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それでもずっと 7
パーキングエリアを出てからは、緩やかな渋滞が続く高速道路を八雲さんの車が走った。
さっきまでのことが脳裏にしっかり焼きついてるから、恥ずかしくて八雲さんの方を直接見られない。
でもガラス越しに映る八雲さんはスッキリした顔をしてて、やっぱり悔しい思いをする。
外の景色をぼーっと眺めてたら、車の心地いい揺れにだんだん眠くなってきて。
隣で八雲さんが運転してるのにここで寝られない…けど眠い。
うつらうつら船を漕いでたら、くしゃりと頭を撫でられた。
「まだもう少しかかるから寝てな」
「でも……」
寝ちゃいたくないのに、八雲さんの手と声が気持ちいい。
わかっててやってるんだろうなぁ。オレ、大事にされてる。
「着いたら起こすから」
どこか遠くに八雲さんの声が聞こえたけど、なんて言ってるのかはわからなくて。
閉じた瞼がなかなか開けられなかった。
それからどれぐらい寝ちゃったのかわからないけど、八雲さんのオレを呼ぶ声で目を覚ました。
「着いたら起こす」と最後に聞いた言葉をかろうじて覚えてたオレは、ゆっくりと目を開けた。
「ついた…?」
「まだ。でもあと少し。起こしてごめんな」
「んー…だいじょうぶ、着くまでに頭をおこします」
「うん。準備しておいて」
未だにどこへ向かってるのかわからないけど、覚醒したばかりの重い頭のままで八雲さんと初めての場所に行くのはもったいない。
起きろ起きろと念じながら外の景色を見れば、山、山、山。
「田舎だ……」
「田舎だな」
「え、なに、キャンプとか?」
「それも楽しそう」
「違うんですか?」
「着いてからのお楽しみ」
むう。あくまでもまだ秘密にしたいらしい。
そういえば、いつだったか八雲さんはオレに「連れて行きたい場所にがある」って言ってたのを今思い出した。
なんでそんな重要なことを忘れてたんだろう…絶対そうだ、八雲さんにとって大切な場所に向かってるんだきっと。
それに気がついたらなんだかそわそわしてきちゃって、じっと座ってるのができなくなってきた。
八雲さんの走る車はどんどん山道を上がって、車がすれ違いできないぐらい道路が狭い。
家と畑が交互に見えてきて、その光景が新鮮で視線が外せない。
「着いたよ」
ハンドルを切りながらとある家の敷地に車が入って、広い駐車場に車を停めた。
「南、荷物持って行って」
「あ、はい」
荷物、といっても泊まるかもしれないから下着だけ持ってきてと言われてたから、それとスマホと財布しかない。
いつも使ってるリュックを引っ掴んで、車から降りた。
「さむ」
「山は冷えるからな」
八雲さんの後に続いて、立派な門構えの前に立つ。
これぞ和風の家ってかんじの、テレビや雑誌で紹介されてそうな建物だ。
門から玄関まで敷石があって、小さいけど池まである。
未だにここがどこなのかわからないけど、オレにとってレベルの高い場所だなってことはわかった。
八雲さんが押したインターホンの少し後、「はい」という男の人の声がスピーカーから聞こえた。
「秋葉 さん、お久しぶりです。八雲です」
「ご無沙汰しております。お待ちしておりました、お迎えいたしますので少々お待ちください」
「ありがとう」
え、お迎え?どういうこと?
インターホンと八雲さんを交互に見てたら、くすっと笑われてしまった。
「もうすぐ答え合わせな」
「……かっこいい」
くそう、こんな時でも八雲さんはかっこいい。
山の冷たい空気が心地よくなった瞬間だった。
程なくして、門が開いて秋葉さんという人が迎えにきてくれた。
秋葉さんという人は、全身真っ黒の洋服を着ていた。
それをかっこよく着こなしていて、全然違和感がない。スラっとした男前。八雲さんほどじゃないけど…。
後で八雲さんか聞いた話だと、秋葉さんは33歳らしい。20代後半ぐらいだと思ってたからびっくりした。
「これは……大きくなられました」
「しばらく顔出せてなくてすいません」
「みんな今日来るのを楽しみにしていましたよ」
「想像できます。で、こいつがその南。可愛いでしょう」
「えっ!」
初対面の人にいきなり可愛いでしょって自慢されて、口から心臓飛び出るかと思った。
完全に気を抜いてたから、突然の紹介に頭が真っ白になりながらも自己紹介をした。
「あ、あの、南悠太です…初めまして」
「秋葉 陽太朗 です。こちらのお家でお手伝いをさせていただいております」
「おてつだい……」
ここは八雲さんに所縁のある場所で、しかもその人はお金持ち。
八雲さんの溢れ出る礼儀正しさと、この立派な純和風の家が似合いすぎて心臓がドキドキしてきた。
もしかして、ここって八雲さんの実家?
ちらりと表札を見ると、八雲の苗字の本田ではなくて「鳳条」と書いてあった。誰?
「遠いところお疲れでしょう。荷物をお持ちします」
「いや、俺のはいいよ。その代わり――」
「はい。南さんの、ですね」
「えっ!あの、オレも大丈夫ですよ…?」
「秋葉さんに持たせてやって。この人、世話好きの鬼だから」
「世話好きの鬼……」
ちらっと上目遣いで見れば、にっこりと笑った秋葉さんと目が合った。
この人もかっこいい。八雲さんの周りってかっこいい人しか集まらないのか…矢吹さんも立花さんも黙ってたらモテるだろうに。
秋葉さんの笑った顔を直視できなくて、おずおずとリュックを下ろして差し出した。
「お、お願いします」
「はい」
秋葉さんが後ろを振り向いて歩き出したタイミングで、八雲さんに肩を引かれた。
「南、それちょっと嫉妬する」
「え」
びっくりして八雲さんを見ると、珍しく顔を少し赤くさせてて。
うわ、可愛いと素直に思ったから、首元の服を引っ張って背伸びをした。
「八雲さんの嫉妬、可愛い」
ちゅっと触れるだけのキス。
今度は八雲さんがびっくりした顔をしてる。
「くそ……ここじゃなかったら舌入れてた」
手で顔を覆ってる八雲さんを見て、優越感。
たまーに見せる可愛い八雲さんが、普段とのギャップがすごくてキュン死にしそうになる。
スキップしそうになるのを堪えて、オレは秋葉さんの後を追った。
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