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第17話

宿舎である自宅は冷え切っていて寒い。暖房をつけても、部屋が広いから暖かくなるまで時間がかかる。 「ロラン、お腹空いてる?」 「あ、食べてきました」 さっき赤い車に送ってもらっていたから、幼馴染のイーサンと食事をしていたのだろう。自宅に到着する間にオーウェンは少し冷静になり、あの男のことが、気になって気になってたまらなくなっていた。 「やっぱり…さっきの人と一緒に食事してたんだよな?最近、夜になると外出してるってコウから聞いたけど、それも同じ人?」 相変わらず聞き方が下手くそだ。ストレートに何でも聞いてしまう。だけど、聞くのは怖いが避けては通れないことだ。 「えっと、そうなんです。イーサンに教えてもらってて。イーサンはコックなんです。だから教えてもらって…それでご飯も食べてました」 「教えてもらってたって、何を?」 キッチン手前のリビングのソファに二人で腰を下ろす。コーヒーも出さずにロランの話に釘付けである。ここのところ会えないと言っていた理由を聞く。 「料理です。私…料理苦手なので…その、毎回オーウェンさんに作るのを助けてもらってるから。ちょっとは、自分で作れるようになりたいなぁって思って…」 「毎日?それで毎日あの人のところに行ってたの?料理を教えてもらいに?」 「……そうです。オーウェンさんの好きそうなご飯とかいっぱい知ってるのに…それが作れないから。作れるようになれたらいいなぁって」 照れくさそうに、言いにくそうに言っているが、そんなことを思い、考えていたなんて知らなかった。 だとしたら…言えない…そんなかわいいことを、可愛い顔して言われたら、知らない男にイライラして、ムカムカしてたなんて、器の小さいことは言えなくなる。 「えっ、じゃあさ。あの人とは何もない?好きだとか、付き合おうとか、言われてない?ご飯作って食べただけ?」 男にムカムカしている気持ちを抑え、またしつこいくらいに聞いてしまう。ロランにそんな気持ちはなくても、相手にはあるかもしれないじゃないかっ!と。 「えーっ!何ですか、それ。イーサンは小さい頃からずっと一緒だから、そんな関係じゃないですよ?それにイーサンは、ちゃんと恋人と一緒に生活してますから」 「恋人いるの!あの人、恋人いるんだ…」 イーサンは独身だが、今は恋人がいて子供と一緒に三人で暮らしているらしい。そこでロランは、毎日料理を教えてもらっていたと言っている。 「最近、王宮キッチンのコックになれたそうなんです。だから夜は時間あるよって言われて。えっと、パスタでしょ、それからカレーってやつ!教えてもらいました。カレーはオーウェンさんが好きそうです。あと…焼きそばパンの焼きそばとか」 「一週間ずっと行ってたのか…俺、今週全く会えなくて、どうしたのかなって考えてた。そっか…そうだったのか」 「土曜日は休みでしょ?だから、休みの日に、オーウェンさんに作ってあげたいなって勝手に考えてて…そ、それに…」 「それに?なに?」 「えーっと…胃袋セブンティーンの胃袋を掴め!って…イーサンと彼女に言われて。だから…ご飯を作れるようになれば、ちょっとはオーウェンさんに振り向いてもらえるかなぁ…なんて下心がありまして」 オーウェンのために料理を作りたい。胃袋を掴み振り向かせたい。得意料理ってものを持ちたい。オーウェンの好きなご飯を出して驚かせたいと、ロランは思っていたらしい。 またしても可愛いロランの気持ちに、胸がグッと熱くなる。 この前のイベントで偶然会ったイーサンから食事でもしようと言われ、成り行きで料理を教えてもらうことになったという。 きっかけは、好きな人にご飯を作りたいというロランの気持ちだったらしい、それを知ったイーサンは、毎晩恋人と一緒にロランへ料理の特訓をしてくれたそうだ。 さぁ!これをマスターして胃袋を掴むんだ!と。 「それで…イーサンとイーサンの恋人が、ご飯作って頑張れ!って言ってくれて。だけど、今日はお見合いに行くからって、会えなくなっちゃったって言ったら…二人が慰めてくれてたんです」 「ごめん、本当に。そんなことだなんて知らなくて…それに見合いを引き受けたりして、本当悪かった」 「でも、もう大丈夫です。えへへ…」 「そっか…料理の特訓か。俺さ、ロランに会えなくなっちゃって、どうしたのかなって考えててさ。避けられてるのかなぁとか、悪い方にばっかり考えてて…」 「あっ…そんなことないっ!ごめんなさい。内緒にしてて。まだ料理は下手くそだから恥ずかしくて…言えなくて。完璧に出来るまでって思ってたから、会えなくて」 「あはは、そうか。だから会えなかったのか。でも…会いたくないとかじゃなくてよかったよ。俺さ、ひとりだと食欲って湧かないみたいなんだ。何を食べても砂みたいな感じだったし。ロランと一緒じゃないと美味しく食べられないし、何しても楽しくないみたいだ」 「うう…ううっ、オーウェンさん…」 「ごめんな?ロラン。やっとロランに会えて、俺、めちゃくちゃ幸せって思うよ」 ぐすんとロランが半泣きになってしまった。ロランの泣き顔にオーウェンは弱い。泣かないようにとロランを抱きよせて、背中を撫でていた。 「…料理の特訓で怪我しちゃった?」 ロランの人差し指にバンドエイドが見える。手を繋いでいた反対の手だ。だからさっきまでは気がつかなったのか。またしても気がつかない自分に腹が立つ。 怪我したか?と聞かれてロランはサッと手を引っ込めていた。もしかして他にも怪我があるのでは?まさか、火傷とか?と急に心配となる。 「見せて。他にもある?まさか、火傷はない?傷になってないか?」 ロランの手を捕まえると冷たかった。部屋が寒いからロランの身体も冷えてしまう。特にこのリビングが暖まるには時間がかかる。この部屋の中で暖かいのはキッチンと、日当たりの良いベッドルームだ。それ以外はこの時期寒くてたまらない。 「ロラン、寒いだろ?手が冷たい。ここさ、だだっ広くて寒いんだよ。すぐに暖かくなるのはベッドルームだから、そっち行こう?な、」 手を引きベッドルームにロランを案内する。寒いところにいたらロランが風邪を引いてしまう。自分は相変わらず配慮が足りないとオーウェンは反省した。 ロランの手を引き連れて行ったベッドルームは暖房をつける前だけど、リビングに比べて暖かく感じる。 「えっ…と、ベッド…ルーム?」 「そう、こっちはあったかいだろ?暖房つけるから…ほら、そこ座って。手を見せて?他には?」 「他はないです…ここは、包丁でちょっとスパッとしちゃって」 「スパッと!したって?薬は!」 「き、今日じゃないです!これは、うーんと、月曜日?かな。もう大丈夫です」 月曜日というが、まだバンドエイドをしているじゃないか!オーウェンはロランの手を引き寄せ、バンドエイドの上からキスをした。触れる手も指も冷たい。寒かったのだろう。 それに、こんな小さな指を包丁でスパッとなんて考えられない。血は出ていないみたいだが、大丈夫だろうか。しかも月曜日からだなんて、そんな前から痛くしていたのかと考えると、何故か怒りも湧いてくる。 「…オーウェンさん、、」 「ん?」 小さい声で呼ばれたので、指にキスをしながらロランを見上げると、真っ赤な顔をしていた。微かに手も震えている。 「どうした!痛かったか?ごめん!」 「ち、ち、違います!痛くはないです。き、緊張しちゃって!すいません。大丈夫ですから、つ、続けてください!」 「緊張?続けるって?」 「はい!だって、ベッドルームでしょ?だから緊張しますけど、私もその気持ちはありますし…ちゃんと好きですし…」 赤い顔をしてモジモジとロランは言う。 ベッドルーム?緊張?ちゃんと好き…?とは……?オーウェンはハッとした。 それってラブアフェアだ!そうだろ! しかし、実際はそんなつもりはなく、あったかい場所を探してロランをベッドルームに連れて来ているだけだ。 違う!違うよ!と言いそうになったが、グッと堪えた。ロランは赤い顔をしているが、この状況を受け入れてくれている。それってどういうことか男ならよくわかる。 そうわかったら、急に下半身に血が集まってきたようだ。滾る熱いものが持ち上がるのを感じる。 「包丁でスパッとは許せないな…痛くない?他は…本当にない?」 腰かけているベッドの上のロランをゆっくり押し倒した。覆いかぶさりキスをする。 ロランの唇は柔らかい。さっきは焦っていて気持ちが昂っていたから、よくわからなかったが、何度もロランにキスをしてみると、柔らかくて、何だか甘くてふわふわしていて気持ちがいい。 ロランの唇を壊さないように気をつけなくちゃ。さっきは嬉しくて焦ってチュゥゥと長いキスをしてしまったから。 チュッ、チュッと小さい音がベッドルームにこだましていた。

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