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桃の花 2
突然の八雲さんの登場に驚いて、心臓がバクバクいってる。
なんて声をかけようか迷ってる間に、八雲さんが柳に話しかけてた。
「お前、わざとだろ」
「まーほら、八雲さんもお連れがいるみたいだし、おあいこってことで」
「はあ?連れ?」
心臓が落ち着いてきたところで八雲さんに挨拶をしたかったんだけど、なんとなく声をかけづらい雰囲気で挙げかけた手を引っ込める。
八雲さんも柳も黙っちゃったから、つられてオレも黙ってしまう。
「あ!君が噂の南くん?」
「そ、そうですけど……」
八雲さんの後ろからひょこっと現れたのは、さっきまで一緒にいた女の人。
髪は黒のボブヘアー。二重の瞳は細めだけど目力があって、少し気の強そうな印象を受けた。
誰かはわからないけど、ちょっと八雲さんとの距離がが近いんじゃなかろうかと内心牙を剥く。
「ちょっと、南が警戒してるから」
女の人の肩を叩いて注意してくれるけど、そんな簡単に触れ合える仲なのかなって思ったら少し苦しい。
そんなオレの僅かな気持ちを察したのか、八雲さんが「そういうのじゃないから」って困ったように笑った。
「紹介するよ。この人、俺の姉さん」
「えっ」
「本田桃花(とうか)です。よろしくね」
「お姉さん……?」
言ってることはわかるのに、頭で理解するのに時間がかかるとはまさにこのことだ。
たしかに八雲さんは自分のこと――とくに家族に関することについては全く話してなかったけど、急にお姉さんが現れて驚きを通り越し、無の境地まで行ってしまいそう。
いや、これは到達した。
無の境地に入った。
しばらく動けないでいると、八雲さんのお姉さんがくくっと笑う声が聞こえてきた。
「なるほどね、八雲が気に入る理由がわかるわ」
「チッ……だから合わせたくなかったんだ」
「君は?南くんの友だち?」
柳もまさかお姉さんとは思っていなかったから、ぽかんと口を開けていた。
急に質問されて慌ててるのが珍しくて、ちょっと笑っちゃいそう。
「はい、柳です」
「うんうん、なんとなくわかってきたかも。ごめんね、私お邪魔だよね」
「もういいから、静かに帰ってくれない?……そのニヤニヤ顔もやめろ」
「せっかちめ。じゃあね南くんと柳くん。今度はお姉さんが奢ってあげよう」
「会おうとするなって……」
お姉さんの背中をぐいぐいとお店の外まで押して行って、二言三言話してから店内に戻ってきた。
最後にお姉さんが外から手を振ってきたから、オレと柳はぺこりと頭を下げる。
「騒がしい姉でごめん」
やっと帰った、とため息をつきながらオレの隣に座ってきたから、ちょっと端にずれてスペースを空ける。
「あんまり似てないけど、言われてみればちょい謎な雰囲気がそっくりですね」
「柳、それ貶してるの?」
「滅相もない」
柳を一瞥したあと、オレのほうに視線を向けて「ごめん」って一言謝られた。
「全然!あの、大丈夫です。むしろ……八雲さんのことをまたひとつ知ることができて、よかったというか……」
「姉さんのことは隠してたわけじゃないんだけど……まあ、わざわざ言わなくてもいいかなって思ってたら、タイミング逃しちゃったな。ごめん」
「い、いえ!」
「俺はてっきり見ちゃいけないもんを見てしまったかと……」
「お前が柳じゃなかったら後で呼び出ししてたわ」
オレたち3人はメニューをそれぞれ注文して、他愛もない世間話をずっとしてた。
あっという間に時間は過ぎ、19時半前にはお店を出て、途中で柳と別れた。
「……」
「……」
2人きりになった瞬間、沈黙が訪れる。
さっき、八雲さんはたしかに「姉さんのことは」隠してたわけじゃないって言った。
それはつまり、お姉さんのこと以外は触れてほしくないってことだ。
それを柳も察してくれて、あんまりお姉さんの話は触れないようにしてたんだけど。
やっぱり気になるし、意識しちゃう。
お姉さんのことはどこまでなら聞いていいんだろうとか、お姉さんとの思い出とか、いろいろ。
「八雲さんってお姉さんいたんですね。なんか、今さらですけどじわじわびっくりしちゃって……」
この沈黙をなんとかしたくて、ぱっと頭に思いついたことをしゃべってしまった。
こういうとき、もっと気の利いた話ができたらいいんだけど……生憎、オレにはそんなことができない。
これなら黙ってたほうがよかったかもしれない。
横目にチラっと窺うように盗み見る。
また、困ったような笑顔ーー。
「姉さんに会うって言っておけばよかったな」
「まあ、あるに越したことは、ないかな…とか…思ったり……」
「だよなぁ」
「あの、でも、お姉さんでよかったです」
「嫉妬しちゃった?」
目を細めて、優しそうに、でもちょっと意地悪そうに笑う。
「……しました」
「そっか。俺も、今日嫉妬した」
「え?いつ……」
「ふぅん……自覚ないんだ?」
すっと手を伸ばされて、髪を耳にかけられる。
ふと、脳裏にさっきのレストランで柳にされたことがフラッシュバックして。
「あ、」
「気づくの遅い。柳にもあんまり触られたほしくないって言ったら、怒る?」
「ん……嫌じゃ、ない」
頬を手に添えられたまま、親指でするすると撫でられる。
その触り方がちょっとやらしくて、そう考えただけでぴくっと反応してしまう。
「ねえ、これだけでそんなとろとろの顔になっちゃって、俺のこと誘ってる?」
「その気にさせたの、八雲さんのくせに……」
八雲さんの手に、オレの手を重ねる。
したりと笑った顔はかっこよくて、妖しくて、背筋がぞくぞくする。
その日はオレも八雲さんも、心に空いた穴を埋めるかのようにお互いを求めあって、どろどろに溶け合って、ずっとくっつきながら夜を過ごした。
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