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【番外編】薫々
「あれ?八雲さん香水つけてます?」
南の小さくて可愛い鼻は、見かけによらずかなり鋭い。
タバコを少しでも吸ったらすぐに気づかれてしまうから、最近は本当に吸わないようにしていた。
いや、嘘。
実は南と2日以上会えないってわかってた日は、ちょっとだけ吸ってた。
でも人間、好きなものを自制するのは結構なストレスを感じるものだ。
久しぶりに吸いたいと一度思ってしまったが最後、気を紛らわせようと思っても煙草がチラついて仕方なく、仕方がなく、俺は普段目につかない場所に閉まっていたタバコを箱を手に取ってしまった。
だから「思ったより早く日直の仕事が終わったので今から行きますね」と連絡がきた瞬間、まだもう少し吸えるタバコを携帯灰皿に押し付けた。
幸いその1本しか吸ってなかったから、部屋の窓という窓を開けて空気を入れ替え。
歯磨きをしてブレスケア。
万が一の時のために買っておいた香水をつけて、今に至る。
「そう。紅茶の香り。臭い?」
「いや、すっごくいい香りします。オレは好き」
幸いにもタバコのことに気がついてなさそう。
心を読めるんじゃないかってぐらい鋭い時があるから、油断は禁物。
ソファーに座ってた俺の隣に腰を下ろして、そそっと寄り添ってきた。
「どした?」
「んー……」
鼻をくんくんさせて、俺の胸元に顔をうずめる。
「はぁー…いい匂い…すごい好き…」
南はすーはーすーはー鼻で深く呼吸をして、顔を離そうとしない。
嗅ぐたびに「好き」って言うから、もう可愛いのなんの。
「ふふっ……犬みたいで可愛い。気に入った?」
頭を撫でれば嬉しそうに笑う。
ちょっと、今日の南本当に可愛いんだけど…。
「もっと早くこの香りに出会っていたかったです。なんで今日はつけたんですか?」
それはタバコを吸ってしまったから匂いを誤魔化すために、とはさすがに言えない。
動揺がバレないか気が気じゃない。平静を装って、あくまでも普通に。
「部屋の整理してたら出てきたんだ。南そんなに好きなら自分につけてみる?」
「あ、つ、つけてみたい!オレ香水初めてつけます」
うふふって嬉しそうに笑う南の周りには、キラキラした花のエフェクトがたくさん飛んでいるのが俺には見える。
可愛すぎる、押し倒してぐずぐずにしてやりたい可愛さじゃなくて、よしよしって甘やかしてやりたい可愛さ。
俺はラックにインテリアとして飾って置いてた香水を持ってきて、南の制服の袖を捲る。
「ドキドキ」
「お前、今日いちいち可愛い」
手首にしゅっと香水を吹きかける。
ふわっと紅茶の香りが広がって、俺も思わずいっぱいに嗅いでしまう。
南はくんくんと手首を嗅いで、首を傾げた。
「んー…なんか…」
「どした?」
今度はまた俺の胸に顔をうずめて、くんくんと嗅ぐ。
「なんでだろう……八雲さんのほうがいい香りします」
いや、今日まじで南が可愛い。
同じ香水なのに、自分のほうはお気に召さないらしい。
なんでこんなに可愛いんだろうと頭を悩ませていたら、南に肩を押されて横向きに倒される。
南はやっぱりまた胸に顔を埋めて、腕は背中に回してきた。
「今日、ずっとこうしててもいいですか?」
そう言って、顔をぐりぐりと押し付けられた。
こんなの手を出すなってほうが無理だ。
「タバコ吸った罰です……だめ?」
その週の土曜日、俺はめちゃめちゃ南を抱いた。
▽10月1日:香水の日
八雲はずっとstillの紅茶の香りの香水をイメージしてました。
南の趣味に「八雲さんの香水を嗅ぐこと」が追加されたようです。
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