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テイクアウト
土曜日の夜9時。
風呂も夕飯も終え、寝るまでの間ゆっくり過ごせるこの時間が好きだ。
録画していた映画を観るか本を読むかで悩んでいたとき、スマホから着信音が流れた。
ディスプレイを見ると「南 大也」と表示されている。
無視したいところだけどこの時間に電話を寄越してくるってことは、間違いなく南に関連することなのはわかってる。
「今日はなに?」
「いつも話しが早くて助かるわ。悠太いる?」
「いない。今日は会ってもない」
「あー……」
「お前さぁ」
「いや、ごめんほんと。悠太とちょっと喧嘩して、夕飯前に家を飛び出してから帰ってこない」
「チッ……何やってんだよバカ」
一方的に通話を終了し、スマホと財布と家の鍵だけを持って部屋を飛び出す。
詳しい喧嘩の理由は聞かなかったけど、どうやら大也が南のことを怒らせたようだ。
家を飛び出したから俺のところに行ったんだろうと思い、特に連絡もしなかったそう。
だけどいつまで経っても南や俺から連絡がなかたから、おかしいと思って今電話を寄越してきたと。
新着メッセージを知らせる通知音が鳴った。
大方、大也が俺も一緒に探すとか送ってきたんだと思う。
ちらっと通知欄を確認したら、やっぱりそういうことが書いてあった。
「遅ぇんだよ」
南のことを放っておいた大大也にイラっとし、メッセージを開くことなくポケットに戻す。
俺の知る限り、南が行きそうな場所はひとつしか思い浮かばない。
1秒でも早く着けるように、夜の住宅街をとにかく走った。
「南……」
真っすぐ走って向かったのはここ、俺と南が初めて出会った公園。
住宅街の中にある公園にしてはまあまあ広くて、夜でも運動をしている人や部活帰りの高校生が数人いる。
南はいくつか設置されているベンチに膝を抱えて座っていた。
まったく人気がないことに安堵しつつ、息を整えながら近づいていく。
「あ……」
俺に気がついた南が顔を上げて、その場から逃げようと一瞬腰を浮かした。
でもすぐに無駄な抵抗だと思ったのか、大人しくベンチに座り直す。
南の隣に座って、手をきゅっと握る。
「心配した」
「……ごめんなさい」
「手、少し冷えてる。寒くない?」
「はい……あ、いえ……ちょっとだけ」
「素直でいい子」
人目を気にせずぎゅっと抱きしめる。
身体も少し冷えてたけど、たしかに感じる体温に心が落ち着く。
南はそろそろと腕をあげて、躊躇いがちにだけどそっと背中に腕を回してきた。
その動きがあまりにも可愛くて、顔を近づけ上唇を軽く食む。
「キスしてもいい?」
「あの……もう、くっついてるんですけど……」
「俺のキスはこっち」
びくっと引っ込める舌を絡めとり、深いキスをした。
角度を変えるたびにぴくっと震えて、初々しい反応を見せる。
「ん、ふ……」
鼻から抜ける甘い声が好きでずっと聴いていたいって思うけど、場所を考えてすぐに唇を離す。
2人を繋ぐ銀の糸がぷつっと切れた。
「ぁ……」
名残惜しそうな声と顔をし、熱い瞳と交わった。
見つけたら帰すつもりだったんだけど、そんな顔をされたら帰すことができなくなる。
大也には大いに反省してもうことにしよう。
「お持ち帰りしても構いませんか?」
「そ、んなの……ずるいです、本当に……帰りたくなくなる」
「……言っておくけど、煽ったのは南だから」
「え?」
煽ってなんかいないと訴えてくるこの天然ぶりが怖い。
今のは完全に俺が火を付けられたのに、相変わらず無自覚で煽ってくる。
もちろんそういうところも好きだけど、今日みたいなときは少し困ることをわかってほしい。
「大也には俺から連絡しておくから。おいで、帰ろう」
差し伸ばした手をそっと握り返し、俺たちは公園を後にした。
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