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【番外編】八雲とミナミ 1
それはしとしとと雨が降る日だった。
高校卒業後は大学進学が当たり前になった世の中、俺もみんなに合わせるように大学へ進学。
特に学びたいこととかなかったから、一番身近な奴と同じ学科・大学を選んだ。
自分の意思で選んだ道じゃないから、つまらないと感じるのにそんなに時間は必要なかった。
90分という長い講義時間、必要以上にやらされるグループワーク、そこで交わされる上辺だけの仲よさそうな会話。
みんな自分の領域作りに必死になって、馬鹿みたいだ。
そんなマンションと大学を往復するだけの日々に嫌気がさし始めた頃。
「にゃー」
段ボール箱に入れられた子猫と出会った。
うわ、捨て猫…マンガでしか見たことない。
普段の俺ならかわいそうにと少し思いながらも、素通りする。
でも、なぜかこの子猫に強く引き寄せられる。
鳴き声が情に訴えてる?
くりっとした瞳?
それとも、寒そうに小刻みに震えてる体?
きっとどれも違う。
非科学的なものは信じない質だけど、これは俺の直感。
子猫が俺を必要としてるんじゃなくて、俺が子猫を必要としているんだと思った。
子猫に近づいて屈むと、にゃあと可愛らしく鳴いて。
手を差し出してみても、怯えることなくぺろっと舐める。俺はたしかに、胸の奥がきゅんっと鳴ったのを聞いた。
「……お前、うちに来る?」
「にゃあ!」
うちのマンションがペット飼育できる物件でよかった。あの日なんとなくで決めた俺を褒めたい。
子猫をタオルで包んでバッグの中にそっと入れて、鳴き出さないか少しハラハラしながらコンビニでキャットフードをいくつか買い、俺は足早にマンションへ戻った。
部屋の中へあげる前に、雨や泥で汚れていた身体をタオルで拭く。
「にゃ……」
子猫は気持ちよさそうな顔をしている。
これがごろにゃんというやつか…馬鹿にしてたけど実際目にすると可愛い。
「お前、汚れなかなか落ちないな」
あんまり強くごしごし拭くのは忍びない。
俺も冷えたし一緒に風呂に入ろう。
テレビで風呂を嫌う猫のホームビデオを観たことがある。
スマホで調べてみると、なるほどたしかに水がもともと苦手らしい。
濡れてもいい服に着替えて、子猫を抱えて風呂場に入る。
少しだけシャワーを出したら、案の定こいつはびくりと身体を震わせた。
「あー…大丈夫、怖くないから」
こういう時どうすればいいんだろう?
とにかく、怖がらせないように自分の手を濡らして、少しずつ身体にお湯をかけてみる。
最初は嫌がってたけど、だんだん大人しくなってきたところで直接シャワーを浴びせることに成功した。
子猫をシャワーの届かないところに避難させて、服を脱いで俺もシャワーを浴びる。
ちらちらと大丈夫かなと横目で確認しながら手早く洗ったけど、呑気に毛づくろい。
「お前、けっこうタフ?」
「にゃぁ〜…」
でかい口あけて欠伸をする子猫がおかしくて、自然と笑いがこぼれた。
「欠伸してないで身体洗うぞ」
俺の言ってることが伝わったのか、毛づくろいをぴたっと止めてこっちを睨んでくる。
手を伸ばせば警戒されたけど、少しずつ俺の方に近づいてきてくれた。
「いい子。すぐ終わらせるから我慢して」
洗ってる間は動かずにいてくれたけど、ずっと不機嫌そうに低い声で鳴いていて。
猫には悪いけど、可愛いなって思いながらせっせと洗ってた。
子猫は相当汚れていたようで、シャワーで洗い流した毛は綺麗なクリーム色。
毛並みも綺麗で、あの段ボールに入ってた面影がない。
「よし、こんなもんかな」
俺と一緒にタオルで濡れた身体を拭いてやる。
身体をブルブルと震わせて、最後は「にゃ」と満足そうに鳴いた。
コンビニで買ったキャットフードを小皿に移して、子猫の前に置く。
「そういえば、名前がないと不便だよな」
何かに名前をつけることが初めてだから、なんだか妙に緊張してしまう。
ヘタなものは付けられないなと思って出した答えは「ミナミ」。
「今日からお前はミナミな?」
「にゃあ」
捨て猫ミナミは、しっぽをゆらゆら揺らして美味しそうに餌を食べていた。
そういえば、猫の寝床ってどうすればいいんだろうか。
自分のベッドだと寝返りで潰してしまいそうだ。
悩んだ挙句、ソファーに置いていたクッションとバスタオルをベッドの側に持ってきて。
餌を食べ終わったミナミを持ち上げて寝かせる。
「俺、朝は低血圧だから大人しく頼むな」
「にー……」
「ふは、不服そうな鳴き声」
ミナミの鳴き声や行動ひとつひとつが新鮮で、可愛い。
明日の朝、ミナミにおはようと言うのを楽しみに布団に潜り込んだんだけど――。
翌朝、俺は予期せぬ事態に大学を休むことになる。
「あの、ねえ、起きて」
「………は?」
「おなかすいた」
目の前にいたのは、クリーム色の髪と琥珀の瞳をした人間の男だった。
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