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それでもずっと 12

俺にとっての父さんと母さんは、中学卒業するまで育ててくれたじいちゃんとばあちゃんで。 これ以上甘えるわけにはいかないと思って戻ったけど、すごく居づらい環境だった。 姉さんから何回か手紙のやり取りをしていて、戻ったその日から本当に優しく接してくれて、それが唯一の救い。 俺が家に戻ってからは空いてしまった時間を埋めるように何かと気にかけてくれたり、よく一緒に出かけたりしてくれた。 俺もそんな姉さんに心を開いていたし、自慢の姉だと胸を張って言える。 でも父さんと母さんはそうもいかなかったようで、「八雲」と名前を呼ばれる声に余所余所しさがあった。 「だんだん家にいることが苦痛になってきて、それがグレ始めるきっかけ。今は俺も大人になったし、普通に話せるんだけど」 南は黙ったまま俺にひしっと抱きついてきて、言葉なく俺を励ましてくれる。 南の温もりを感じると心が温かくなるから、俺の精神安定剤。 少しずつ家にいるのを避けるようになったのと同時に、俺の前に面倒くさい人間が現れた。 「面倒くさい人?」 「そう、何かと突っかかってくるの」 「何かと……」 「その時の父さんがね、ちょっとガラの悪い人たちとの付き合いがあって」 ガラの悪いで察してくれたのか、南は顔を引き締めて小さく頷く。 夏祭りのときの事件があるから、きっと南はそのことを思い出しているはず。 「俺の何が気に食わないのか今でもわからないんだけど、敵対視されてて…ドラマでしか見たことない呼び出しされたり、いろいろ」 「八雲さん……」 「完全にグレたのはこいつのせい。家にいるのも苦痛だし、もうどうでもいいやって思っちゃったんだよね」 「……」 「もう隠し事しないって決めたから言うけど……最近どうしたのって、相談にのるよって言ってくる女がいて……そういう時は嫌なこと考えなくてすむから――」 「とっかえひっかえ?」 「うん、そう……自分がしたことなのに、南に言われるとけっこう堪える」 「あ…ごめんなさい…」 「謝るのは俺のほうだって」 あははって自嘲気味に笑ったら、耳としっぽが見えるぐらいにしゅんとしちゃって。 南は本当に心が綺麗で、俺にはそれが少し眩しい。 「それで、もうわかってると思うんだけど……夏祭りの時のアレは、そいつが絡んでる。南がいたところに黒い折り鶴があったのが、その証拠」 「折り鶴?」 忠告をする時とか、相手に自分たちの存在を知らしめるときに黒い折り鶴を目につくところに置くのが、向こう側の特徴。 夏祭りの時、それを見た瞬間は本当に全身の血の気が抜けて背筋が冷えた。 「俺が南とよくいるのをどこかで知って、山本とかいう奴を使ったんだろうな」 「そうだったんですね…」 「ごめん、嫌なこと思い出させた」 「ううん…八雲さんがいるから、もう大丈夫です」 また南に危害をくわえるようなことをしてくるかもしれないけど、もうそんなこと絶対にさせない。 実は夏祭りのあと父さんに頭を下げて、もう二度と南に手を出さないようにしてほしいと頼んだ。 何かしら反発がくるんじゃないかと身構えていたんだけど、思っていたより穏便に事がすんだらしい。 「実は俺の家、右京さんの家と古くから付き合いがあるんだ」 「そうなんですか?」 「グレた俺を見かねて、弓道をやってみないかって誘ってくれたのが右京さん」 最初の頃は口うるさい奴程度にしか思っていなかったのに、俺のことを本当に心配してくれているんだっていうのが伝わって、少しずつ心を開いていった。 女関係にだらしなかったのも右京さんに咎められて減ったし、右京さんが間に入ってくれたこともあって家にも戻るようになった。 「まあ、その頃南と出会ったのが一番大きいんだけど」 「え、オレ?」 「そう。見ず知らずのガキにいきなり懐かれたかと思えば、気がついたら毎日好きですって言われるようになったからね」 「オレも今だから言いますけど、矢吹さんに八雲さんは意外と押しに弱いぞってアドバイスをもらってました」 「マジか……」 「俺、すごく頑張りましたよ」 「うん、まあ、毎日一生懸命好きですって言われたらさ、そりゃ絆されるよ」 「けっこう時間かかりましたけど…」 「すごく悩んでたんだよ、お前これからが大事な年齢ってときだったし」 「もう、そういうところが好き」 南はそう言って、話してくれてありがとうございましたって綺麗に笑った。 俺にはやっぱり南が眩しくて、そういうところに救われているんだって再確認した。

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