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【番外編】君思う、故に我あり 2

折り紙を切った短冊と黒の油性ペンを渡された。 南はもう願い事を決めてきたのか、きゅっきゅと油性ペン独特の音を流しながら書いている。 俺も書くことは決まってるけど、コイツらに見られたくない。 どうでもいいことでも書こうか悩んだけど、せっかく南も一緒にいるんだし心から思ってることを書きたい。 チラともう一度南を見れば、書き終わって短冊を吊るそうとしているところだった。 これは俺が早くしないと帰れないな。 見られるのは癪だけど、本当に癪だけど、南のためなら背に腹は代えられない。 きゅぽんとキャップを外し、願い事を一気に書き上げた。 「南とずっといられますようにじゃないんですね?」 ちょうど書き終わったタイミングで立花が来た。 内心で舌打ちしつつ、まあ矢吹じゃないだけマシかと自分に言い聞かせる。 「南と離れるはずがないからそんな願い事意味ない」 「わーおこんなところまでおノロケありがとうございます」 「そういうお前はなんて願い事にしたわけ?」 「海が留年しませんよーに!」 「お前…実はいい子だよな…ちょっと感動してる」 にししと笑いながらまた括り付ける作業に戻った立花を見て、ちょっと泣きそうになった。 矢吹、お前はいい幼なじみをもったな…大切にしろよ…。 そんな矢吹の願いことは「世界中の甘味を食す」だった。 よく見たらもうひとつ「美人と付き合いたい」と書かれていた。 さっきとは違う意味で泣きそうになったから、もう見なかったことにしよう。 「右京さんはなんて書いたんです?」 「ご覧になりますか?」 もう笹に飾ってあった短冊を見させてもらえば「みなさんが笑顔ですごせますように」と懸かれていた。 「みなさんあってのこの弓道場ですしね。お話しするのも、とても楽しいんですよ」 「右京さんに出会えて本当によかったです」 「私もですよ。ただ、その言葉は私に使わなくて結構ですよ」 右京さんは矢吹たちと話してる南をちらりと見て、にっこり笑った。 「ありがとうございます。でも…俺が言いたくなったとき、言わなきゃいけないと感じたらその限りではない、と思います」 「その言葉だけで十分嬉しいのですよ。ありがとうございますね」 本当に、右京さんは大人だ。 俺の憧れの人。こういう大人になりたいって常思う。 右京さんに向かってきっちりとお辞儀をして、南の元へ寄る。 「あ、八雲さん書けましたか?」 「ん。南はちゃんと飾れた?」 「もちろんです」 にかっと笑った南は自慢気に笹の高い方を指差す。 少しでも天に近いように、一番高いところに付けたらしい。 可愛くて健気で、俺の恋人は間違いなく世界で一番だ。 何を書いたのか聞けば、内緒ですと言われてしまった。 「へえ、俺には秘密?」 「秘密です。でも八雲さんのこと書きましたよ、もちろん」 「ありがとう。じゃあ俺の願い事も秘密かな」 「ちぇ」 ちょっとだけ残念そうな顔をしたけど、すぐにいつもの顔に戻った。 「じゃあ見えないように、先に靴履いて待ってますね」 「すぐ行くから外に出ないで待ってて」 「それなら私が付き添いましょう」 「え~?嬉しいけど、靴履いて待ってるだけですよ」 「一応未成年なので。守るのは日本国民の義務です」 子ども扱いされるのを少し嫌う南に対して、さすが右京さんは反論の余地がないようにフォローしてくれる。 「右京さん、本当にありがとうございます」 「これぐらいお安いご用です。いつでも頼ってください。それから、矢吹と立花も早く帰りなさい。年齢的には成人していますが、私からしたらまだまだお子様です。あまり遅くならないように」 はーいという二人の間延びした返事が聞こえた。 俺もさっさと飾らなければ。 南の短冊を視界に入れないように、下の方に括り付ける。 こういうのは正直あまり信じないけど、このときは素直に叶いますようにって心から思えて。 帰る前にもう一度括り付けた部分を見て、落ちないか確認。 ここに来るまではけっこうどうでもいいと思ってたのに、不思議だ。 南と一緒にいると、今まで知らなかった自分を知る。 それがなんだかむず痒かったり。 大きな出会いがあると人って変われるんだなとしみじみ思いつつ、矢吹と立花に軽く言葉を交わして玄関へ向かう。 「あ、八雲さん。ちゃんと飾れました?」 「うん。俺のは下の方に」 「じゃあ帰りましょう」 「右京さん、本当にいろいろありがとうございました」 「ありがとうございました!」 2人でお礼を言って頭を下げれば、柔らかい声でお気をつけて、と一言だけ言った。 少し素っ気なかったのは、きっと自分のことはもういいから南と一緒にいてやれっていうことだと思う。 俺の指と南の指を絡めて、弓道場を後にした。

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