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第9話
警察署について、まずは唯希が捜査一課の酒井を呼び出してもらうように受付へと取り付けた。
いないことも考えられたが、偶然にも署内での仕事をしていたらしく呼び出された酒井は署の玄関に軽く頭を下げてやってくる。
「どうしたんですか?急に来るなんて」
「ごめんね。連絡すればよかったって3分前に気付いたの。でも今日は重要なお話持ってきたから許して。こうして会うのも久しぶりなんだしぃ〜」
両手を合わせてキュルキュルした目で酒井を見る唯希は、今日は依頼者と面談があるということでそれなりのスーツを着ていた。まあ、膝上のスカートと長めの上着ではあったけれど。酒井はそのキュルキュルの顔に弱いらしく
「い、いやいいんですけどね。ほら、いなかったら尋ね損ですから」
デレデレした顔で唯希を宥める酒井に、時臣はーこいつが男だって知らないのかなーという疑問を抱くが、今はそれはどうでもいい。
「酒井さん、この方影山由梨子さん」
由梨子を紹介するが、酒井は普通に頭を下げてきた。
「由梨子さん、この人はこの国上警察の捜査一課主任の酒井さんです。今回の事件を担当しています」
由梨子も頭を下げて、挨拶をする。
「で、重要な話って…」
「ここで話すことじゃ無いから、どこかないかな。外でもいいけど、できれば署内で」
時臣が2人の後ろからそう言うと、酒井は本当に重要っぽいですねと言って
小さな会議室のような長机が2個並んでいる部屋に案内してくれた。
その間に署内のカップディスペンサーの自販機からコーヒーを持ってきてくれて、各々の前に置き、奥に3人を座らせて3対1で向かい合った。
「言わないと思うけれど、今回の捜査はどこまで進んでる』
「ええ、言えないですね」
と苦笑してから
「まあ、少し状況が変わってしまって、なんだか1から操作のし直しみたいな感じにはなっています。このくらいは言ってもいいかな」
「その捜査のやり直しっていうのは、あの遺体の身元が近藤智史では無いからか?」
時臣はストレートに言ってみると、酒井の瞳が揺れた。そして次にため息をついて
「何か、掴んだんですか?」
机の上で両指を組んで、少し悔しそうに時臣を見る。
「俺たちは、近藤智史さんを探す依頼を受けていてな、これは守秘義務だからここだけの話で。それで今回遺体が近藤だって言われて仕事終わると思ってたんだ。そうしたら酒井 から送られててきた画像が、俺たちが持っている近藤さんの画像と人相が違ったんだよ。途方に暮れるよな…」
酒井は本当の近藤の画像は、遺体が持っていた社員証で会社に向かい手に入れたから顔はわかっている。
だから、遺体が一体誰なのかが全くわからなくなっていたのだ。
時臣たち同様、まずは地道に飲み屋への聞き込みや、4課の捜査員に聞いたり色々していたが全く手応えがない状況だったのである。
「その…こちらの女性が何か関係が…」
刑事はすぐに状況を確認する。
「この影山由梨子さんはあの遺体のお姉さんだ」
酒井はひどく驚いた顔をして由梨子と時臣を交互に見た。
「え…あ…」
「偶然だったんだよ。この由梨子さんが警察より俺たちをまずって尋ねてくれてな、俺たちも調査が難航していたものだからびっくりしたよ」
酒井はちょっと待っててください、と部屋を出て3分くらいしてノートとペンを持って戻ってきた。
そのノートとペンを由梨子の前に差し出して、
「ここにお姉さんのお名前、住所、そして弟さんになるんですね、あ、申し遅れましたがこの度は残念なことでした」
一度立ち上がって礼をし、
「弟さんのお名前と生年月日、現在の住所、職業等書いていただけますか」
と伝えた。
由梨子はお悔やみの言葉に無感情に頭を下げ、言われた通りに名前や住所を記載してゆく。
「酒井さんたちも、違いに気づいたんですね」
唯希がコーヒーを置きながら酒井を見た。
「ええ、遺体 の会社に行って、部長さんにあの画像を見せたら、どうもうちの社員ではないと言われましてですね、近藤さんの写真を見せてもらったんです。確かにぼんやりと似てはいるんですが、骨格や眉等よく見ると全く違いましたね。そしてその近藤智史さんが行方不明だということもその時に聞きました。そちらに話が行ったのも、警察が短い期間の成人男性の行方不明にはあまり積極的に動かなかったからでしょうね。残念ですよほんと。影山さんも警察に行っていたら、体良く断られていたはずですよ」
現職の警官が言う、警察の実情だ。
「でも唯希 さんたちが近藤さんの調査していたんですね」
「『俺』と唯希な」
不味そうにコーヒーを口に入れて、面白くなさそうな顔をした時臣もカップを置いた。
「そちらはどうなっていますか」
そんな時臣の態度は意にも介さず、酒井は聞いてくる。
「今回の入れ替わり騒ぎで今のところはまだなんの情報も収穫も無しだ」
パイプ椅子に寄りかかり、流石に苦い顔をする。
「今日、こんなすごい情報を我々に伝えてくれたので、我々の方でも何か関連することが出てきたらお伝えしますね」
書き終わったという由梨子からノートを受け取って、確認しながらもそう言ってくれた。
「頼もしいな、警察がバックについてくれれば少し進展しそうだ」
半分嫌味だったのだが、酒井はー国家権力ですからねーと笑って拳を握る。
チョロそう…と2人が思ったかどうか…。
そこからは少し由梨子へ簡単に聴取をとり、久生と由梨子の対面をした。
すでに解剖されて冷凍保存されていたが、顔立ちははっきりと見て取れて由梨子は立ち尽くし
「久生…」
と一言呟いて涙を流した。
実際に見た遺体にも唇下の傷が見て取れて、どうにか間違いであってほしいという由梨子の最後の希望も奪っていった。
苦労をさせられた分想いもひとしおなのか、暫く由梨子の涙が止まらなかったので唯希が肩を抱きながら元いた会議室へ戻り、由梨子が落ち着くまで暫く待つことにした。
午後4時頃になり、由梨子が
「申し訳ありませんでした…もう…大丈夫です」
と立ち上がって頭を下げたとき少しふらついたので、それはいいからと唯希がもう一度座らせ、そこから十数分経った頃に、国上市警察署を後にした。
警察署を出るときには酒井も来てくれて、
「影山久生 さんは事件が解決次第すぐにお帰し致しますので、どうかそれまではご理解を…」
と、申し訳なさそうに告げて、由梨子も
「よろしくお願いいたします」
と力なくお辞儀をして、帰路についた。
由梨子は事務所と警察署の間くらいの場所に住んでいるというので送り届け、帰りにテイクアウトのものを数点買い込んで事務所へと帰ることにした。
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