないわよ」
肘をつきながらプリンを掬って、唯希は一口口に入れた。
悠馬は『へ?』と口元まで持っていったスプーンを止めて唯希を見る。
「噂って伝言ゲームみたいに独り歩きしちゃうみたいでね。実際はあの家夜逃げ」
クスクスと可愛らしく笑って、二口目を口に入れる。
「夜逃げ…」
そう言われて、怖がっていた昨夜がバカらしくなって来た。
「そー。大雑把な旦那さんが、収入に見合わない事ばかりして、借金も嵩んだらしいわ。怖い人からも借りちゃったみたいで、旦那さんの国に帰っちゃったって話よ。弁護士に聞いたから間違いはないと思う。怖いお兄さん の弁護士にね」
「じゃあ、お金貸したほうがあの家売るとかなんとかすれば…」
「銀行が入ってたのよ。銀行からも借りてたようで、権利は銀行が持ってるの。でも銀行ってさ、儲けにならないことに手をつけないのよね。あの場所じゃ固定資産税も大したことないし、住む人も居なそうじゃない?売れないのよ。だから放置してるんじゃないかな」
そう言えば、車で行ったが森みたいなところ抜けたりして人が住む街からも遠かったなと思う。
「だからね?あんたたち不法侵入なのよ」
「あ…」
「今回警察から銀行に連絡行ったと思うけど…多分大目に見てもらったんじゃないの?立ち入り禁止の策とっていなかったことも向こうの落ち度になるし」
YouTube見てても『許可とった』という文言はあったと思い出した。
「心霊系YouTuberになろうとするのはいいけど、もう少し勉強してからにしなさいね」
食べ終わったプリンのグラスをシンクに持っていきながら、唯希はまだ一口しか食べていない悠馬にーはやくたべなよ?ーと促しながら、ノートパソコンをダイニングに持ってきて、さっきの時臣からのデータを転送し作業を始めた。
大人の世界は色々あるなあ…とちびちびとプリンを食べながら、悠馬は反省ともっと学ばなきゃなと意識を確認していった。
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