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嵐のち自業自得

2学期の中間テストが終わって開放感で満たされたオレは、八雲さんを誘って赤銅さんの弓道教室に来ている。 (あかがね)さんに挨拶をして、八雲さんと一緒に更衣室へ向って袴に着替えた。 久しぶりに見る八雲さんの袴姿がかっこいい。いつ見てもかっこいいけど。ずっと見てられる。 相当八雲さんのことを見ていたのか、オレの方を一瞥して「見惚れた?」って言ってきた。 「……つい」 「俺も南の袴姿久しぶりだから、少し見惚れた」 八雲さんにまっすぐ見つめられてときめかない人がいたら教えてほしい。 その人はきっと、心臓が鉄でできてると思う。 どう返事をしていいかわからず、オレはただ顔を赤くさせることしかできない。 「そんな可愛い顔されたらキスしたくなる」 ここでは抑えたいのに、と後に続けて言った。 「そんなこと言われたら、オレだってキスしたくなります…」 したい。 してほしい。 そんな意味を込めて返事をすれば、熱い瞳を向けられる。 八雲さんのその瞳は、オレを捉えて離そうとしない感じが伝わってくるんだ。 吸い寄せられらように近づいて、鼻と鼻が触れ合うその瞬間――。 「熱をあげてるところ大変申し訳ないのですが」 突然の第三者の声に驚いて八雲さんから離れる。 八雲さんは驚くというより蔑むような顔をして、忌々しそうに舌打ちをした。 「申し訳ないって思ってんなら後で声をかけろよ、矢吹」 「だってどうせすぐ終わんない…すいませんってそんなヤバイ目しないで八雲さん。セイセイ」 矢吹さんの言う通り、たしかに今の感じはすぐに終わらなそうな雰囲気だった。 八雲さんとの濃厚なキスシーンが終わるまで待たれるよりは、まだ未遂で声をかけてもらったほうがマシ。 八雲さんは割と本気で苛立ってるみたいだけど、ひょろりとかわす矢吹さんはさすがというか。 矢吹さんのなぜか憎めない性格は、ある意味才能だと思う。 「で、恋人たちの邪魔をして何の用?つまらないことだったら今年度なにも手を貸さないから」 なにも手を貸さないっていうのは、きっと単位が危ない矢吹さんの手助けのことだ。 課題が出たりテスト期間が近くなったりすると、矢吹さんは八雲さんを頼る。 いつも眉間にシワを寄せて文句を言うけど、なんだかんだ助けてあげてるんだから、矢吹さんのこと憎めないんだなって思う。 「昴が変」 「はあ?」 「実は、オレもそれ少し気になってました。やっぱり気のせいじゃなかったんですね」 「南まで…」 オレも気になってるならしょうがない、といった感じで矢吹さんの話を聞く気になったみたい。 顎をくいっと上げて、続きを話せと矢吹さんに合図を送る。 矢吹さん曰く。 立花さんは1週間ぐらい前から心ここにあらずといった感じで、どこか遠くを見ているような顔をしてるらしい。 最初は何か悩み事でもあるのかと思ったらしいんだけど、そんな思いつめた表情じゃない。 「あれは南が八雲さんに会いたいって思ってる顔に近い」 「えっ」 「つまり、立花は恋煩いになってるとでも?」 「や、八雲さん…」 「でも、相手が誰かまじでわかんなくて」 「立花が恥ずかしいって思ってるとか?」 「昴ならもう少し隠すなりするはず」 矢吹さんと立花さんは幼馴染で、家もすごく近くてお互いに隠しごととかしてもすぐにわかる仲らしい。 相談とか悩みも必ずお互いするようになってたのに、今回に関してはそれがまったくないといのが矢吹さんにとっては不満というか、心配というか、とにかく気になるとのこと。 てか、さっきから地味に八雲さんにいじられて恥ずかしい。 絶対矢吹さんに邪魔されたからだ。 「そもそも、矢吹でわからないんだったら俺たちにわかるわけないだろ?」 「もしかしたらどっちかに相談してるかもって思って。俺今恋人いるわけじゃないし」 「まあ、たしかに」 さっきまであんなにイラついてた八雲さんも、すっかり話し込んで。 やっぱり恋愛話になると、人間興味を湧くんだな。 「悩んでも仕方ないし、立花さん本人に直接聞いちゃったほうが早いと思いますけど…」 オレがそう提案したら、矢吹さんはぎょっとした顔をした。 え、オレそんな変なこと言った? 「それだ」 「え?」 「それだ!よし、今すぐ聞いてみる」 「えぇー……」 「南天才!」という言葉を残し、矢吹さんはダッシュで更衣室を出て行った。 本当に嵐みたいな人だ…。 「なんか…今どっと疲れました」 「俺も。あそこまでバカだと尊敬に値する…あータバコ吸いたくなった」 八雲さんがオレの前でタバコを吸いたいって言うのは極めてレアだ。 よっぽど矢吹さんのおバカ具合に疲れたんだだな。 「吸っちゃだめですよ」という言葉を飲み込んで、この前八雲さんが言っていたセリフがふと思い出されて。 さっきお預けされたし、ちょっと、気持ち甘い声で誘惑をしてみよう。 「あの…キス、してもいいですよ…?」 「……キスだけじゃ済まないかも」 「そ、それはダメ――んむっ」 言葉を言い切る前に唇は塞がれて。 頭はしっかり手で押さえられて、利き手もロッカーに押さえつけられて身動きができないぐらい。 でもキスは甘くて濃厚で、数秒もしないうちにとろとろになった。 「ん……っ…」 ちゅ…ちゅる…と2人しかいない更衣室に響き渡って、脳に反響する。 キスしてるだけなのに、もうえっちな気分になってきた。 「腰動いてる…かわい…」 「ひゃ…だ、だめですって…!」 袴の上からするりと撫でられて、高い声が出る。 ここが八雲さんの家だったら全然問題ないけど、銅さんの弓道教室の更衣室。 いつ誰がが入ってくるかわからないし、銅さんご本人に見られてしまう可能性だってゼロじゃない。 ヤバイ、もう、ほんと、完全に勃っちゃう…! 生理的な涙が溜まって零れ落ちる寸前、唇と腰から八雲さんが離れた。 「続きは家でな?」 「い、いじわる…!」 「袴でそんなにわからないから大丈夫。でも南自身が変な動きしてたら、気づかれちゃうかもね」 「八雲さんの鬼!悪魔!」 今思えば、きっとあそこで「キスしてもいいですよ」って言ったのは、八雲さんの計算内だったのかもしれない。 自分から誘えばこうなることぐらいわかってたはずなのに…。 一番バカなのはオレかもしれないと思いつつ、八雲さんの絡めてくるような視線に耐え、なんとか乗り切ったのだった。

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