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それでもずっと 11

俺の家は父方も母方も書道家で、その間に生まれた俺はもちろん小さい頃から筆を持っていた。 書道自体は嫌いじゃないし、無心になれるからどっちかっていうと好きなほうだったと思う。 生まれて間もない頃は両親と姉さんと一緒に暮らしていたんだけど、小学生にあがると同時に俺だけ母さんの実家のほうに来た。 「へぇ……」 と、その理由を聞いてもいいのか、南が視線を彷徨わせ始めてクスッと笑ってしまった。 南は人の感情とか言動に敏感に反応するから、今も顔色を窺いながら「本当に大丈夫?」って少し不安そうな顔をしている。 そんな南も、いじらしくて好きだ。 「大丈夫だから」 「ん……」 くしゃくしゃっと頭を撫でる。 南の顔から少しずつ不安の色がなくなっていくのを確認して、俺はまた続きを話し始めた。 どうして俺だけ母さんの実家に来たのかというと、存在が邪魔だったからだ。 俺の両親の教育方針は、1人の子どもを手に塩かけて書道家に育て上げることで一致していたらしい。 俺の姉、桃花(とうか)を出産するまでは順調だった。 そんな両親に見かねて、母方のじいさんとばあさんが預かると声をあげてくれた。 多感な時期の中学生までとりあえず預かるという約束で、中学校卒業以降は様子を見ながら決めるということで話がまとまった。 鳳条の家はすごい居心地がよくて、みんな俺に優しく接してくれたし、書道も丁寧に指導してもらって。 誰も俺のことを否定しないし、ちゃんと愛情を受け取ることができた。 「……」 優しい南は俺の話を聞いて、唇をきゅっと結んで泣きそうな顔をしていて。 俺のことで悲しんでくれる南がたまらなく愛おしい。 「もう昔の話だって」 「でも……」 「うん、わかってる。ありがとう」 「なんで八雲さんが先に言っちゃうんですかぁ……」 オレがありがとうって言わなきゃいけないのに、と続けて琥珀の瞳からひと粒の雫が流れ落ちた。 南の泣き顔は何回も見てるのに、いつもよりキラキラ光って、透き通って見えて。 心臓を鷲掴みされたみたいに胸の奥がツンとして、たまらずに南を抱き寄せた。 「お前さ、ほんと、俺の心かき乱しすぎ」 「ご、ごめんなさい…」 「いいよ…そういうところを好きになったんだ」 「オレ、八雲さんのこと、ずっと好きでいます」 「うん…うん……」 本当は俺もずっと好きとか言いたかったのに、南の優しさで胸がいっぱいになって頷くことしかできなくて。 言葉にできなかったから肯定するようにぎゅっと抱きしめると、それが南に伝わって「えへへ」と恥ずかしそうに笑った。 「あの……」 しばらく抱き合ったままじっとしていて、落ち着いてきた南が遠慮がちに話しかけてきた。 「なに?」 「八雲さんが、その…グレた理由って…?」 「うん、その頃の俺の話を一番聞いてほしいんだ」 中学卒業まで鳳条の家で育った俺は、元の家に戻るかどうか決めなきゃいけない時がきた。 俺と6つ離れている姉さんは、当時21歳。 成人して自立できる年齢になっていたから、戻って来てもいいと両親からの連絡があった。 姉さんも俺に会いたいと言っていたし、いつまでも鳳条の家に甘えるわけにもいかないとも思っていたから、俺は戻ることに決めた。 だけど、10年以上も会っていなかった分の溝は思ったより深いものだった。

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