181 / 238
それでもずっと 9
え?と耳を疑った。
八雲さんの放った一言が、ずっと頭の中をぐるぐるしてる。
オレの聞き間違いじゃなかったら、たしかに八雲さんは「俺の想い人」って言った。
いや、でもストレートには言ってないし、これだけだと恋愛感情が含まれてるかどうかは判別しにくい。
でも世間一般的に考えたら、そういう、ことだよね?
だんだん顔に熱が集まってきて、血液がぼっと燃えそう。
いきなりそんなカミングアウトをされるとは、これっぽちも考えてなかった。
暑くて恥ずかしい。冷房をいれてください…。
ここで何か気の利いた言葉を言えればいいんだけど、あいにくパンクしかかってる頭じゃあわあわするので精一杯。
そんな様子を見ていた八雲さんが、隣でくすっと笑った。
「話で聞いていたよりずっと可愛らしいのね」
「そうでしょう」
「ますます八雲とは正反対じゃないか」
「そこが好きなんだ」
これは受け入れられてる、ってこと?
初対面でいきなり恋人ですって紹介されて、しかもそいつは男で、八雲さんも男で、普通ならびっくりする場面のはずなのに、和やかな雰囲気に包まれてる。
「南、突然でごめん。実はここに来る前にちゃんと伝えてあったんだ」
「なんで先に教えてくれなかったんですか…!」
「先に言ったら絶対がちがちに緊張しちゃうだろ?」
「し、しないかもしれないじゃないですか……」
「あはは、お前は緊張するよ」
オレを安心させてくれるように、普段と変わらずに接してくれる。
いつものように頭をぽんと撫でられて、恥ずかしいけど顔が緩みそうになる…。みんな見てるから、ここはガマン。
八雲さんだけじゃなくて、福之助さんも八千代さんも秋葉さんも、微笑ましそうにしてるのがくすぐったい。
誤魔化すように湯のみを手に取って、ふーふーと冷ましてから口にする。
「え、あの、おいしいです。全然粗茶じゃないです」
「お口に合ったようで安心しました」
ほら、その笑い方とか軽く頭を下げてるだけなのにすごくキレイ。
身が縮むとはまさにこのことなんじゃないかって内心思った。
「南さんはすごく素直な方なんですね」
「そうでしょう?本当にいい子ですよ」
秋葉さんにうちの子自慢する八雲さんが少し面白い。
けど恥ずかしい。
さっきから感情メーターが大きく変動しまくってて、そろそろパンクしそう。
しばらく5人で他愛もない談笑をして、少しずつ心と頭が落ち着いてきた。
緊張しすぎてまわりが見えてなかったけど、この部屋にも大きな書道の掛け軸や額縁が飾られてる。
家の中にいくつかある中でも、なぜか強く引き付けられる額縁があった。
そこには『玄遠』と書いてある。
「あれ……」
気がついたらその額縁のほうを指さしていて、慌てて手を引っ込める。
なんとなく、指でさしちゃいけない気がした。
「ははは!あれが気になるのか」
「はい、あの、どういう意味なのか全然わかんないんですけど、勘で」
「あれはね、八雲が書いたものなの」
「え!?」
びっくりして八雲さんのほうを見ると、少し居心地が悪そうな顔をしていて。
「八雲さん、ほんと?」
「……ほんと」
「えー!字うまいなと思ってましたけど、本当にうまいですね」
「あー、まあ、うちの家は書道一家だから」
「……書道一家?」
確認するように福之助さんと八千代さんのほうを見ると、特に否定もしないから本当なんだと悟った。
よくわからないけど、格式が高いお家なんじゃ…。
なんか、今日はびっくりの連続でさすがにキャパを超えそう。
ともだちにシェアしよう!