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第29話

 あまりに清純で無垢な煜瑾に、文維は温かで穏やかな笑みを浮かべた。穢れを知らない煜瑾の美しい魂に魅了されているのだった。 「そうですね。お食事も7時に、今夜泊まるホテルの33階のレストランを予約していますしね」 「!」  文維の言葉に、煜瑾はハッとした。小敏が去年のことを覚えている以上に、当事者である文維がこのホテルでの思い出を忘れるはずが無かった。あの夜の感動を、愛する人と共有できることが煜瑾には幸せだった。  一方で、ふと不安になる。 「それは…小敏のプレゼントの前から?」  ほんの少し、煜瑾はドキドキしながら訊ねた。  本当は、文維は、1年前の今夜、どれほど2人が幸せだったかを忘れているのではないか、と心配していた。小敏からのプレゼントで、初めて思い出したというのなら、ちょっと寂しい煜瑾だった。 「宿泊までは思いつかなかったのですけれど…。それでも、クリスマス・イブは、このホテルで煜瑾と過ごしたいと思って、レストランは半年前から予約していました」  少し照れ臭そうに言う文維に、それだけで、煜瑾は満足だった。愛する人が同じ気持ちでいてくれるだけで、純粋な煜瑾には十分なのだ。  1年前は、好きだという気持ちさえうまく伝えられず、相手を誤解し、そのことで会えなくなった。  会えないというだけで、2人とも病に倒れてしまうほど、苦しくて、切なくて、悲しかった。  今は、そんな痛みも、喜びも、何もかも2人で一緒に分かち合える。 「やはり、先にスイートルームを見に行きましょうか」  文維が少年のようなチャーミングな笑顔で言うと、煜瑾は大きく頷いた。 ***  所有するグループの慰労会であるクリスマスパーティーで主人が留守となる、クリスマス・イブの夜、唐家の使用人たちは、全員で夕食を摂る。こちらも慰労の意味があるのだが、例年、厳格な執事によって「大反省会」といったような重苦しい雰囲気になりがちだった。  しかし、今年の夕食会は不思議と和やかな雰囲気に包まれていた。  楊シェフの指示したクリスマス・ディナー用のお料理はどれも素晴らしいものだったし、主人の許可を得て、ワインセラーから来賓用ではないが、無名でも味の良いスパークリングワインをシャンパン代わりに何本か開けた。ソフトドリンクや、中国酒、も豊富で、誰しもが満足できるものだった。 「これより、旦那様から我々へのプレゼントを渡します。深く感謝して、今年の失敗はよく反省し、来年は、より唐家のお役に立つよう努力を惜しまぬように」  盛り上がっていた場も、茅執事の厳しい訓示によって、一旦静かになったが、プレゼントが並べられると、再び歓声が上がる。  基本的には主人である唐煜瓔からの金一封が出る。他に、主人の出張先からのお土産や、唐家への贈り物の中から執事と家政婦が主人には不要なものとして判断したものを、適宜配布する。それ以外、特に主人と接することの多い使用人には、特別にプレゼントが用意される。 「これは、煜瑾坊ちゃまより、胡娘へ。安安と玲玲はこちら。小周、王運転手、楊シェフ…」  それぞれがプレゼントを受け取ると、クリスマスらしいラッピングを急いで解いた。 「わあ~胡娘さんのオーバー、ステキですね~」 「色もいいし、とっても軽い!」  女性陣だけでなく、煜瑾が選んだプレゼントを、誰しもが喜び、感謝し、温もりに満ちた唐家のクリスマス・イブを楽しんだ。

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