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ワンナイト・ヴァンパイア 2
朝、いつもならスマホのアラーム音で7時15分に起きるんだけど、今日は違った。
喉が渇いて渇いて仕方なくて、5時には目が覚めた。
水を飲んで二度寝しようとしてもなかなか寝付けず、喉の渇きは酷くなる一方。
身体中の水分が失われていくような感じさえする。
そして、八雲さんに会いたい気持ちで頭を支配されるような感覚。
おかしい…絶対おかしい。
もしかしたらヤバイことになってるのかもしれない。
不安に駆られて、心臓の音が大きくなる。
冷や汗も流れてきて、呼吸もおかしい。
けっきょくそこから一睡もすることができなくて、オレはベッドからよろよろ立ち上がって学校へ行く準備をした。
家族みんなからオレがおかしいことに気がついてくれて、無理して学校に行くなって言われたけど「そのうち治る」と言って家を出た。
外に出たらほんの少しだけ八雲さんの匂いがしたような気がして。
意識したら心臓がドクンって跳ねた。
会いたい。
触れたい。
欲しい。
食べちゃいたい……。
心じゃなくて身体が八雲さんを求めてやまず、頭は学校に行かなきゃって思うのに体がいうことをきいてくれなくて。
けっきょく八雲さんのアパートまで向かって、キスをしてもらって……そこからの記憶がない。
喉は相変わらず乾いて、不快感がすごい。
全身力が出ない感じもある。
そしてやっぱり、消えない八雲さんへの欲求。
ここまでくると八雲さんと顔を合わせるのが怖い…何をしてしまうかわからないから。
なんか適当に理由をつけて帰ろうと決めたオレは、全身に力を入れてベッドから出た。
「うわっ!?」
でも、力が入らなくて落ちるように転んだ。
喉の渇き、全身に力が入らなくなって、八雲さんへの欲求が強い。
これは、もしかしなくても――。
ついに、この時がきちゃったんだ。
であれば、ますます八雲さんの傍にいちゃダメだ。
オレが動けない以上、兄ちゃんを呼ぶしかない。
ブレザーのポケットにスマホが入ってるはずだから、首をぐるりと回して辺りを探してみる。
「南!」
まあ、あれだけ大きな音を出して転べば気づくよね…。
八雲さんは眉を下げて、心配そうにオレに近寄ってきた。
「あの……大丈夫です。ほんと、迷惑かけちゃってごめんなさい。帰りますね」
本当は帰りたくない。
渇きを癒したい。
八雲さんからすっごくいい匂いがして……今すぐ噛みつきたい。
でもそんなことしたら驚かせるし、嫌いになるかもしれない。
だから、早く帰らないと。
「南」
声のトーンが低い。
瞳も真剣で、じっとオレのことを見つめる。
こういうときの八雲さんは、ちょっと怒ってる証拠。
「自分の力で立てないくせに、どうやって帰るの」
「兄ちゃんがいます」
「俺だと駄目な理由は?」
「そ、れは……」
なんて言っていいかわからなくて、言葉が出てこない。
真っ直ぐに見てくる瞳も怖くて目を逸らす。
「なんで俺を避けてるかわからないけど、何か不安なことがあるなら全部話してほしい」
ぶわっと八雲さんの匂いが強まって、もうガマンするのもすごく辛い。
意地でも抑えたくて、ワイシャツを捲って自分の腕に噛みつく。
「南!?」
歯が食い込んで痛い。
口の中にじわっと血の味が広がるけど、すごく不味い。
八雲さんは慌てて腕を離してきた。
力の入らないオレは、抗うことが全然できなかった。
「やだ…だめだよ八雲さん…もうガマンできない…!」
「南、落ち着いて――。俺のこと、どうしたい?」
「だめ……」
「南になら何されたって嬉しいよ。避けられるほうが、俺は辛い」
だから、お願いと。
そんな悲しそうな顔されたら、本当にしたいことしちゃう。
でも、八雲さんなら本当に受け入れてくれるかもしれない――。
「オレのこと、嫌いになりませんか?」
「ならない」
「怖いって思うかも」
「何をしたって、南は可愛い」
「もう、バカ…」
ブレない八雲さんに、ずっとガマンしてたのがなんだかバカらしくなってきて。
深呼吸して気持ちを落ち着けると、オレも真っ直ぐ八雲さんを見つめる。
「目を瞑ってください」
「いいよ」
「オレのこと、好きって言ってください」
「好きだよ南。大好き」
「……ありがとうございます」
八雲さんの好きを聞けてよかった。
これが最後になるかもしれないから。
邪魔な洋服を少し引っ張って、八雲さんの首筋がよく見えるようにする。
いい匂いがさらに強くなって、頭がくらくらする。
オレ静かに首筋に歯を当てて、ゆっくりと八雲さんの肌へ埋めた。
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