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酩酊珍道中 3
「草津!」
「着いたね。南お疲れ」
そして、あっという間に旅行当日になり。
こういうイベントものって準備してる時間が一番楽しいってよく言うけど、ほんとその通りだと思った。
もちろん八雲さんと実際に旅行するのは楽しみなんだけど、その楽しみを想像しながらじっくりたっぷり準備するのは超ウキウキした。
例えば、どんな服を着て行こうか買い物に出かけたり。
例えば、1週間前から天気予報を気にしたり。
例えば、どんなお店があるのか調べたり。
もう挙げだしたらキリがないけど、ほんとに楽しみで夜はあんまり寝つけなかった。
ひとつだけ残念だったのは、行きのバスで八雲さんとたくさん話すはずが気がついたら寝ちゃってたこと。
でも、目が覚めたら八雲さんも寝ててお互い寄りかかってる状態だったから、まあ良しとしよう。
「荷物預けて観光でもしようか」
オレたちの乗ってきたバスは今日泊まる宿の駐車場まで運行してるものだったから、もうすぐそこ。
純和風みたいな外観で、早く部屋に入りたくてうずうず。
宿の中に入ればオレの興奮は最高潮で、「旅行に来た!」って感じがすごいする。
八雲さんと一緒にフロントで荷物を預けて目印の札を貰った後、お昼過ぎということもあってまずは腹ごしらえをしようってことになった。
「こういうところの蕎麦って美味しい…」
当たり前なんだけど、家で茹でる蕎麦よりとちゃんとした蕎麦のほうが断然おいしい。
天ぷらもアツアツのサクサクで全然箸が止まんない。
「美味しい?」
「おいひい!」
「適当に入ったところだったけど、南が幸せそうでよかった」
八雲さんは持ってた器と箸を置いて、オレのほうに手を伸ばしてきた。
びっくらしてぎゅっと目を瞑ったら少し笑って。
「ここ、付いてた」
オレの口元に天かすが付いてて、それを取ってくれたみたいだ。
「あっ…ありがとう…ございます」
食べることに夢中になりすぎて、ちょっとがっつきすぎたかも…。
口元に付いたもの取ってもらうなんて子どもすぎ。
内心でため息をついてたら、八雲さんが取ってくれたものをそのまま口に運んで食べてしまった。
「んなっ…!」
「ご馳走さま。思った通り、顔真っ赤」
これ、これって、少女漫画でよく見るやつじゃ…!
八雲さんは〈世の中の乙女たちがイケメンにされたら100人中100人が喜ぶようなこと〉をさらりとやってのけるから、いつも本当に心臓に悪い。
「心臓が痛いです」
「あはは、何それ」
「イケメンって怖い…」
「南は可愛いよ」
「もう!八雲さん!」
「ごめんって。俺も今日すごい楽しみにしてたから、浮かれてるのかも」
ずるいずるい。
八雲さんはいっつも絶妙なタイミングで、こういう事言っちゃうんだ。
オレの感情をコントロールしてるんじゃないかって思う事があるんだけど、実際のところはどうかわからない。
「………好きです」
「うん、俺も。いつもそう思ってるよ」
薄く、だけどふわっと笑った八雲さんの顔を見た後の蕎麦は、味が全然わからなかった。
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