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ケーキと指相撲

「あ、美味しそう」 テーブルの上に置いてあったケーキを見て、南が声を弾ませた。 「それね、矢吹から貰ったんだ。好きな方食べていいよ」 南が俺の部屋に来る2時間と少し前、単位の取得が難しいとされる某教授のレポート添削を手伝ってくれたお礼と言って白い箱を手渡された。 最近の矢吹のお気に入りスイーツのようで、あたかも自分で作ったかのように美味しい理由を散々聞かされたから、本当に美味しいんだと思う。 頭はアレだけど、スイーツのことになると別人になったかのように味覚の才能が爆発する。 一度その知識を少しでも勉学のほうに回せないのか聞いてみたことがあるけど、何言ってるんすかって真顔で返された。 俺はそっとしておこうと誓った。 「矢吹さんセレクトなら間違いないですね。ショートケーキとチーズタルトかぁ……八雲さんはどっちがいいですか?」 「どっちも食べられるから南が好きな方でいいよ」 「もう、絶対そう言うと思いました」 そう言って、ぷうと少し頰を膨らませる南を見て笑いそうになるのを堪える。 「いつもオレに選ばせてくれるから、今日は八雲さんが好きなほうを選んでほしいです」 俺にとって南の選択が一番だと思ってたのが、南にとっては俺の選択が一番だっていうことだ。 その気持ちだけで本当に嬉しくなるから、そんなの気にしなくていいのにと思う。 それでも気になってしまう南の優しさが尊い。 「そうやって俺のことを気遣ってくれるの、南の大好きなところのひとつだよ」 「もう!すぐそういうことを言うのずるいって何回言えばわかるんですか!」 「本当のことだから何回でも言う」 南の瞳を目の前から真っ直ぐ見つめる。 顔を赤くさせて「あー」とか「うー」って唸ってるのが小動物みたいで可愛い。 「わかりました、じゃあこうしましょう。指相撲で勝ったほうが先にケーキを選ぶのはどうですか?」 「指相撲とか久しぶり」 「最近友だちの間でちょっと流行ってて」 「うん、いいよ。指相撲で決めようか」 さっそく右手を前に出せば、ちょっと待ってと手で制された。 「オレに選ばせたいからって手加減するのは無しですからね」 「もし手加減したら?」 「え?えーと……」 すこし意地悪して質問したら、考えてなかったのかぐるぐると頭を回転させ始めた。 こういう突発的な出来事に弱いのも南の可愛いところ。 放っておけなくて、常に俺の隣にいてほしいと思わせる。 「八雲さんのこと……その、嫌いになります!」 「南、俺のこと嫌いになるの?」 「ずっとじゃないです。きょ、今日だけ……嫌い……」 「明日になったら?」 「大好きに戻ります!」 なんて大真面目に言うから、くすっとつい笑いがこぼれる。 「本気ですからね」 「本気でね」 俺が右手を出せば南も合わせて出してきて、親指以外の4本の指を握り合う。 そもそもの手の大きさとか力の強さとか、明らかに俺の方が上だから南には悪いけど負け戦だ。 俺のことを嫌いになった南がどんな態度をとるのか、それはそれで見てみたいけど。 南の「よーい、どん」の掛け声が合図となって、本気の指相撲か始まった。 俺の指をなんとか捉えようと、忙しなくぐるぐる動かしてくる親指をひらひら躱す。 「八雲さん逃げてばっかり」 指相撲の最中でもほっぺを膨らませるんだから、堪ったもんじゃない。可愛すぎて指相撲どころじゃなくなる。 狙ってるのか素なのかわからないあたり、南の怖さを感じたり。 「じゃあ、遠慮なく」 4本の指の力を少し抜いて、南の親指をぐっと抑え込む。 「あ!」 これで、俺が10秒数える間に南が抜け出せなかったら、俺の勝ち。 逆に南が抜け出すことができたら仕切り直し。 「いーち、にー」 カウントし始めたのを聞いて、南がぐっぐっと力を込めて俺から逃れようとするのを強く抑え込む。 「んーっ!ちょっと……っ…ふ、ぅ…」 「……さーん、しー、ごー」 「ぁっ…つ、つよ…ぃっ…!」 「ろーく、なーな、はーち」 「うぁ……もう、やだぁ…むり…ぁっ、」 「きゅー、じゅう」 「ん~~っ!」 10秒数え終わって、ぱっと手を離す。 数え始めて早々に喘ぎだした南は、悔しそうに俺を睨んでいる……つもりになってる。 「これ、友だちの間で流行ってるんだっけ?」 「そ、そうですけど…」 「ふーん……南、もう俺以外の人との指相撲禁止」 「え?っ、ん…!」 「ね、わかった?」 「んぅ……わかっ、な…!八雲さん…ぷはっ」 指相撲の勝敗を忘れ、テーブルの上にケーキがあるのも忘れ、役得だと思いながら今日も南の身体に教え込んだのだった。 後日、キラキラとした笑顔で「あのケーキどうでした?超うまいですよね!?」と矢吹に話しかけられた時はさすがに罪悪感がわいた。

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