180 / 238

それでもずっと 8

秋葉さんに案内されて足を踏み入れたこの家は、玄関に入った瞬間から墨の柔らかな香りがした。 玄関には書道の掛け軸や額縁が飾られていて、まさに純和風の家ってかんじだ。 まずは客室までご案内しますね、という秋葉さんについて行く。 ひとつひとつの部屋が大きくて、ついじっと見てしまうのを八雲さんに笑われてしまった。 だって、こんなお屋敷みたいな家初めてだし…。 秋葉さんに案内された部屋も、やっぱり広い。 そこにも掛け軸があって、いいところの旅館みたいで緊張する。 「うわ、懐かしい」 「ちゃんとお掃除していました」 「秋葉さん、本当にありがとうございます」 銅さんもそうだけど、秋葉さんからは八雲さんとの絶対な信頼関係が見える。 どう足掻いても埋められない過去の時間を思い知って、胸が少し苦しくなって。 そんな時、いち早く察する八雲さんは、オレの頭にぽんと手を置いてくれた。 「ここ、昔俺が使ってた部屋」 「えっ」 「10年以上つかってた」 「へぇ……ふふっ」 「どうしたの笑って」 「八雲さんのことをまたひとつ知ることができて、嬉しいなって」 「お前……もう、可愛すぎ」 オレが知ってる八雲さんは、あの公園で出会ってからのことしか知らない。 昔のことを話そうしたなかったし、そんなオーラを感じ取ってオレも聞けずにいたから、こうやってひとつひとつ知っていけるのが嬉しい。 眉間に皺を寄せている八雲さんとは対照的に、秋葉さんはにこにこ笑てってて。 「振り回されてる八雲くんが珍しくて、つい」 「秋葉さんまで……」 「南くんのおかげですね」 「まあ……そうだな」 「え、ちょっと、急に恥ずかしい……」 なにより秋葉さんが微笑ましそうにしているのが一番恥ずかしい。 八雲さんも珍しく恥ずかしそうにしてて、なんとも言えない幸せな気持ちになる。 オレたちはその部屋に荷物を置いて、また秋葉さんの案内で違う部屋に通された。 そこで待っていたのは着物をきっちりと着こなした、おじいさんとおばあさん。 「南、ここにいるのは母方の祖父母」 「そふぼ……」 「そう。俺のじいちゃんと、ばあちゃん」 「じいちゃんと、ばあちゃん……」 八雲さんの言ってることはわかるのに、頭で理解するのに時間がかかって。 上品そうに笑うふたりを見たら、挨拶をしなきゃって思いに駆られた。 「は、初めまして!南悠太です!」 しゅばっと腰を90度に腰を折る。 オレ、今までで一番キレイにお辞儀したと思う。 「初めまして、八雲の祖母の鳳条(ほうじょう)八千代(やちよ)です。こちらは主人の福之助(ふくのすけ)」 福之助さんと挨拶されたおじいさんは、にこりと笑って頭を下げてくれた。 ふたりとも育ちの良さがびんびんに伝わってくる。 「落ち着かないかもしれないけど、ゆっくりしていってください」 「はい、ありがとうございます…!」 「南、そんなに緊張しなくていいから」 「いや…これは緊張します…」 だってこれ、オレの誕生日祝いデート、だよね? それなのにいきなり八雲さんの身内に会って、しかも家にお邪魔しちゃって、さすがに緊張する。 でも今まで頑なに家族のこととか昔のことを話してこなかった八雲さんが、こうして連れてきてくれたってことはきっと何か意味があるはず。 「秋葉さん、ふたりにお茶をお願いしたい」 おじいさんの福之助さんがそう言ってくれた。 喋り方にすごく貫禄があって、オレだったら時代劇でよく見る「ははー」を言ってしまいそう。 ちらりと八雲さんを見たら頷いて、「座ろうか」と笑いかけてくれた。 先に福之助さんと八千代さんが炬燵(こたつ)に座って、続いてオレと八雲さんも隣同士で座る。 「わ!すごい、掘り炬燵」 「南、けっこう熱いから火傷に気を付けて」 床に穴があいてて、炭が敷き詰められてる。 その上に網が乗ってるから、電気とは違った暖かさが足元から広がって気持ちいい。 程なくして、秋葉さんが人数分のお茶を取って戻ってきた。 「粗茶ですが」と言いながら湯のみを置いてくれて、慌てて頭を下げる。 「可愛い子ね」 「八雲とはタイプが逆だな」 「あはは、そこに惹かれたんだ」 「やっぱり、客人を連れて来たのはそういうことでいいんだな?」 「はい」 八雲さんが少し強張った声で返事をして、背筋をぴんと伸ばした。 オレもそれに釣られて、自然と背筋が伸びる。 「なかなかここに顔を出さなくてすみません……改めて紹介します。俺の想い人の、南です」

ともだちにシェアしよう!