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パラレルワールドは存在しない(確定)
訳の分からないまま神林菊き手を引かれ、行きつけだという喫茶店にやってきた。
向かう途中いろいろしゃべってたけど、その中身はまるっきり覚えてない。
人って本当に混乱するとマジで真っ白になるんだなって思ったことだけは覚えてる。
お店に入るなり神林菊はマスターに「今日は連れいるから」と言って、一番奥の仕切りのある席にまっすぐ向かった。
行きつけの喫茶店っていうのは本当っぽい。
「ほんとに行きつけなんですね」
「信じてないで付いてきたわけ?」
おかしそうに笑いながらイスに座ったのを見て、俺も頭をさげて席に着いた。
「いや…俺的にはもうここはパラレルワールドなんじゃないかって…」
「パラレルワールド!」
これまたおかしそうに笑った目の前のアイドルは、お腹を抱えて始めた。
ステージに立つ神林菊からは想像つかないぐらい、よく笑う人みたい。
なんでこんなに笑われてるのかわからないけど、その笑いになんだかつられちゃって。
そこから先は話が弾んで、なんでflosを好きになったのかとか、ふつうに友だちと話すようなくだらない事まで終始会話が途絶えなかった。
「俺、神林菊ってもっとこう…気難しそうな人だと思ってました」
「それな、よく言われる。まあイメージ戦略ってやつ。素を隠してるつもりじゃないけど、ステージの上に立つときは意識してる」
「アイドルしてる時の神林くんはもちろん好きだけど、今こうしてる神林くんも好きです!」
「同性にそう言ってもらえると、すげー自信つく」
初めて見せたふわりとした笑顔に、俺の心はまたきゅんってときめいて。
うわ、こういう笑い方もできるとかイケメンってすごい…今南の気持ちがすごいわかった気がする。
「俺さ、ガキの頃から芸能活動してるからこういう友だちっぽい会話全然したことなかったんだよな。メンバーとはもちろん仲いいけど、友だちって感じじゃねーし」
「へぇ、そうなんですね」
「だからさ、これからも会ってくんない?」
「え!?」
ちょちょちょ、ちょっと落ち着こう、今なんて?
これからも?会ってほしい?あの神林菊が!?
いよいよここは俺にとって都合のいいパラレルワールドなんじゃないかと信じ込むレベルまできた…なにこの世界線ヤバイ…。
「神林くんと…友だち!?」
「菊」
「はい?」
「だから、菊だってば。俺の名前」
「知ってます」
「お前鈍いな、菊って呼べって言ってんだよ」
その後の記憶は曖昧で、もう気がついたら自分の家のリビングでぼけっとしてた。
「ちょっと昴、聞いてんの?」
姉ちゃんの大きな声で意識を引き戻された。
「姉ちゃん…」
「私の話無死して何よ」
「俺…神林くんと友だちになったんだけど…」
「寝言は寝ていいなさいよ」
「だよねー」
今日あったことはやっぱり知らない間に迷い込んだパラレルワールドだったんだな。
なんか疲れたし、風呂は明日にして今日はもう寝よう。
いそいそと寝間着に着替えてベッドに潜りこんで、すぐに眠りに落ちた。
翌朝、スマホの通知を見てパラレルワールドじゃないってことを知るまであと7時間。
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