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細胞レベルの変人

ホームルームが終わった瞬間、さよならの挨拶もそそそこにスクールバッグを引っ掴んで廊下を疾走した。 今日はオレと八雲さんの帰りの時間が合いそうだったから、校門前まで迎えに来てくれる日。 学園祭があったりテストがあったりと、夏休み明けからなかなか一緒に帰ることができなかったから、すごい久しぶりだ。 途中先生に注意されながらも、最短記録で下駄箱まで来れた。 靴を履き替えて、後はもう八雲さんに向かうだけ。 「ごめんなさい、待ちました?ホームルームのびちゃって…」 「少しだけな。南が気にするようなほど待ってないよ」 八雲さんは自分が車道側になるように、自然と歩き始める。 こういうことをあからさまにやるんじゃなくて、気がついたらこうなってたって感じでやっちゃうから本当に紳士。 八雲さんはこういうとき、どれぐらい待ったのかをはっきり言ってくれない。 言葉を濁して、気にするなとでもいうように早々に会話が終わる。 こういうとき本当は頭を下げて謝りたいんだけど、どんな言い方をして何もさせてくれないんだ。 謝らせてよって思うけど、でもやっぱりいちいちかっこいいなとも思う。 でも、オレが八雲さんを待たせることによるもっと大きな問題がある。 「もう…八雲さんが学校に来るたびに女子たちがさわつくんですよ」 学校まで迎えに来てくれるのは嬉しい。本当に嬉しいんだ。 でも、女子たちの視線を集めるのもまた事実なわけで。 「俺は南が嫉妬してくれて嬉しいけどね」 「もう!だからそう言われると弱いんですって…」 「今も髪ぼさぼさにしてちょっと息と肩が上がってて、走って来てくれたのが嬉しい」 「ぼさぼさ…!」 学校の中を疾走してきたの、やっぱり八雲さんはわかってたんだ。 なんでもお見通しだ…ほんと、好き。 でも髪がぼさぼさになってたのは泣ける。 手櫛で髪を慌てて整えたら、隣でくすくす笑う声が聞こえた。 「もう、お前ほんといちいち可愛い」 「うわっ」 くいっと腕を引っ張られて、歩道の端まで引っ張られる。 そのまま八雲さんは指でオレの髪を梳き始めた。 「南の髪、柔らかくて気持ちいい」 「ふふっ、ちょっとくすぐったい」 八雲さんの手が心地よくて、ここが外なのも忘れそう。 気づいたら自分から八雲さんの手に頭を寄せていて、喉が鳴りそうになる。 「そんなことされるともっといろいろ触りたくなるんだけど」 「ここ、外ですよ」 「キスならできるな」 「…そういう意味で言ったんじゃなかったです」 「そう?でも…欲しい顔してる」 手の甲で頰をなぞられて、ぴくっと身体が反応する。 そんなオレを見てくすっと笑い、静かに顔が近づいてきた――。 「熱をあげるところ大変申し訳ないのですが」 聞いたことのある声とセリフに驚き慌てて身を引けば、やっぱり想像通りの人がいた。 「……お前、本当に、いい加減にしろよ」 「うわ、待って八雲さんめっちゃドスきいてるその声」 「矢吹さん……」 「うわうわ、南そのハワイをも凍らせそうな絶対零度の目ヤバイよ」 はぁぁぁ、と八雲さんと2人で深いため息をつく。 もうすでに頭が痛い。 いつ矢吹さんと遭遇してもいいように、痛み止めを持ち歩いたほうがよさそう。 「この前の昴のやつなんですけど」 「いや勝手に話し進めんなよ」 「南の八雲さんに会いたいときの顔の写真撮ったけど見なくていいんですか?」 「それを先に言ってくんない?」 「本人を目の前にして交渉するのやめてください」 矢吹さんがいるだけで周りの人の偏差値が下がるような気がするのは、きっと気のせいじゃない。 ここはオレがしっかりしなきゃと謎の使命感をもって、話の続きを促す。 「昴のやつ、最近アイドルにハマってるじゃないですか」 「あ、そう」 「ふろーす…でしたっけ?」 「そうそう!で、なんかそのうちの1人とばったり会ったらしくて」 「は?」 オレと八雲さんの声が出てキレイに被った。 一体何を言ってるんだこの人は…。 「で、すごくいい人でかっこよくていい人らしい」 「はあ…」 「結論。自担アイドルのことを考えてた。以上!お邪魔しました!」 「えぇー……」 ムカつくぐらい爽やかな笑顔を向けて颯爽と帰る矢吹さん。 あの人は本当に人間なのかと疑うぐらい超マイペースだ。ここまでくると清々しいし、なんなら少しだけ羨ましくもある。 正真正銘、細胞レベルの変人だ。 矢吹さんが見えなくなるまで一言もしゃべらず見届け、オレと八雲さんは顔を見合わせた。 「……」 「……」 「キス、したいですか?」 「……帰ったら映画観ようか」 「いいと思います」

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