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第14話

夕方になり約束通り、待ち合わせ場所に向かった。食事をすることになっていたが相手の方から「お茶にしましょう」と、変更の連絡をもらっていた。 お見合いなんて堅苦しいものではなく、カジュアルにお茶してお話しましょうかということだ。 王宮近くのホテルのラウンジで待ち合わせである。コクモツ夫妻から届いたプロフィールと写真をよく見てなかったから、どんな方なのか、いまいちわからない。無事にお会いできるのか心配だった。 「オーウェンさんですか?」 声をかけてきたのは、オーウェンより少し若い感じの女性だった。ストレートな黒髪が凛とした印象を受けた。 「ああ、ビンチェさんですか?こちらからお声かけ出来ず、すいません。待たせちゃいました?」 「いいえ!そんなことないですよ。うふふ、今日はよろしくお願いします」 凛としているけど、笑うと可愛らしく、感じのいい人だった。ラウンジでお互いコーヒーを頼み、世間話をしていく。 ビンチェは銀行に勤めているらしい。毎日忙しくしていると言っている。お互い仕事は大変だね、など、たわいもないことを言い合うが話が弾むわけではなかった。やっぱり自分は恋愛も見合いも向いていない。 「コクモツ様に押されて来ましたね?」 「えっ!いや〜…そんなことは…」 「うふふ、大丈夫ですよ。もしかしたら、上手くいくかなぁって私は思って来ましたけど、オーウェンさんは、心ここに在らずって感じですもんね」 心を見透かされてしまったようだった。心ここに在らずなんて、どうしてわかってしまったのだろう。こんな状態でお会いするなんて、失礼なことをしたかもしれない。 「ビンチェさん、あの…すいません、」 「えーっ、謝らないでくださいよ〜。ふふふ、じゃあ、普通にお話しましょう。お付き合いではなく友達みたいな感じで。コクモツ様には、私からお断りをしておきますから、お気になさらず」 タジタジである。オーウェンより先に女性はスマートにお断りをしてきた。そりゃそうだ、こんなところにノコノコ現れて、心はなく、上の空。挙げ句の果てには「すいません…」なんて謝り始めるなんて、本当に自分はデリカシーがないと思う。 「ビンチェさん…相当な切れ者ですね。なんか、本当に申し訳ない。俺…上の空でしたよね」 「理由、聞いてもいいですか〜?もしかして、恋人のこと考えてたりして」 「いや、そうじゃないですけど…恋人っていうか、そのもっと手前のことです」 「手前って?恋人未満的な?」 「それより、もっとずっと手前ですよ。好きってどういうことかなって…今日、仲良い奴らに言われたんですよね。取り返しのつかないことするな!好きって生きてるんだから!って。それって何でしょうね、好きが生きてるって」 半泣きのコウに言われたことが、胸に残って消えないでいる。昼に言われたことが今もずっと引きずっていた。 「素敵ですね!そんなこと言う方がいらっしゃるんですか。好きって生きてるのか…確かにそうかもしれませんよ?」 「どうなんでしょう。好きって目に見えないし…だけど考えることっていったら、目に見えないことだらけで」 これ喜ぶかな? あれ気にいるかな? 昨日部屋の中が寒いって言ってたっけ…風邪引いてないかな、今日も寒いけど大丈夫だろうか。 夜の王宮の中庭を歩くのが楽しいって笑ってた。今度は遠回りしてあの先まで歩いてみようか。ギョーザをもう一度作ってみる?いいけど、それでもやっぱり水を入れるのは俺の役目だな。火傷なんかさせられないよ。 早朝にハイウェイを走ると気持ちがいいよな。またドライブしようか。ウルキと三人でもいいな。空が赤く染まる朝焼けとか、地平線まで赤くなる夕焼けを一緒に見たいな。その時はきっと、うわぁって声を上げるんだろうな。 そんなことを考えている。 ロランを送った帰り道、次はロランと何をしようかと考える。朝起きて、今日の天気はどうだろうと、空を見上げた次に、ロランはどうしてるかなって考えている。 「目に見えないから、好きなんじゃないですか?好きって形がないから生きてるのかもね。オーウェンさんの好きって、毎日積み重なってる感じがしますよ」 「そ、そうでしょうか。毎日積み重なっていく…?のかな…」 昨日より今日の方がより多くロランのことを考える。それは、より多くロランを知ったからなのかもしれない。毎日少しずつ二人の新しいことが、増えていくのを感じることはある。苦手なもの、好きなもの、嫌いなもの、大切なもの。少しずつ知っていくと、少しずつ距離が近くなっていくのを感じている。 「相手の方に、何か期待することなんて、ありますか?」 「期待ですか?うーん、ないですね。何かしてもらいたいと思ったこともない。笑ったり泣いたり、たまに膨れたり…あはは、忙しい人なんです。そんなのを見れてるだけでいいんです。こうして欲しいなんて期待は、無いなぁ。欲張って言えば…俺と一緒に、ケラケラ笑って過ごしてくれればいいかなぁって」 喜ぶ顔が見れたら嬉しいし、泣いてたらなんとかしなくっちゃと思うけど、結局ロランが楽しんでくれていれば、それだけで満足なんだと思う。 「オーウェンさん、それってね…もう愛になってますよ。うふふ、気がつかなかったですか?さっきからずっと、お相手の方の好きを語ってらしたけど。お相手の方に期待なんかしなくって、ただ笑っていてくれればいい、なーんて気持ちは…それって愛っていうんです」 ビンチェはうふふと可笑しそうに笑っている。それをオーウェンは、ポカンとした顔で眺めていた。 愛か…初対面の人にはっきりと言われ、だいぶ頭を殴られた感じがする。そう、ぶん殴られた感じだ。 「俺、相当好きみたいですね…」 「ですね、うふふ。取り返しのつかなくなる前に、決めた方がいいですよ?好きは生きてるんですから。愛もね」 ロランは部下である。この思いは今まで、部下の幸せを願うがための感情かと思ってたが、違ったようだ。部下だから、なんてことじゃなく、ひとりの人として好きになっていたんだ。そういうことか。 一時間きっちりお茶をして、ビンチェとその場で別れた。明日になったらコクモツ夫妻にお断りのご連絡をしますのでと、笑って言っていた。 ホテルを出た後、オーウェンは迷いなく歩いて行く。向かうのは王宮の中庭を通った先。夜になるとそこを歩くのが好きだと言っていた人に向かって歩き始めた。

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