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第9話

忙しい日々を過ごしている。 ヘーゼル国は治安は良いし、今は問題も起きることなく安定している。王室関係者護衛チームもマリカが上官となり、下にビシッと指導をしているから揉め事もない。 マリカにチーム全体を任せることが出来てから、オーウェンも少し時間が空くようになっていた。 それなのに忙しいというのは、仕事の合間に、ちょいちょい言われ始めていること。オーウェンのプライベートに関わることがあるからだった。 「失礼します」 マリカがノックもせず、ガチャっとドアを開けオーウェンの部屋に入ってきた。 「お〜い!お前さ、ノックくらいしろよ」 「失礼しますって声かけたじゃないですか」 「声もかけてノックもするの!お前くらいだよ、そうやって太々しく部屋に入ってくるのは」 最高司令官の執務室に軽々しく入れる図太い神経があるからこそ、マリカは仕事も順調に進められるんだろうけど、一応釘を刺してやる。 「明日、結構早めに出たいんですけど…うっわぁ、ヤッバ!ヤバいですね〜」 明日から三連休となる。ウルキを連れて行きたいイベントがあるという。だからみんなでそのイベント会場まで遠出をしようと約束をしていた。その話をしようとマリカはここまで来たのだろう。が…オーウェンのデスクを見て驚き、苦笑いをしている。 「俺が頼んだんじゃないぜ?」 「わかってますよ。だけどまぁ、そうでしょうね、周りも適齢期のオーウェンさんをほっとくわけがないんですから」 周りが最近やたらと騒ぎ始めていた。コウとマリカが比較的若くして結婚したこともあるのかもしれない。「今度は最高司令官の結婚ですな」とか「いつまでもふらふらしてないで結婚しろ!」と言われている。 「えーっと…げっ!ご令嬢じゃん!オーウェンさんご令嬢と会話できる?共通の話題なんてないんじゃないの?」 「わかってる…俺だってそう思うよ」 「こっちは、なになに…うっげぇ!キャリア組じゃん!これもまた共通点なし!こんなにたくさん来てんの?モテるねぇ…」 デスクに腰掛けて、積み上げていたプロフィールやら写真を広げ、マリカは勝手に確認し頷いている。それらは毎日届くオーウェンの縁談である。結婚適齢期の男に届く結婚話だ。 「モテるねぇ、じゃねぇよ…勝手にプロフィールが届くんだけど、俺の写真とかプロフィールも相手に渡されてるんだよ?なぁどう思う?俺の意見は無視なのかよっ!」 「オーウェンさんの意見なんてそもそも無いでしょ。つうか、誰が仲介でやってるんですか、これ」 「あー…大臣。知ってる?コクモツ大臣。あの夫婦すっごいね?結婚相談所みたいだよ。ここに来てさ、色々質問されたなって思ったら次の日からこんなプロフィールがめちゃくちゃ届くんだけど!」 頼んでもいないのに女性のプロフィールと写真がセットになり届くようになった。それも毎日届くから、デスクの隅に置いてたら積み上がってしまった。きちんとお断りの返事をする前にガンガン届くから、もう放っておくしかなくなっている。 「うっわ、目をつけられましたか。あの夫婦すごいらしいですよ。ロックオンされたら結婚するまで追いかけられますから。まぁ、頑張ってくださいよ。つうか、このまま結婚しちゃえば?」 「俺が結婚できると思う?もう女の子と付き合うのもめんどくせぇんだぜ?俺はさ、口説くとか、アプローチするとか、そんな無駄な手間が一番面倒くさいんだよ」 「面倒くさいって、そんなの好きになったら口説くなんて当たり前でしょ!その先に結婚があるだろうから。……相手は?好きな人いるんでしょ?」 「好きな人?そんなんいたらこんなことになってないだろ。いないからプロフィールが送られてくるんじゃん!だけどまぁ…この中から選んで結婚するしかないかもな」 オーウェンがそう答えると、はぁぁぁ…と顔を見ながらため息をつかれる。 「マジで言ってる?本当に?」 「…何が?マジってなんだよ」 マリカにギロっと睨まれている。なーんで睨むんだ!とオーウェンは思っていたが、口には出さずにいた。この年下で部下の男はいつも容赦ない。 「そんな適当に結婚を決めるってことがですよ。相手にも失礼だっつうの!」 「仕方ないだろ。結婚なんて本当は興味ないよ?俺が出来るとは思えない。だけど、そろそろって…周りもプレッシャーかけてくるしよ…結婚してこそ一人前だって、ヤイヤイ言うんだぜ?だからプレッシャーはあるけど、結婚しなくちゃなぁってさ」 「プレッシャーだから結婚するって?マジかよ…ちゃんと考えてくれって。まずは好きな人ですよ、わかります?」 「わかります?って…だからそんなのいないしできねぇって。とにかく結婚すりゃ、周りもガタガタ言わなくなるから、この辺で手を打つしかねぇなぁって言ってんの」 「オーウェンさん、俺が聞いてるのは好きな人はいないって、マジで言ってるのかってことですよ。好きな人ってわかります?好きなものとか感動とかを一緒に分かち合いたいなって人ですよ」 「な、なんだよ!お前まで急に…最近、結婚とか好きな人とか、みーんなに聞かれる。俺はそんなの無い!っつてんの!好きな人もいないし、結婚も興味ない!けど、そろそろしなくちゃダメって、人生の分かれ道に立ってんの!」 「オーウェンさんがそうやって、優柔不断でフラフラしてるからです。自分のことより、優先したいって思う人いないの?いるんじゃないの?よく考えてくれよ。結婚なんてその次ですよ」 マリカは大袈裟に両手を広げて肩をすくめている。自分が好きな人と結婚出来たからって偉そうに言いやがる…と、オーウェンが今度はため息をついた。 明日の待ち合わせ時間や、イベントスケジュールをマリカがペラペラと喋ってる間に、ネットをカチカチと探っていたら『大セール!焼きたてパン』の文字を見つけた。クリックしてみると、王宮近くで夜のパン屋が焼きたて大セールをするという。 「お、これロランに買って行ってやろう!」 「は?なに?ちょっと!話聞いてます?」 「明日のことは、わかったって〜。それより、今はこっちの方が重要なんだ」 焼きたてのパンなんて文字を見たら、ロランに食べさせたいって考えるだろ!とオーウェンは、カチカチと更にクリックをしていく。 ネットで整理券を配布していたので、すぐに申し込みをした。焼きたてパンをゲットしたらロランに教えてあげなくちゃ。焼きそばパンってやつ、あるかな?あれ、ロランが好きなんだよな、いくつ食べるかな…と、オーウェンは考えている。 「そういうとこですよ。ね?俺が言ったこと、ちゃーんと理解してください。とにかく、明日の朝、車で来てくださいよ、待ってますから。ロランにも伝えといて」 「全く世話が焼ける!」と大きな声でマリカは言い、部屋から出て行った。 結局何をマリカは言いたかったんだ。いや、そんなことどうでもいい、今はロランに連絡をしなくっちゃと、携帯を取り出しSNSで連絡をした。 『焼きたてパンの整理券ゲットした!』 『わっ!いつ〜?』 『今から買ってくる。仕事終わったら来る?』 『行く〜!やったぁ!』 『オッケー!待ってるな』 今日の夜は焼きたてパンである。二人でいくつ食べるかなと考えながら急足で部屋を出てパン屋に向かった。

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