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第25話
「大事に思われているんですね、茅執事」
家政婦の胡娘は、茅執事に寄り添うようにして、そっと囁いた。そして、優しく茅執事の背中に暖かい手を添えて、前へと押し出した。
「包装はここで解いて、マットレスだけ交換して下さい」
クリスマスに似つかわしい、穏やかな笑みを浮かべ、茅執事はそう言った。
「では、マットレスを交換して、古い方は処分してよろしいですか」
珍しい茅執事の笑顔が伝染するように、周囲の人間も和んだ様子だ。小周の申し出に、茅執事は、満足そうに頷いた。
中学生の子供がいる家政婦の胡娘や、母親と暮らす小周、まだ実家住まいの若い玲玲や安安と違い、執事という職に誇りを持つ茅執事は、その勤めを24時間果たすために、唐家に住み込みで働いている。
元来、執事だけでなく使用人は住み込みで働くものだった。他にも厨房で働く者たちは地方出身者が多いために、唐家の邸宅内にある使用人部屋に住むものが多い。
唐家で高給を受け取る身だが、仕事だけに忠実で贅沢をしない茅執事は与えられた私室にほとんど手を加えていない。毎晩疲れ切った体を横たえるベッドのマットレスは、清潔にはされているけれども、これまでほとんど交換されたことがなかった。
そのことを、まさか唐家の主人が気付いていたとは、思いもよらなかった茅執事である。
いや、主人である唐煜瓔ではないだろう。
高貴な風格は他の追随を許さず、使用人に対しても大らかで親切な唐家の統治者である唐煜瓔だが、大局を見据えるがゆえに、足元には目が行き届かないのだ。
それよりも身近な使用人を家族のように思いやることが出来るのは、優しい次男の唐煜瑾に違いなかった。
もちろん、煜瑾の申し出を、兄の煜瓔も喜んで聞き入れたことだろう。だが、疲労困憊の執事がゆっくり休めるように、高機能のベッドのマットレスを選ぶなどという細やかな気配りが出来るのは、唐家の至宝である煜瑾らしいことだ。
心優しく、思いやり深く、美しく、清らかな天使の存在に、日頃堅苦しい茅執事も、心も表情も柔和になり、それが周囲にも自然に伝染していった。
***
唐煜瓔は、今夜の恒例のグループ内のクリスマスパーティーを前に、片付けておかねばならない仕事のために、いつも通りお抱えの王運転手がハンドルを握るロールスロイスに早朝から乗っていた。
「ん?煜瑾から?」
ボンヤリしていた煜瓔のスマホに、写真付きのメールが送られてきた。
「こ、これは!」
その写真を一目見た、「上海最後の独身貴族」であり、「美貌と才知溢れる貴公子」であり、「上海を代表する大企業グループの総裁」である、唐煜瓔が珍しく動転した。
「な、なんと愛らしい…。煜瑾にソックリな天使じゃないか!」
恭安楽がお気に入りの煜瑾のために作ったマジパンの天使に、唐煜瓔は一瞬で心を奪われた。
「こ、これが欲しい!なんとしても、これが欲しい!」
突然浮かされたようにそう言い出した上司に、隣に座っていた秘書の宣格 は思わず怯んだ。
「なんとしてもこれを手に入れるんだ!煜瑾だけが持つ一品物だというのなら、すぐに同じものを作らせろ!」
子供が駄々をこねるように命じる上司に、呆れながらもそれを顔に出すことなく、宣格は冷静に命令を了承した。
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