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【番外編】君との距離
「八雲さん、現像終わりましたよ」
「ありがとう」
さっき父さんに撮ってもらった写真を持って、縁側で座っている八雲さんの元へ戻る。
八雲さんと一緒に覗き込めば、手は繋いでるのにちょっとだけ恥ずかしそうに並んでいるオレたちが写っていた。
八雲さんもオレも、写真を撮るっていう行為をあんまりしない。
八雲さんはきっと面倒だからっていう理由だろうけど、オレは父さんがプロのカメラマンだからいつも撮られるほうだった。
なんでまた写真を撮ったのかというと、理由は簡単。
オレたちが全然写真を撮ってこなかったから。そのことを友だちの柳に言われて、たしかにって思った。
そのことを八雲さんに言ったら父さんに撮ってもらおうって話になり、どうせなら写真立ても買ってお互いの部屋に飾ろうってなった。
写真立ては先週の休日、オレは八雲さんのを選んで八雲さんはオレのものを選んで購済み。
ちゃんと買った写真立てを持ってきて、今に至る。
「こうして見るとちょっと恥ずかしいですね」
「俺あんまり写真慣れしてないしなー」
「八雲さんかっこいいのに…子どもの頃の八雲さんとか見てみたいです」
八雲さんの写真集が出たら、オレ絶対買う。
っていうかモデルになれるし、テレビによく出てるモデルよりかっこいいし。
オレの目にフィルターがかかってるからかもしれないけど、端正な顔立ちで本当にかっこいい。
「まあ…写真を撮るような家族でもなかったしな」
あ。
滅多に見せない、八雲さんの拒絶の反応。
なんでかわからないけど、八雲さんは家の話をしようとしない。
知ってるのは、お兄さんとお姉さん(もう結婚して実家から出てるらしい)がいることだけ。
「いつか話すから待ってて。今はその時じゃない」
って、八雲さんの瞳がそう言っているのを、オレは肌で感じ取る。
家族の話をしたがらないのは知ってたからオレも触れないようにしてたんだけど、今のは失態。つい本音がぽろっと出てしまった。
こうして拒絶されると、やっぱり寂しくて。
「ごめん。南にそんな顔をさせたかったわけじゃないから…」
すぐ顔に出ちゃうから、八雲さんにムダな心配をさせてしまったみたいだ。
八雲さんの手がオレの頬に伸びてきて、ガラス細工を扱うかのように優しく触れる。
「オレも、八雲さんにそんな顔させたかったわけじゃないです。ごめんなさい」
八雲さんの手にオレのを重ねれば、自然と2人の距離が縮まる。
キス…もう、くっつく…。
目を瞑り、訪れるであろ感触を待っていたら後ろの障子が開く音がした。
お互い咄嗟に身体を離し、何事もなかったように平然を装う。全然できてなかったと思うけど…。
「おふたりさん、写真はどうだ?」
「うん、いいかんじ」
「キレイに撮っていただいてありがとうございます」
そうかそうか、と満足そうに頷いて戻って行った。
そんな父さんと入れ違いで、今度は兄ちゃんがやって来て、八雲さんは「うげ」と小さく唸る。
「なんだよ八雲、歓迎されてるねー俺」
「帰れ」
「ここ俺の家でもあるんだけど」
「チッ…」
「怖い怖い。はる、後で写真見せろよ」
「うん。持ってくよ」
兄ちゃんもまた満足気にニシシと笑って出て行った。
「あーもう。気を取り直して」
「あはは、八雲さんのいろんな一面が見れて面白いです」
「南にそんなこと言われちゃったら許しちゃうじゃん…」
今度こそオレたちの距離は縮まって、触れるだけの軽いキスをする。
「南の家でキスするのまだ慣れないや」
「オレも…いつもとは違うドキドキがします」
秘密を共有してるみたいで、ふふって2人で小さく笑うのが好き。
いつまでもこの時間が続けばいいなって思う。
「写真、入れようか」
「はい」
お互い買ってきた写真立てを袋から取り出す。
オレは八雲さんにシルバーのシンプルな写真立てを。
八雲さんはオレに木製でエスニック調に彫られた写真立てを選んでくれた。
さっき撮った写真を入れて、持っているものを交換する。
オレの手元には、八雲さんが選んでくれた木製の写真立てが。
部屋に写真とか飾ってなかったから、すごくにやけちゃう。
「あー…こんな可愛い南を大也に見せたくない」
「オレも、こんなステキな八雲さん見せたくないです」
写真の中のオレたちは恋人繋ぎをして、相変わらず少し距離を置いてはにかんでいた。
その夜、写真を見た兄ちゃんに茶化されたらしい八雲さんから電話がかかってきたのは言うまでもない。
▽6月12日:恋人の日
改まると恥ずかしい2人。
縁結びの聖人アントニウスが亡くなった前日に、写真を入れた写真立てを贈り合う風習があるようですね。
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