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第26話

早朝、一旦自宅に戻りシャワーを浴び、車でもう一度ロランのところへ戻ってきた。これからアチュウダンス大会に向けて出発となる。 「オーウェンさん!お待たせしました〜」 朝の寒い空気の中、ロランがタタタっと車に近づき、パタンと助手席に乗ってきてくれた。ベージュ色の、もこもことしたコートは暖かそうで、ロランによく似合っている。とても可愛らしい。 「お、ロラン…っと、キスしたいけどここじゃダメか〜。いつまでおあずけなんだろっか」 「うふふ…ダンス大会が終わったらお家デートです!いっぱいチュッてして、ギューってしてもらいたぁいです!」 昨日は深夜までダンスの特訓を受け、オーウェンもマリカもぐったりしていたが、きゅるりーんと可愛い顔で歌うように笑い、ぎゅってして欲しい〜と甘えるロランに会えたら、急に元気になってきた。 「アイツらは?もう出た?」 「あ、はい。ちょっと前に出発してます。えっと、私は朝ごはんを持ってきました。昨日、王宮のコックにお願いしといたんです。これと〜、これでしょ〜」 「おおっ!嬉しいなぁ」 「食べます?よね?…はい、どーぞ」 「ありがとう」 サンドウィッチを渡してくれる。ありがとうと言い受け取るだけで、じんわーり嬉しさが込み上げてくる。一週間ぶりに二人きりになれるこんな時を大切にしたい。 「とんだ三連休の始まりだよな」 「ふふふ、そうですね。でもすっごく楽しいじゃないですか」 「俺はさ〜、ロランと早く二人っきりになりたいよ?今週の休みはずーっと二人でイチャイチャしようって思ってたんだから」 「ええ〜、うふふ。実は私もですぅ〜」 「だよな。久しぶりに会ったんだからさ」 「電話とメッセージだけでしたもんね。私は、こうやって近くにオーウェンさんがいるってだけで嬉しいですけど」 「ロラン…ヤバい、そんなこと言われると。可愛くって抱きしめたくなる」 「え〜、あははは」 ここから車でイベント会場まではすぐに到着する。30分もかからないほどである。 30分か…少ない。と、車の中の時計をチラッと見る。車の中でこうやってロランとイチャイチャ出来る時間は限られているが、これもデートだと、大きなサンドウィッチを運転しながら頬張り、二人で笑いながらイチャイチャとする。 久しぶりの二人きりは嬉しくて楽しい。車の中で「好きだーっ!」と大きな声で言っても誰にも迷惑じゃないし、ロランは隣でケラケラと笑ってくれた。 ウッキウキの三連休は始まっている。 「あっ、ここですよ。近いですね、もう到着しちゃった」 「あ〜、もう二人っきりじゃなくなるのか。明日、明後日は絶対、携帯オフにしようっと。ロランに集中するんだ」 「え〜、何ですかそれぇ〜。集中だなんて、あははは、可笑しい〜」 もう楽しい…好きな人と会えるって、ものすごいエネルギーを得るんだなと感じる。三連休は好きな人と好きなことだけして過ごすと改めて誓う。 車を停車させ会場内に入ると、そこは子供たちで溢れていた。アチュウのイベントなのでキャラクター達もあちこちにいる。笑ってる子もいれば、泣いてぐずっている子もいて、みんな元気である。 ウルキは…と、探すと大好きなアチュウに会えて興奮している姿が見つかった。 「マリカ!」と、声をかけるとその声にコウとウルキが反応して手を振っている。 「オーウェンさん…これに着替えて下さい。俺はもう着替えてるから。早く!」 渡されたものはアチュウがプリントされているピンクのTシャツだった。マリカは既に着用していて……デカい男がピンクTなんて、可愛いらしくない。 「え〜っ、コレ〜?着るの?うそだろ」 「セブンティーン先輩!サングラスはしてていいから。とにかくウルキと三人はお揃いにしてステージ出るの!ほら、ロランも褒めてくれよ、カッコいいって…」 コウにテキパキと指図される。これはコウが揃えたのだろうか。しかし…このダッサい衣装とやらは、何なんだ!マリカは既に着ているが意外と堂々としている。嫌ではないのだろうか。それとももう、そんな気持ちは振り切っているのだろうか。 「あっ!オーウェンさん、私もこのTシャツ着てるんですぅ。ほら、ね?お揃いになりますねぇ〜。うふふ」 もこもこのコートを脱いだ下は、アチュウのピンクTシャツだった。ピンクのTシャツがよく似合う。ロランは可愛らしい。 「お揃いかぁ。よし!俺も着替えてくる!」 好きな人の言葉ひとつで気持ちも上昇するから不思議だ。ダッセェ…と思ったTシャツも、好きな人とお揃いなら何だか嬉しくなってくる。好きって本当、生きてるよなって思う。 結局、ウルキ含めて5人はお揃いのアチュウピンクTシャツで待機をした。ダンス大会はすぐに始まり、ひとチームずつステージに出てダンスを披露する。 もう間もなく、ウルキチームの出番となるため、マリカと三人でステージ側に移動し待機していた。 「ウルキ、コウとロランはあそこで見てるからな。カッコよく踊ろうぜ」 マリカがウルキを抱っこしてステージの袖からコウとロランの姿を見せていた。 どこにいるのかなぁと、オーウェンも二人の後ろから客席を覗くと、ちょっと物々しい雰囲気になっているのがわかった。 「ん?マリカ、なんか変じゃねぇ?」 「あー…なんでしょうか。あれ?護衛?あれ、うちのチームです。護衛が来てます」 「は?なんで!俺らだけじゃないのか?あっ!アイツいるじゃん、マリカの部下のデカい奴!」 「うわっ!本当だ。アイツは…確か国王陛下の護衛チームにいるはず…うわっ!」 「えっ!えっ、マリカなに?なにっ!」 国王陛下が護衛引き連れ、客席に座っているのが確認できた。変装しているようであるが、逆に目立ってしまっている。 「うわぁ…あれって変装だよな…雑、変装が雑過ぎる。なんだよ、あれ。サンタクロースか?陛下だろ?」 周りに気がつかれないようにボソボソと小さな声で喋る。何で国王陛下がアチュウのイベントなんかにいるんだ。 「ですね…つけ髭ですか。なんであんなにわかりやすい変装するんだろう。あっ!ビデオ撮影の準備してる。マジかよ…」 ビデオ撮影でわかった。国王陛下はウルキの晴れ姿を見にきているようだった。変装して、周りには気がつかれないようにウルキのダンスを見にきたようである。 ステージの袖で客席を見ているうちに、三人の出番となってしまった。どうする?とマリカと相談してたけど、もう間に合わず、ステージに出なくてはならなくなった。 「次は〜!ウルキくんチームの皆さんです!お揃いのアチュウTシャツはカッコいいですね〜。張り切っていきましょう!」 司会の人のかけ声が終わり、ジャジャーンとアチュウのイントロがスタートした。 三人でステージ真ん中まで出た時、客席全体がはっきりと見えた。 包囲されている…護衛たちで会場全体が厳重に警備されているのが、よーく見えた。 護衛たちは全員、私服で参加しているようだ。国王陛下からそんな指示があったのだろう。潜入捜査のように、普通を装い過ぎてかなり白々しい。その白々しさが逆に物々しい雰囲気を作り出してしまっている。 こりゃマズイな…と、サングラス越しにマリカの方をチラッと見ると、やはり非常に難しい顔をしてこちらを見ていた。 ここにいる奴らはみんなマリカの部下、そしてオーウェンの部下となる。マリカは上官という立場だし、オーウェンはその上の最高司令官だ。やりづらい…アチュウダンス。 コウとロランは客席の最前席にいるので、後ろが物々しくなっているのがわからないようである。 「ウルキ!」「ウルちゃん!」 「マリカ!」「オーウェンさん!」 と、祈るような姿で、張り切って声をかけている。 マリカと目配せをしたが、マリカの方も腹を括っているようだ。ここはウルキのためにも張り切って踊るしかない。昨日あれだけコウから特訓を受けたんだ、やるしかない!と、二人は頷き合った。 アチュウ!アチュ!とテンポよく音楽が鳴り響く中、別の声が鳴り響いた。 「…ふ、ふ、ふぇ、び、びえーーーーん」 お尻フリフリ全開でダンスをしている最中、周りの物々しさに反応したウルキが、ステージ上で泣き始めてしまった。 最初はぐすんぐすんとしていたけど、懸命に手足を動かしウルキはダンスをしていた。だけど、この雰囲気に堪えきれなくなったのか、途中から「びえーーーーん!」と大声で泣き始め、ダンスどころではなくなってしまった。 ウルキには、この物々しい空気がわかっていたようだ。王宮に暮らす王子には肌で感じるものがあるのだろう。それがビシバシと伝わってきて、堪えられなくなり泣き始めてしまったようだった。 可哀想なのは、ウルキだけではなく国王陛下も同じであった。お忍びで息子であるウルキの晴れ姿をウキウキで見にきたのに、ステージの上では全身で「いやいやいやぁぁぁ!」と嫌がる姿を見ることになってしまった。 ウルキが泣いているのも、自分たちの包囲する護衛が原因だというのはわかっているはずだ。しかも、張り切ったビデオ映像にもそれが残るのだろう。 ウルキが泣き始めて慌てたのは、コウとロランも同じであった。何があったのか分からずオロオロとしているのがステージ上からもわかった。お尻フリフリダンスをしながら、オーウェンもその姿を見てハラハラしていた。 周りの雰囲気がおかしいと気がついたコウが後ろを見渡し、変装中の国王陛下を見つけ、ものすごい形相で睨んでいるのもわかった。その姿はスナイパーのようだった。 真ん中では「びえーーーん!」とギャン泣きするウルキ、その両脇では何とか最後までダンスをしようとするオーウェンとマリカ。会場は何故か全員が手拍子をして、温かく応援してくれている。 早く終わって欲しい…たかが数分のダンスが数時間のように感じてしまう。 「アチュッ!アチュ!アチュー!みーんなーのともーだーちー!」 曲が終わるや否やマリカがサッとウルキを抱き上げ、抱きしめている。オーウェンは両手を広げ、ダンス最後のポーズを決めて茫然とした。 ダンス大会では、次のチームが待機しているから淡々と終了させられ、ステージ袖にはけていった。 ウルキチームのダンスは散々だったが、大会の最後に「敢闘賞」をもらった。今回の大会では途中、泣き出す子が何人かいたが、ウルキチームは最後まで踊りきっていたため、素晴らしい!と絶賛された。 「あんの〜バカ親父〜!大勢引き連れてきやがって許せん!」 コウが地団駄を踏んで怒っている。ウルキを泣かせた罪は重い!と言っている。 「え〜っ、もういいじゃん、敢闘賞もらったし。ウルキ最後まで頑張ったもんな〜」 ウルキをかたぐるましているオーウェンは、そう話しかけた。物々しい雰囲気の中、本当に最後まで頑張ったと思う。ウルキはオーウェンの頭をぐちゃぐちゃと触り、ご機嫌である。 「そうですよ!ウルちゃん、えらかったね。頑張ってステージに立てたもんね」 オーウェンの隣を歩くロランは、ウルキを見上げて話しかけている。さっきまでギャンギャン泣いていたウルキが、今はケロッとし大きな声ではしゃいでいるから、ロランもホッとしているようだった。 「陛下も変装してお忍びなんかじゃなくて、来たいって言ってくれればよかったのにな。あんな雑な変装するからウルキがビビって泣くんだよ。それにめっちゃ目立ってたじゃん」 「そーだよ!めちゃくちゃみんなに見られててさ。なんだ?あのサンタクロースの出来損ないみたいな変装はっ!しかし、あのジジイ〜、許せん!」 マリカとコウは、このイベントに向けての準備期間が長かったためか、やはり国王陛下たちの行動に苦言を呈している。ウルキがもっと上手にダンスが出来たはずだと、何度も言っていた。 「あははは、でも面白かったな」 「マリカとセブンティーン先輩のダンスは良かったよ!二人ともサングラスしてイカついのに、ダンス上手〜!って後ろのお母さん達が言ってたぞ」 コウの言葉にロランも、うんうんと頷いている。 「オーウェンさんのダンスが意外と上手くて助かりましたよ」 「マリカお前さ〜、意外とって失礼だぞ!上からだな!」 「や、やばっ!昨日のこと思い出す〜。二人共、最初は、めっちゃへっぴり腰だったのに…あははは」 相変わらず上から失礼に物申すマリカの言葉に、コウが昨日の特訓を思い出したらしくまた爆笑し始めた。 「ね〜、ウルちゃん!ウルちゃんといると色んなこと知れて楽しいよ」 かたぐるまをしているウルキにロランがまた話しかけていた。寒いはずの冬なのに、今は何だかポカポカと身体が暖かい。 帰り道はオーウェンの車にウルキを乗せた。後部座席に座るウルキとロランをバックミラーで確認する。 「じゃあ、帰ろっか。ウルキまた一緒に踊ろうな」 オーウェンが話しかけると「きゃぅぅ!」と大きな声を出してウルキは笑ってくれた。

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