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酩酊珍道中 5
南と温泉に来て、肩を並べてお湯につかる。
久しぶりの温泉は本当に気持ちよくて、柄にもなく「極楽極楽」お決まりのセリフを言いそうになる。
「きもちー…」
隣にいる南は、顔を半分沈めて幸せそう。
一方の俺はというと、いろいろ我慢をするのが大変でもはや拷問の域かと思った。
俺とセックスする時はいつも恥ずかしそうにするのに、脱衣所では大胆に脱ぎ始めて少しびっくりした。
キスマークもうっすら残ってたんだけど、そんなことより温泉に入りたい欲が勝ったのかもしれない。
それに、隣に肌を晒してる南がいるのに触れないことが意外とキツかった。
そんな南は俺の葛藤に気づくことなく温泉を楽しんでて、そういうところが好きだなとつくづく思う。
「昔兄ちゃんと一緒にお風呂に入った時は、よくどっちが長くお湯に浸かっていられるか勝負してたんですよ」
「で、大也が勝ってた?」
「ふふ。当たりです」
「平気そうな顔してるのが目に見る」
南はおかしそうにクスクス笑った。
大也との思い出話は小さなころの南を知れる半面、俺の知らない南をアイツは知ってるんだろうと思うと若干…本当に若干、いい気はしない。
南はブラコンなところがあるから(大也もだけど)、こういうことは面と向かって言えないけど。
「テレビとかでよく腕をお湯にかけるけど、あれたしかにやりたくなっちゃいますね」
南自身で話を変えてくれたから内心安堵しつつ、確かにと頷く。
「見てください、ほら!すべすべ」
お湯から片腕を出して見せてくる南は、さすがにそれ誘ってるんじゃないかと思う。
もしかしたら試されてるのかもしれないって思ったけど、まあ絶対気にしてないな。
「八雲さんもすべすべ」
南がいきなり俺の腕をお湯から上げて、手のひらでするすると撫でる。
「っ、」
さすがに、手が出せない状況下でこういうことされると辛い。
今すぐキスもそこから先のこともしたい。
これ以上南に暴走されると俺が暴走し兼ねないから、ここで大人しくしてもらわないと死ぬ。
浴場に何人か人がいたけど、もうそんなの関係ない。
ここまでされたんだから、それ相応の仕返しぐらいしたい。
「南はさ――」
「え?」
片手で南の手首を、もう片方で腰を掴んでこっちに引き寄せる。
「そんなに俺を誘って、ここでえろいことされたいの?」
「~~っ!」
「南がそんなにって言うなら、俺も我慢しないけど」
耳に唇が掠めるぐらいの近距離で囁けば、急に押し黙って静かになった。
お湯に浸かってるのも相まって、肌が普段より赤い。
「あの、大人しくしてるから…離してください」
「残念」
そう言って南を離したけど、もし「いいですよ」なんて言われたら最後まではしないにしても、身体を触るぐらいはやってたなと思う。
温泉は乳白色だから、ばっちり見られることはない。
やっぱり少し手を出せばよかったかなと思いつつ、大人しくなった南を見てやっぱりやりすぎたかもと半分思った。
「八雲さん…」
しばらく目を瞑って温泉を楽しんでたら、不意に名前を呼ばれて。
目を開けて南を見たら涙で潤んだ瞳を向け、少し俺の方に寄りかかってきた。
「南?」
「オレ…もう…」
甘い声に熱い吐息、瞳は涙で潤んでて、何かを訴えるかのようなその表情。
「大丈夫、もう何も言わなくていいから」
南の頭に乗ってたタオルを腰にしっかりと巻いて、脇の下と膝裏に手を差し込んでゆっくり立ち上がる。
お風呂の我慢対決の話を聞くのは、これが初めてじゃない。
大也からも聞いたことがあって、南がすぐ逆上せることは知ってた。
南の口ぶりは大也が強いっていうかんじだったけど、南が弱いだけで大也はいたって普通だ。
腕の中でくたりとしてる南を見て、倒れる前でよかったと安堵する。
椅子に座らせて身体を簡単に拭いた後、脱衣所まで運んできた。
幸い脱衣所には俺たちしかいなかったから、南の着替えを済ませて鏡台に置いてある椅子に座らせた。
俺も手早く着替えて南の髪をしっかりと乾かし、ふらつく南を支えて食堂まで運ぶ。
「気分は?」
「もう少し…休んでたいです」
「もちろん。冷たいもの買ってくるから、少し休んでて」
頷いた南を確認して、俺は財布を片手にロビーにあった自販機へと歩き出した。
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