10 / 17
第10話
地方エリアに賑わっているスタジアムがある。今日はそこで『アチュウ』のイベントが開催される。
アチュウとは大人気の子供番組であり、キャラクターの名前でもある。
ウルキが今一番ハマっており、大好きなキャラクターである。そのキャラクターのイベントが開催されると知ったコウとロランは「ウルキに生アチュウを見せるんだ!」と張り切っていた。
「おはようございます!お待たせしちゃいましたか?」
「おはよう。そんなことないよ、今着いたばっかりだから」
王宮の玄関前、車寄せで待機していたら、ロランが小走りで近寄り、助手席にトンっと乗り込んできた。
オーウェンとロランは、マリカ達よりひと足先に出発をした。途中、二人で朝ごはんを食べるためである。
「マフィンがとっても美味しいんです!」と、ロランがおすすめする店に寄る予定だ。食の好みが一緒だと、行動を共にしても苦にならない。早朝でも絶好調で運転が出来るってわけだ。
「今朝はどうだった?ウルキ大丈夫か?」
「はい!大丈夫ですよ〜。ウルちゃんは、ご機嫌だったから、多分、この前よりも楽しめると思うんです」
以前もウルキを連れて四人で『アチュウ』のイベントに行ったことがある。その時は、初めてのこともあり、ウルキはイベントで会ったアチュウの大きさに驚きギャン泣きしてしまった。
テレビで見ているのとは違い、大きな着ぐるみが目の前に現れたからびっくりしたのだろう。あの時は、なかなか泣き止まずイベントが終わる最後の方に、やっと機嫌が直ってくれたのを思い出す。
「今日は頭っから楽しんでくれればいいけどな。それに今回は泊まりっていう最大のイベントもあるだろ?」
ハイウェイを走る。世間は今日から三連休であり、地方エリアに出かける人は多いとニュースで聞いた。だけど今はまだ渋滞はせずにいる。
渋滞していないハイウェイを運転するのは気持ちがいい。車の中では音楽もかけず、ロランとひたすら喋っている。車を走らせグーンと流れる景色とロランとの会話。不思議だけど、二人でいると、いつもは退屈な車の運転も楽しく感じてくる。
それに、カッコつけたり気を使ったりすることもなく、気兼ねなくリラックス出来ているとも感じる。たまにはこうやって、遠くまでドライブするのもいいかもなと、オーウェンは思っていた。
「それなんです…ウルちゃん、お泊まり初めてだから大丈夫かな…コウ様とマリカさんがいるから大丈夫だと思うけど…うーん、ダメだ!考えると心配しちゃう!」
ウルキの初めての宿泊をロランは心配していた。いつもと違う環境に驚いたり、怖がったりしないかと、かなり前からずっと心配している。
「大丈夫だろ〜?いつもアイツらと一緒なんだし、何も問題ないって。だけどもし、夜中にウルキが泣いて、急に王宮に帰らせるってなったらだよ?俺が車出すからさ。ロランと一緒に行って、ウルキを連れて帰って来ようぜ。その時は、アイツらだけホテルに泊まればいいじゃん」
宿泊する場所は、王族御用達ホテルである。以前から、マリカやコウは二人でよく泊まっている所だ。
今回は、ヘーゼル国の王子二人が宿泊するってことなので、他の客を宿泊させず、ホテルは貸切としている。
準備万端であるが相手は赤ちゃんのウルキだ。初めての宿泊でウルキが泣き出し、どうにもならなくなった場合は、テレパシーの相手であるロランの出番である。
その時は、また車を走らせてホテル迄迎えに行けばいいじゃん、王宮にロランと帰ればウルキは安心するんだろうしと、オーウェンは思っていた。
「オーウェンさんは、やっぱりすごいです!オーウェンさんの近くにいると、私は器が小さいなって思います」
「ん?なに」
「だって!オーウェンさんに大丈夫だって言われたら、そうなんだぁって思うもん。
それに、ウルちゃんが泣いたらまた車出すからなんてこと、軽ーく言えるなんて...器が大きいです。ドーンって構えてて、なんでもこーい!みたいな感じだし、それに仕事はビシッ!バシッ!って完璧にやってカッコいいでしょ。なのにウルちゃんと遊ぶのも上手くて、男らしいところもたっくさんある。それに私を庇ってくれる優しいところもありますから…ほら!すっごい!なーんでも、持ってるんですね」
助手席に座っているロランが大きく伸びをしながら褒めてくれている。カラカラコロコロと笑うロランに褒められて、気分が良くなり、ハイウェイを走るスピードを加速させた。褒められているからなのか、二人でいるこの空間が心地いい。
「え〜?俺?そんなすごい?だけどよ、マリカとかコウには、よくデリカシーがないって言われてるぞ」
「あははは、それはふざけて言ってるだけですよ!本当はみんなすごいって思ってますから。なんでも持ってて羨ましいな」
「あははは。だけど俺はロランみたいに優しくないぞ?人のこと心配なんてしないし。そもそも他人なんてどうでもいいとこあるからな。ロランのように社交的でみんなに優しくするなんて俺には無いよ。
あー…だから結婚にも向いてないんだよな」
「…え、結婚?結婚に向いてるって?」
「あー…うーん。最近さ、結婚しろって周りがうるさいんだよ」
「えっ!結婚するの?誰と?」
「俺、結婚に興味ないから、する気はなかったんだけど…毎日女性のプロフィールが部屋に届くんだよ。縁談を持ちかけられてるっつうかさ。見合いっつうの?それをやれって言われててさ。勘弁して欲しいんだけど、その中から一人選ばなくちゃならないのかなってさぁ…」
毎日届くプロフィールの話をしていて、自分でも気持ちが沈むのがわかる。加速していた車のスピードも下がっていった。
しかし、どうしてこうも乗り気じゃないのだろう。持ちかけられた縁談に前向きじゃないからこんな気持ちになるのだろうか。
さっさと誰かに決めて、結婚出来ればこんな気持ちにならずに済むのだろうか。
「そ、それで…?お見合いするんですか?」
「うーん…どうだろ。見合いってよくわかんねぇな。見合いで会うのも面倒くさいから、そんなのしないで結婚するのかもな」
「えっ!お見合いもしないで結婚?いきなりですか?」
「まぁ、それもいいかなって。相手だって結婚したいんだろうし」
「そんなの!不誠実です!お相手の人の性格とかライフスタイルとか…色々あるじゃないですか。合う合わないって」
「そうか?性格ねぇ…ま、ライフスタイルっていうんなら、俺はロランとずっと一緒にご飯を食べに行きたいな。ギョーザもいいけど、ピザもいいだろ?まだまだ二人で食べてないものなんて、たーくさんある。ロランとの食事のリズムが崩れないなら誰とでもいいよ、結婚なんてさ」
口に出しみてわかるけど、本当にそれだ。ロランとは食の好みはバッチリ合う。それに一緒にいると二人の会話は止まらないほど楽しい。だから毎日、時間なんてあっという間だし、足りないなとも感じている。
そんなロランとの付き合い方が変わらなければいい。結婚しても今のまま変わらなければ、誰としてもいいと思ってる。
それにロランだって、いつかは結婚するんだろうし。
「…ん?あれ?ロランは?そういえば、聞いたことないけど、ロランって恋人いるの?」
「……いませんけどっ!」
あ、なーんだいないのか。と、ロランの言葉を聞き、かなりホッとした。
ん?ホッとした?と、自分の心に聞き返すほど、何故だかわからないがホッとしてる。しかし、ロランも結婚するんだろうなと思ってることは変わらない。
「ロランだって結婚するだろ?今は相手がいなくてもさ。テレパシー持ちなんだし、
テレパシーの相手とか…げっ!うそ!マジかっ!ウルキと?ウルキと結婚すんの?」
自分で言ってて驚く。そうだロランはテレパシー持ちである。ロランのテレパシーの相手はウルキだ。今まで考えたことがなかったが、テレパシーで繋がってる者同士の結婚は多い。
テレパシー持ちは、その相手の人と恋に落ちやすいという。そして、それを巷では運命と呼び、見事カップルになれば人々の憧れにもなる。最近では、マリカとコウだ。あの二人のようにテレパシーで結ばれた相手との絆は深く、相性もいい、羨ましいという声を多く聞く。
しかし…まさか!あの赤ちゃんのウルキとロランは結婚することになるのだろうか。それも運命なのかもしれない。
「はぁぁぁぁ…バッカみたい…」
「えっ?は?なに?」
「バーカみたいって言ったんです!ウルちゃんと結婚するわけないでしょ!」
「いやいや、この国では、同性婚は認められてるぜ?」
「違います!同性婚っていう以前の話です。ウルちゃんと私は心で繋がってるんです。なんていうか…今はもう私の子供みたいな感覚です。私は今、子育てしてるようなもんですよ?なのに、いつか恋愛の相手になるって本当に思います?」
「まぁ…普通に考えてそっか。ま、ロランとウルキを見てればそりゃないだろうなぁとは思うよ?だけど、テレパシーって運命なんだろ?」
「それがバッカみたいっていうんです!運命とか、本能とか、そんなことは絶対ありえません!ウルちゃんと恋愛なんて考えられない。人を好きになるってそうじゃないと思います」
ドーナツショップの立てこもり犯人に言っていたのを思い出す。あの時も確か同じことをロランは言っていた。テレパシーを持つ者、その相手と結ばれる説なんてない!と言っていた。
テレパシー同士うんぬんは、よくわからないが、ウルキとロランの間に恋愛感情が湧いてくるなんて、起こりそうにないことはわかる。
ウルキが小さい今、ロランの勤務は王宮に滞在しウルキの護衛をしている。ほぼ24時間ウルキの護衛をしているから、子育てのようなことをしているというロランの気持ちもわかる。だからウルキが大きくなっても、今の関係のままだろうとは思う。
しかし...
「人を好きになるって...よくわかる?俺には、よくわからないことかもな」
ロランが最後に言った「人を好きになるってそうじゃない」が少し引っかかった。
テレパシー問題より、こっちの言葉の方が余計気になってしまった。
「わからないですか?オーウェンさん、好きになった人っていませんか?」
「好きな人?いたよ。そりゃ、この年だぜ。今まで付き合った人はいる。だけど、好き?かな...好きだったと思うけど。どこがどう好きだったかって、言い出せないかもな」
「ひっどい!じゃあなんで付き合ってたんですか。何かあって付き合うんでしょ?」
「うーん...なんとなく?ちょっとそんな感じになって…とか?」
「最っ低ですね!付き合ってきた人たちに謝った方がいいですよ」
「いや~、まぁ最低かもな。そう言われたら言い返せないけど...だから俺、付き合っても長く続かないのかな」
今まで付き合った人たちは、何となくそばにいて、何となくそういう関係になっていた。デートして、セックスして、そしていつの間にか別れている。付き合う人は途切れずにいたけど、付き合う期間は全員短い。
「好きって心が惹かれることじゃないですか。気づくとその人のことばかり考えてしまったり...近づきたい、もっと一緒にいたい。あれもこれも伝えたいのに時間が足りないなぁってことありませんか?それに、もっとこの人のこと知りたいって思った時は、もう好きになってるんだと思います」
「おおっ!すげぇ、ロラン。そっか...好きってそんな感じなのか。ちょっと羨ましい、楽しそうだな。でもやっぱり俺、恋愛は向いてないのかも。そういう気持ち持てないし、これから口説いたり、アプローチするのも面倒くさいから、見合いでスパーッと結婚するしかないかもな。ははは」
寂しい気持ちではある。ロランが言うような心が惹かれる恋愛をしてみたら、こんな寂しくないかもしれない。だけど、自分には向かないことだと思う。それに今は相手もいないから仕方がない。
横をチラッと見ると助手席で真っ直ぐ前を向き、プクーっと頬を膨らませていた。
「あははは!お~い!またプーってなってるぞ!」
「だって...オーウェンさんが酷いこと言うから」
「酷いことってなんだよ、別に酷くねぇだろ...あっ!ドライブスルー寄るだろ?どこだっけ、この辺で降りる?あれ?近くね?な、ロラン。ロラン?」
「……」
話しかけても返事をせず、急にロランは黙り込んでいる。運転中だからロランの方を向くことは出来ず心配となる。チラッと見ると今度は横を向き、窓の外を見ているようだった。
「おーいっ、どした?ロラン、腹減っただろ?ドライブスルーだぜ」
「もうっ!オーウェンさんは、よくわかりませんっ!」
「げっ、どうした...大丈夫か?」
黙りこくっていたかと思ったら、急に背筋を伸ばして前を向きなおしている。本当にロランは表情が豊かだと思う。
「えっと、そこ!次で降りましょう。ドライブスルーの場所はもう過ぎてます。ハイウェイ降りてから少し戻る感じです。オーウェンさんがお喋りだから、通り越しちゃったんですからねっ。マフィンは、おごってもらうことにしますからっ!」
「え、えーっ...通り越した?ま、いいっか。俺はロランと一緒に美味しいもん食べれればいいからさ」
「うっ...ほら...また...そういうところなんですよ。やっぱりオーウェンさんて、恋愛も結婚も向いてないんですね」
「え?やっぱり?うーん、でもな~、仕方ねぇよな。ま、俺はこのスタイルが崩れなければいいよ。ロランといつも一緒に好きなこと言えて、好きなもん食べれて。な?俺たち食の好みは一緒だろ?これが末永く続いてくれればいいな」
ハイウェイを降りてから王宮方面に少し戻る。知らない場所をあっちかな、こっちかなと言いながら運転する。
ロランが真剣な顔で車内から指さし確認しながら外を見ている。どうやら道に迷わないようにって思っているらしい。
そんな顔を盗み見てオーウェンは喉の奥で笑った。こんな些細なことでもロランと一緒だと楽しいと感じる。真剣な顔も、プーって膨れる顔も面白いなと思い、ついつい横顔も見てしまう。
「あっ!ここです!あった!ここのマフィンは午前中で売り切れになってしまうんです。アプリコットとナッツのマフィンは絶対食べて欲しい」
「OK!車、あっちに置いてくるから先に店に入っておけよ。あーっ、寒いから上着忘れるなよ?走らないで!気を付けろって」
店の前でロランを降ろすと「はーい」といい返事をして店内に入っていく。
後ろ姿を見ると髪がヒョコヒョコと楽しそうに揺れていた。それを見てまたオーウェンは喉の奥で笑っていた。
ともだちにシェアしよう!