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今まで言わなかった事
10時になり、片付けの終わったダイニングで唯希もデータの整理をする。
「どのデータも、横のつながりが全く読めないですよね。菜穂がグランドホテルには行ったけど、近藤と関わってるかは謎。影山の部屋に行ったけど、なぜ行ったか謎。そもそも影山との接点も謎。金井さんが影山の周辺を彷徨いていたのも謎。謎ばっかり!」
「そうなんだよな…さっき俺もそれ考えてた」
そしてその先は、なんだか本人たちにしか解らない事のようにも思えてくる。つまり調べようがない…どこかに綻 びはないのか…
エントランスのチャイムがなり、見てみると酒井だったので中までどうぞと告げテーブルを空けてコーヒーの用意を始めた。
「お邪魔します」
スーツ姿で斜めがけにバッグをかけた酒井は、申し訳なさそうに入ってくる。
「まあ座れや」
「あの、これ…地元で有名な店の和菓子です…みなさんで」
「あら、ご丁寧にありがとう。あとでみんなでいただきましょう」
酒井は和風の紙バッグを唯希に渡し、促されてダイニングテーブルについた。
そして唯希はコーヒーを注いで酒井の前に置いた。
「あ、ありがとう」
それを一口飲んで
「やっぱり署のとは違いますね」
と笑う。当たり前でしょ、と言いつつ唯希も自分のパソコン前に座り、話し合う体制をとった。
「で、隠し事ってのはなんなんだ?」
背もたれに寄りかかって足を組み、少し威圧的に時臣が口を歪めて笑う。
「まあ、隠してたのは申し訳ないと思うんですが、こちらにも事情がありまして…どうにも警察機構というのは身内の犯罪には厳しくてですね…なんなら隠蔽すらしかねない所なので、こちらとしてm…」
「ちょっとまて、身内って警官か?影山の犯人が?被疑者割れたのか!」
足を解き時臣は身を乗り出した。唯希も唖然と酒井を見る。
「そんなことを隠してたの…?」
「いえいえいえ、誤解しないでください。まだ被疑者とも決まったわけではなく、ただ果てしなく黒に近いかな?という…」
「金井さんか…」
酒井はそう言われて、ーはい…ーと俯いた。
「この件はまだ上にも…課長までしか言ってなく、少しずつ捜査を続けているんです。この間篠田さんが言ったように、元本庁の捜一の方ですからね…下手にこちらも動けないというか…」
しかしその推測に至った原因はなんだ…
「なんでそう言うことになってるんだ」
酒井は一度コーヒーを飲んで、少し長いですといってカップを置いた。
「あの日、影山の遺体が見つかった日。篠田さんの甥っ子さんたちは近くのコンビニまで行ってから110番したと言っていました。そしてそこで110番するのに少し躊躇したらしく、そこで数分かけたそうです。そして、警らの警官が連絡を受けてコンビニへ向かい、車を要請して一緒にあの洋館へ向かったんです。そして警官が遺体を確認して署へ連絡をして我々が鑑識連れて出向いたわけなんですが…俺が現場に着いた時になぜだか金井さんが臨場していたんです」
「既に居たって事か」
「そうなんですよ。警らの警官と話をしていて、我々が行った時には遅いぞと笑って言われました」
時臣は腕を組んで目を瞑る。
「で、どうしたのか聞いたら、用があって近くに来てたんだけれど警らが走ってゆくのが見えて追いかけてきた、と」
「あの時間にか?」
時臣が呼び出されたのが午前1時過ぎだったが、悠馬たちがあの洋館に行った時間もそれでも23時は超えていたと言っていた」
「でしょう?おかしいですよ。あんな時間に1人で。金井さんの自宅は隣の市じゃないですか。まあ…まあまあ知り合いの家に行っていたとかそういうのもないことはないですからね、出先がたまたま一緒で警官の血が騒いだと言うこともありえますけど、問題は署に戻ってからです」
「ああ、金井さんが最初に悠馬たちの調書取ったって聞いた」
「そう、そこなんです。あの日金井さん非番だったんですよ。でもあの一件が起こって一緒に署まできて、まあ18歳と言うことでまだ少年課の範疇でしたので助かりはしたんですが、自分から最初に調書を取るって言い出して」
「自分から言ったのか」
「はい」
大抵は捜一の要請を受けて伺ってゆくものだから、自らというよりはよろしくと言われてやるものではあった。
「でも、調書自体は普通に『お化けはいたか?』とか 『何か出なかったか?』とか揶揄うような感じだったんですけど…」
時臣は腕を組んだまま首を傾げる。目はもう開いてはいたが、少し引っかかった。
「何か出なかったか とかの言い方は、取りようによっては『お前ら何か目撃しなかったか』にもとれるんだよな…」
唯希がーあ…ーと声をもらした。
酒井はーそうなんですよー 、と息を吐いた。
「酒井、ちょっと見てほしいものがある。唯希、例の心霊写真」
「はい」
iPadで写真を出し、酒井へ転送した。
「これは?心霊写真て?」
真っ暗な上に画像が荒くて、初見ではなにがなんだかわからない。唯希がペンを持って
「ここ、この白い部分ですけど、手なんですよ」
「え?」
酒井は目を凝らして画面を見ると
「ああ、本当だ手ですね…って事は…」
「悠馬が言うには、その画像は動画のスクリーンショットで、元は動画だ。ビビり散らかしてろくに撮れちゃあいなかったらしいんだが、その画像の直前にギィィだかの音がしたらしく、それでとっさにカメラを向けたらそれが撮れていたと」
「それって…」
「犯人が、まだそこにいて逃げ遅れていたって事だろうな」
「えええ…」
画面を見て、やばかったっすね…と本当にやばそうな声で酒井は言い、
「ああ…だから何か見なかったかって…言うことに…」
と続ける。いや、それでは金井を犯人と断定してしまうことになる。が…。
「そうそう。で、その直後に悠馬たちははっきりと『バタン』とドアが閉まる音を聞いていて、その音にビビろうとした瞬間に、遺体がロッキングチェアからずり落ちてきて、屋敷を飛び出したんだそうだ」
「じゃあ…犯人は裏口から外にでたと…」
「だろうな」
酒井はそこで何か思いついた様にバッグから自分のiPadを取り出して
「あの洋館は、次ぐ日にまた鑑識を連れて昼間に周辺を当たりにいきました。その時に出てきたのが、邸裏手に埋めてあったこれです」
とiPadで唯希のiPadへと転送する。
唯希と時臣はその画像を一緒に確認する。
「ゴミ袋?」
「はい。これが裏手の藪の奥に埋めてありました。急いでたんでしょう、その縛った先が地面から露出していて簡単に見つかりました」
「何が入ってたんだ?」
酒井は少し躊躇したが
「今送りますが、少々ショッキングな物です。覚悟して見てください」
そう言って操作して唯希の画面に映ったそれは、大きく開かれた黒い袋の中がフラッシュの光で照らされていて、その中身と言えばいささかくすんではいるが赤い物に塗れた布だった。
「これは…血?ですか…?」
唯希が口元を押さえて眉を寄せる。
「はい。だいぶ匂っていて、多分それを燃やそうと思ってきたんでしょうね。そうしたら心霊探検の小僧たちがきてそれが叶わなくなって埋めたんじゃないかと…」
ーあ、小僧って言ってすみませんー一応時臣の甥っ子なので、つい出てしまった言葉を謝罪する。
「いいよ、ほんとに小僧だし。それはいいんだけど…これは誰の血なんだ…」
「これはすぐに鑑定にかけて結果が出ています」
その検査結果も転送してくれて、画面で確認する。
「2人分…?」
「ええ、どうやらそれは2人分が混ざっていたようで…誰のとは、まだわからないんですが」
検査結果には
対象A: Blood Type A Rh +
対象B: Blood Type B Rh + Pregnant
唯希が息を呑んだ。
「女性で、妊娠してたって事ですか!?」
「どうやらそうらしいんだ」
流石の酒井も悲痛な顔になり、時臣もため息をついて椅子に寄りかかった。
「でも…こんな大量の血でしかも2人分って、十分事件ですよね」
唯希は切なくなって、検査結果の画面は閉じてしまった。
「それが事件として上がってきていないので…我々も密かに捜査をしていて、先ほど話した金井さんが持ってきたとしたら…。そしてですね、裏手には藪の道がありまして、そこを辿ったらコンビニへ向かう道路に出られました…」
仮に金井が屋敷から逃げ遅れたとしても、悠馬たちの躊躇等で時間が稼げて逃げる時間は十分にあったということが証明される。
「それで、最近色々わかってきた中で、もしかしてと思いさっきここに向かいながら『IKENO』に連絡して、近藤と金井菜穂の血液型を聞いてきました。取って出しの情報です。近藤はA型で金井菜穂はB型でした」
「え…じゃあ…」
「まだ可能性だが…その2人の血液かもしれないという事だな」
「おそらく…」
それが確定ならば、近藤も菜穂も既に…と言うことにもなる。それをなぜ金井が…
そこで不意に時臣は、あることを思い出した。
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